漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。
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今回のテーマは「歯ブラシ」である。

私の平素の生活からすると「カレー沢さん、まさか歯とか磨くんですか? 」と言われても仕方ないと思っているし、「風呂に入る時、リンスインシャンプーで髪と一緒にオールインワンで手で洗ってる」と言っても信じてもらえると思う。

しかし、歯ブラシに関しては「歯医者がお勧めする電動歯ブラシ10選! 」という体の、ただの小癪なアフィリサイトのトップに必ず挙がって来る「フィリップス」の電動歯ブラシを使っている。

アフィリサイトは小賢しいが「歯医者が勧める」は嘘ではなく、私の通う歯医者もフィリップスとズブズブであり、いたるところに卑猥なぐらいフィリップスの電動歯ブラシが屹立している。

値段はグレードによって違うが、私が使っているのは1万円程度の物だと思う。『Fate/Grand Order』のガチャで言えば50回分だ。

だが私は推しが出るかもしれないガチャ50回を回さず、このブルブル震える棒を買ったのだ。

防災袋を買う金をケチってガチャを回している奴の行動ではない。これはソシャカスパイセンから「恥を知れ」と猛ビンタ不可避だ。

しかし、私が歯ブラシにそこそこ金をかけているのは、昔歯で痛い目を見たからである。

この「痛い目」というのは比喩ではなく、物理的にも金銭的にも本当に痛い目を見たのだ。

昔は、もちろん歯ブラシなんかに金はかけず、2日に1回ビオレで顔と一緒に歯を洗っているぐらいの不摂生さであり、さらに私は虫歯になりやすい方だった。

虫歯になりやすいというのは、生まれつき口の中が汚ねえという意味ではない。歯の大きさが小さい人間は、エナメル質も薄いため、虫歯になりやすいのだそうだ。

こればかりは急所が鍛えられないのと同じようにどうしょうもない。

そんな、生まれつき歯が弱い上に、手入れもろくにしないという「才能×努力」みたいなことをした結果、私は「20代で入れ歯を勧められる」という、凡人には到達できない低みに達してしまったのだ。

今なら「やむなし」と答えるかもしれないし「自分のパーツが取り外せるのはエモい」と思うかもしれないが、何せ当時はまだ20代だったため「それは、ちょっと」と言ったところ、インプラントを勧められた。

インプラントとは、仕組みを説明するのは難しいので取りあえず「高い歯の治療」と思ってもらえれば良い。

どのくらい高かったかというと、全て込みで100万円以上はかかったと思う。

今なら「ガチャ5000回分じゃないか、ふざけるな」と瞬時に計算してブチ切れていたと思うが、幸い当時はまだガチャに出会っていなかったので、治療に踏み切ることができた。

しかし逆に言えば、歯さえちゃんと磨いていれば、今5000回ガチャが回せた、ということである。

つまりガチャ50回分の電動歯ブラシ代をケチることにより、今後また5000回分のガチャを失うかもしれないのだ。

電動歯ブラシを使うことは、今後のガチャに対するむしろ「投資」なのである。歯を磨けば磨くほど、ガチャが回せる、というシステムなのだ。

「その理屈はおかしい」と思った人は鋭い。

しかし、歯の治療費というのは、私が特にボられたというわけではなく、「マジで言ってんのか? 」というぐらい高額になることが珍しくないのだ。

それが1万円程度の歯ブラシで防げるなら「実質タダ」どころか大幅な黒字である。

また、歯がダメになると、食べる楽しみも失われてしまう。つまりそれは「生きる目的が何一つない」という状態であり、メンタルまで病む羽目になってしまう。

よって、効果不明の健康食品を買うぐらいなら、電動歯ブラシを1本買った方がよほど心と体の健康のためになると思う。

これは、体が半分サイボーグになった老人が「同じ悲劇を繰り返しちゃなんねえ」と言っているのと同じなのでぜひ参考にしてほしい。

しかし、電動歯ブラシも買っただけではダメなのだ。

毎日使うのはもちろん、正しい使い方をしなければ意味がない。まず入れる場所は尻ではなく口だ、初心者が良くやる間違いなので気をつけよう。

そして最大の難関が「ブラシをこまめに交換しなければいけない」という点だ。

そもそも何でこんなことになったかというと、寿命が1カ月の歯ブラシを1年使い続けるような、歯ブラシというより歯ブラシの死体で歯を磨くような真似をするズボラな性格のせいである。

そんな人間が、ブラシをメーカー推奨通りの頻度で交換するというのは非常に難易度が高い。

しかし、歯磨きを1回怠るごとに、回せるガチャが1回減るのだ、そのことを肝に銘じてこれからも歯を磨いていきたい。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。