「一緒に暮らそうか」。もし、好きな人にそんなことを言われたら。2人で暮らす、穏やかな日常生活。期待と不安が膨らむことでしょう。この連載では、そんな「同棲」のリアルを多方面から取り上げます。同棲なんて考えたことがない人も、いつかはきっと……という人も。「誰かと暮らす」ことについて、一緒に考えてみませんか。
女子の心を鷲掴みにした『NANA』
現在アラサー世代の女子に大きな影響を与えた「同棲」漫画といえば、矢沢あいの『NANA』です(1999年の『Cookie Vol.1』『Cookie Vol.2』で掲載開始、現在は休載中。本文中では1巻~21巻を参照)。「ナナ」という同じ名前の女の子2人が上京の途中で偶然出会い、ひょんなことから同居生活をスタートさせる、というストーリー。そこで描かれる様々な「2人暮らし」は、多くの女子の心を鷲掴みにしました。
主人公である、2人のナナの性格は全く違います。人気インディーズバンドのボーカル、大崎ナナは、才能あるベーシストの本城蓮(ほんじょう れん)と2人暮らし。元々はレンガ造りの倉庫だったアパートは、無機質な広いワンルームです。家具はベッドとダイニングテーブル、ソファだけ。壁には、シド・ヴィシャスと、その恋人ナンシーの愛を描いた映画『シド・アンド・ナンシー』のポスターが1枚。天蓋のシャワーカーテンで囲まれた、猫脚のバスタブ。2人はこの部屋で、愛を深めます。ところがある日、蓮はメジャーデビュー予定のバンドに引きぬかれ、上京することに。ナナは涙で見送ります。約2年を経て、ナナはボーカリストとして成功するため、単身上京。独立心の強いナナには、才能と夢があるのです。
もう1人のナナ(ややこしいので後に「ハチ」と呼ばれる)、小松奈々は、目標もなく、恋愛体質。彼氏が東京の美大に合格したのをきっかけに、とりあえず上京資金をためて東京へ向かいます。その新幹線の中で、2人は出会うのでした。
西洋風のおしゃれなインテリアに憧れ
奈々(ハチ)は、多摩川沿いにある家賃7万の古いマンションを見つけます。洋館風のしゃれた造りで、間取りは2DK。内装や猫脚のバスタブをすっかり気に入ったハチ。そこで偶然にも、同じタイミングで内見していたナナと再会します。運命を感じた2人は、一緒に暮らし始めることに(家賃が半額になるという「お得感」も大きかったようですが)。とはいえ、赤の他人と同居するわけです。ハチの彼氏は当然のごとく反対。それくらいなら「一緒に暮らそう」と提案してくれます。が、ハチはすでに、ナナとの生活に運命を感じており、その申し出を断るのでした。ハチにとって、ナナはだんだん「彼氏より大事な存在」になっていくのです。幼い頃、母親に捨てられた過去をもつナナにとっても、ハチはどこか癒やされ、独占したくなる存在でした。
2人は一緒に出かけ、50~70年代風のレトロな家具を選びます。おそろいのイチゴ柄のグラスを買い、2人の空間を作り上げていく。共に地方出身の女同士が、一気に仲良くなるというのはよくある話です。ただ、ナナとハチの関係は、あまりにも近い。寂しい夜は2人で眠ったり、ハチがナナのファンに嫉妬したり。そんな2人に加え、物語は、ナナのバンドBLACK STONESのメンバーと、ナナの恋人、蓮が引きぬかれた先の有名バンドTRAPNESTのメンバーを巻き込んで展開していきます。
大事な人が変わると、住まいも変わっていく
ハチは当初の彼氏と別れ、ファンだったTRAPNESTのメンバー、タクミと恋愛関係に。人気バンドのリーダーであるタクミとの関係は不安定で、ハチは自ら別れを告げます。タクミよりも身近で、自分を想ってくれるBLACK STONESのメンバー、ノブと付き合い始めるのです。その矢先、ハチにタクミとの子(おそらく)の妊娠が発覚。有名人であるタクミは、結婚を前提にハチと暮らすと宣言します。ノブは身を引くことに。同時に、ナナとハチの短い同居生活も、終わりを迎えるのでした。
流されながらも、何だかんだ言って彼氏の「グレード」を上げていくハチ。バンドメンバーだった蓮への思いに縛られ続けるナナと比べ、流されてばかりのハチが「女としては合理的」に見えてきます。お腹に子供ができ、大事な存在が1人増えた。だからハチは、当然のように住む場所と相手を変えるのです。ただ、どこかで「男に依存してばかりいる自分は、ナナに嫌われてしまうかも」との思いもある。そこでナナに置き手紙をし、黙って部屋を出ていくのでした。手紙を見て、ショックを受けるナナ。ナナは独立心が強く、安易に流されたりはしません。ミュージシャンとして成功するチャンスも掴んだ。一方で、蓮への思いに縛られてもいる。そんなナナは、ハチのように、将来を見据えた合理的な選択が、どこか苦手なのでした。
セレブのタクミと、ハチが暮らすのは、白金台にある家賃70万の高級マンション。ハチは内装にこだわり、「大人可愛い」アンティーク調のシャビーシック風をオーダーします。やたらとゴージャスな部屋には、広いキッチンにウォークインクローゼット、ふかふかのソファ、大きな薄型テレビ。ハチは番組をチェックし、ナナの活躍を応援します。ナナはメジャーデビューへの道を歩み始め、すったもんだの末、蓮との結婚が決定。200平米の立派なワンルームマンションで、やっと2人で暮らせるようになります。が、ナナは「住めりゃなんでもいーよ」とそっけない(矢沢あい『NANA』15巻、2006年、集英社)。ナナと蓮の原点は、昔暮らしていた、あの古いワンルームなのです。当時はいつも一緒にいられたのに、今は忙しくてすれ違いの日々……。
作品には、ところどころで主人公たちによる「あの頃は……だったよね」などのモノローグが挿入されます。一連の物語は全て「回想録」なのでした。その時その時で、いちばん大事な人との住まいを選ぶ主人公たち。人と人が一緒に暮らすことには、必ず何か変化があって、悲しみや、ぐちゃぐちゃの怒りだって避けられない。終わりのない幸せな日常生活なんかない。そんな刹那を生きる主人公たちの、まばゆい「日常」に、多くの女子が夢中になったのです。10代の頃から『NANA』を読んで大人になったアラサー女子たちは今、どんな住まいと相手を選ぶのでしょう。
<著者プロフィール>
北条かや
1986年、石川県生まれ。同志社大学社会学部、京都大学大学院文学研究科修了。 会社員を経て、14年2月、星海社新書より『キャバ嬢の社会学』を刊行。
【Twitter】@kaya8823
【ブログ】コスプレで女やってますけど
【Facebookページ】北条かや
イラスト: 安海