JR中央本線は東京都内から長野県の塩尻駅を経由し、名古屋市内までの長い路線だ。ただし、運行系統は塩尻駅を境に東西に別れ、東京~塩尻間はJR東日本管轄で「中央東線」、塩尻~名古屋間はJR東海管轄で「中央西線」と呼ばれている。今回は特急「スーパーあずさ」「あずさ」「かいじ」が走る中央東線を見てみよう。
「スーパーあずさ」といえば、JR東日本が先頃、新型特急電車E353系(量産先行車)を発表したばかり。現在の「スーパーあずさ」に使用されるE351系の置換えを目的に製造された。新型車両だけにスピードアップを期待したいところだけど、JR東日本の報道資料によると、曲線通過速度はE351系と同等の性能になっているという。
じつは、「スーパーあずさ」を高速化するためには、車両だけではなく線路の改良も必要だ。列車ダイヤ描画ツール「Oudia」で中央東線を表示すると、どの区間に課題があるか見えてくる。
まずは中央東線の全体像から。市販の時刻表で中央東線のページを見ると、篠ノ井線を含めた新宿~松本間を中心に掲載している。東京~新宿~高尾間の中央線快速などは省略され、特急列車をはじめ、高尾駅より先まで直通する列車だけ掲載されていた。
中央東線は、線路としては「中央線快速」と「中央東線」が直通している。特急列車も中央線快速と同じ線路を走る。そこで、「JTB時刻表」の中央東線と「MyLINE東京時刻表」の中央線快速の時刻を組み合わせて入力した。旅客列車の時刻表に表示されない貨物列車は省略した。
線の色は、赤い太線が特急「スーパーあずさ」、赤い細線が特急「あずさ」「かいじ」、黒い線が普通列車、緑の細線が中央線の快速、緑の太線が中央特快・通勤特快・青梅特快、水色がホームライナー系統だ。深夜2~4時は省略したけれど、新宿駅を0時頃に発車する列車は臨時夜行快速「ムーンライト信州81号」だ。この線はダイヤ図の右下、4時すぎに塩尻駅付近に見えている。
高尾駅を境にして、運転系統が別れる様子がはっきりわかる。東京~新宿~高尾間は通勤路線だ。E233系の快速や中央特快などが頻繁に走っている。高尾~塩尻間は運行本数がかなり減って、特急列車と普通列車ばかりの長距離幹線区間だ。E233系も乗り入れるけれど、おもに近郊形電車の211系や115系が活躍している。
特急「スーパーあずさ」は2時間おきに走り、その間に特急「あずさ」が走る。つまり、新宿~塩尻間の特急列車は1時間おき。その間に甲府駅・竜王駅までの特急「かいじ」が走る。新宿~甲府間は特急列車が30分おきに走る。在来線の幹線として、堂々たるダイヤである。ところで、「スーパーあずさ」と「あずさ」「かいじ」はどのくらいスピードに違いがあるだろう。ダイヤを拡大表示して比べてみよう。
新宿発7~10時の下り列車を拡大した。7時ちょうどの赤い太線は、E351系の特急「スーパーあずさ1号」だ。その2分後を追いかける特急列車は、E257系の「かいじ173号」だ。2つの線を追っていくと、だんだん間隔が広がっていて、「スーパーあずさ1号」のほうが速いとわかる。
新宿発7時30分発の特急列車はE257系の「あずさ3号」で、この列車は千葉駅発。総武本線を経由し、御茶ノ水駅で中央線快速の線路に入る。時刻表では新宿駅から記載されている。8時ちょうどの発車はE351系の特急「スーパーあずさ5号」だ。赤い太線と細線の傾きから速度差がわかる。ただし、振り子式のE351系と振り子式ではないE257系の性能差だけではなく、停車駅の数も所要時間の差になっている。
仮に特急「スーパーあずさ」に新型特急電車E353系が投入されても、このダイヤは大きく変わらないと思われる。新しいE353系のほうがE351系より高性能だろうけれど、電車を速くしても、線路のほうにスピードアップに限界があるからだ。その理由のひとつは、新宿~高尾間の運行本数の多さである。
注目は上りの「スーパーあずさ」だ。新宿駅に15時33分に着く「スーパーあずさ18号」と、16時54分に着く「スーパーあずさ52号」を比べると、「スーパーあずさ52号」のほうが傾きが大きい。つまり、かなり遅くなっている。「スーパーあずさ14号」は途中の駅で快速を3本も追い越しているけれど、「スーパーあずさ52号」は直前を走る中央特快を追い越せない。夕方のラッシュ時間帯にかかってしまったからだ。
複線区間で列車の運行本数を増やすためには、列車の速度をそろえて運行間隔を狭くする。これを「平行ダイヤ」という。夕方になって列車を増やすため、「スーパーあずさ」も通勤電車に合わせた速度で走る。快速といっても、中野駅まで中央線の各駅に停まるから、「スーパーあずさ」は通過する駅でもノロノロ運転だ。
「スーパーあずさ52号」は臨時列車だから、無理やりこの時間帯に押し込んだともいえる。しかし、その後の列車を見ても、新宿駅に17時26分に着く定期列車「スーパーあずさ22号」など、やっぱり「スーパーあずさ14号」より遅い。
スピードアップが難しいもうひとつの理由は、わずかに存在する単線区間だ。中央本線は歴史のある幹線だけど、全区間複線ではない。中央東線では、長野県内の茅野~岡谷間に単線区間がある。上のダイヤで青い印をつけた区間だ。正確には茅野~上諏訪駅間の普門寺信号場と岡谷駅との間である。
運行本数の少ない区間だから、輸送力としては単線でも差し支えなさそうだ。しかし、長距離を走る特急「スーパーあずさ」「あずさ」は、通勤電車区間でも制約を受ける。普段は単線区間を避けてすれ違うダイヤが組まれているけれど、どうしてもここですれ違う場合があるようだ。
単線区間内の下諏訪駅で20時20分頃、赤い太線が交差している。下りは「スーパーあずさ29号」、上りは「スーパーあずさ36号」だ。どちらかの列車を5分ほど調整すれば、停車駅の上諏訪駅か岡谷駅ですれ違いが可能と思われる。しかし他の場所で制約を受けるためか、本来の停車駅ではない下諏訪駅ですれ違う。旅客扱いをしないから運転停車だ。
単線区間内の「スーパーあずさ」同士のすれ違いは1日にここだけ。その他に臨時特急「スーパーあずさ52号」が運転される際、「スーパーあずさ15号」とのすれ違いが設定されている。
すれ違うためだけの停車も時間の無駄といえるけど、じつはすべての特急列車が単線区間の影響を受けている。単線と複線の境目のポイントで、最高速度75km/hの制限を受けているからだ。松本市や塩尻市などを中心とした特別地方公共団体「松本広域連合」は2006年、「中央東線の高速化に関する研究書」を発表し、特急列車について、「通勤電車区間の方向別複々線化」や「単線区間の解消」を要望している。