独立・開業には勇気がいります。そして人それぞれの理由があります。もちろん稼ぐことを目的に開業する人もいるでしょう。しかし、それ以上に「思い」を持ってビジネスに取り組まれている人が大勢おられます。ここではそんな人々にスポットを当てて、独立・開業への思いや、新しい人生の価値観などを伺っていきます。

第36回は、山梨県で地球と人にやさしい「美容室みどりLoveEarth」を運営する小川みどりさんにお話を伺いました。

  • 小川みどりさん

娘に‟きれいな地球”を渡したい-エコロジーをふまえた美容室を開業

――美容師歴28年とお聞きしましたが、そもそも開業しようと思われたきっかけはどんなことだったのでしょうか。

小川さん:それまで、どこの美容室に勤めても手荒れが大変で。自分の身体のペースにあった働き方をするためには開業するしかない、と考えるようになりました。もともと美容商材の卸業をしていたこともあり、とにかく現場が好きだったので「いつか美容室をやりたい」と漠然と考えるようになっていました。

そんななか、娘が1歳になった頃から、「この子が大人になったときに、緑滴るきれいな地球環境を手渡したい」と強く思うようになり。そこから、エコロジーを踏まえた美容室を2008年にオープンしました。

――お子さまがいらしての開業は大変だったのではないでしょうか。

小川さん:はい、1歳の乳飲み子を抱えながらでは大変でしたが、まずは土地探しですよね。もともと北海道出身なので、知り合いがいないこの八ヶ岳では、なるべく地元商店で物件情報の聞き込みをしながら、地域情報を集めました。

――たくさん足を使われたのですね。地域の皆さまは協力的だったのでしょうか。

小川さん:はい、地域情報だけでなく貴重なアドバイスもいただけました。あるコンビニオーナーの奥様からは「この辺でお店を出すなら、3年は誰も来ないと思った方がいいよ」とも(笑)。正直ガーンとショックを受けましたが、実際にその間はお客さまも少なかったですね。そこに美容室ができたことさえ認知されていなかったようです。

あと開業後に困ったのは、理にかなわないクレームでしょうか。美容室は夫に合わせて週末を休みにしているのですが、それでも休日返上でお受けしたお客さまから「私は年寄りで子どもに飛びつかれたら困るから、旦那に見てもらってちょうだい!」と言われて……。そのときは悲しくて、泣いてしまいました。

ただ、夫はいつも協力的なので、「これからは私たちのコンセプトに合うお客さまに来てもらったらいい」と、そこから営業スタイルを整えていくことができました。

夫の協力と手荒れ克服の先に待っていた大きなよろこび

――素晴らしい二人三脚ですね。そこから今に至るまでの思いや、やり甲斐はどのようなものでしょうか。

小川さん:開業して16年目になりますが、化学物質過敏症から手荒れをコントロールできたことで、お客さまの美容に長く携わることがきていることです。お客さまのよろこぶ姿に、もっと触れさせていただけるようになったことや、無理のない感謝のコミュニケーションが生まれたことも大きなよろこびになっています。

具体的には、パーマやカラーリングといった強い薬剤をつかう施術から、それらを使わないヘアカットやヘッドスパに主力施術を移せたことで、自身の手荒れともうまく付き合えるようになりました。念願の「礼装着付け」も学ぶことができたので、着付師としても11年が経ちました。もちろん、安全なパーマやカラーリングの啓蒙も続けながらです。

――着付けもですか。それは活動が広がりそうですね。

小川さん:はい。一番うれしいのは、我が子と共に育ったお子さんたちが成人式を迎えるようになり、そのお支度をさせていただけること。他にも七五三やウエディングなどの冠婚葬祭に携わるときには、感極まってついつい泣いてしまうこともあります。「この仕事をやっていて良かった!」と心から感じる瞬間ですね。

施術以外にも、お客さまと庭の花苗を交換しあうようなコミュニケーションが生まれて、庭の草花が充実していく日々もうれしいものです。特に、今はもう亡くなられた方からのお花が咲くと、思い出しては「応援してもらったおかげで今がある」と感謝しています。

お客さまも美容師もいっしょに幸せに、髪もこころも艶やかに

――今もご一緒なのですね。小川さんの今後の展望もぜひお聞かせください。

小川さん:3つほどあるのですが、まず1つ目は「こころの美容室」を広げることです。私は母が美容室を営んでいたため、子どもの頃からその雰囲気に慣れ親しんでいたのですが。美容室で髪を整えるだけでなく、きれいになっておしゃべりして楽しい時間を過ごすと、なぜか心も整ってくるのです。そんな女性たちの、井戸端会議のような空間を今の時代に再現したくて、音声SNSのクラブハウスで「こころの美容室」も始めました。ぜひ遠方の方でも集える、緩やかな場にしていきたいですね。

2つ目は、美容業界の課題である手荒れについて。化粧品の卸し業を通して、改善提案を考えています。また薬剤を抑えた施術(ヘッドスパや美顔といったリラクゼーションメニュー)を増やすこと。お客さまも美容師も健康が守られる施術がもっと増えると、さらにハッピーが広がるのではとワクワクしています。

そして3つ目は、こころの美容本の商業出版が決まりまして。これから、美容家としてのこころの在り方や日本の伝統衣についてのお伝えも、進めていくところです。こころ豊かな暮らしのヒントを、ぜひ美容を通して提案していきたいですね。

――それは楽しみですね。最後に読者の皆様にメッセージをお願いします。

小川さん:なかなか開業へ踏み出せなかった私ですが、「エコロジーな美容を今やらなければ、子どもが育った後に私が後悔してしまう」と感じて行動することができました。もちろん、周りが背中を押してくれたことも大きかったです。

その間には、出産や帰省などで現場を離れることもありましたが、お客さまの来店周期とうまく重なり、失客はほぼありませんでした。動き始めると実際どうにかなるものなので、思いがあるなら案じずに始めてみられるといいと思います。私たちも、まだまだ新しい挑戦を続けてまいります。