悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、営業の仕事が嫌になった人へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「営業の仕事が嫌で、辞めるか異動したい」(39歳男性/営業関連)
昔、小さな広告代理店の制作部にいたころのことです。
20代の営業マンと話しているとき、彼の口から「僕、営業好きなんで」ということばが出てきたので驚いたことがあります。
いや、営業向きの人はたくさんいるのですから、別に驚くほどのことではありませんよね。でも僕自身はまったく営業向きではなく、営業をやる人の気持ちがわからなかったので、「なるほどー、営業が好きだと口に出せる人もいるのだなぁ」と、なんだか妙に納得させられたのです。
彼はなぜか、そのあとすぐに辞めちゃったんですけどね(オチにもならねえ)。
いずれにしても自分がそんな感じなので、今回のご相談にはうなずける部分もあったのでした。
違いがあるとすれば、ご相談者さんが現在進行形で営業の仕事をしているのに対し、僕は最初から"非営業"の仕事しかしてこなかった点。つまり「営業の仕事が嫌」という部分では共通しているとはいえ、大きな違いがあるわけです。
だから偉そうにいえませんし、一般論ではあるのですが、まずはあえて落ち着き、「本当に営業の仕事が嫌いなのか?」「本当に辞めたいのか?」「辞めたらどうなるのか?」などについて改めて考えてみることも重要なのではないでしょうか?
「辞めてはいけない」といいたいのではなく、「いったん冷静になってみましょう」ということ。
人間は、「嫌だ」と思っているときにはどんどんその対象を否定してしまうもの。いまは「辞めることしか考えられない状態」にいるだけで、本当は続けられるかもしれないからです。
などというと、「辞めたいものは辞めたいんだ!」と反論されてしまいそうですが、「辞めたい」「異動したい」という思いを抱え続けていてもストレスがたまるだけ。
そう思うので、「いまの状況下で、少しでもいい方向に持っていけないか?」という観点から、このことについて考えてみたいと思います。
不完全な自分をさらけ出し、プラスの経験を探る
まずご紹介したいのが、『コンプレックスは営業の最高の武器である。』(中北 朋宏 著、日本経済新聞出版)。著者は、お笑い芸人から営業に転職し、No.1の実績を打ち立てたという異例の経歴の持ち主です。
本書で著者が強調しているのは、「不完全な自分をさらけ出す『コンプレックス営業』の重要性。
ただ自分をさらけ出せばいいのではなく、「自分の感情が動いたつらい経験や、自分のなかで昇華されている経験」をノウハウとして伝えることも営業にとっては重要だというのです。
それは、お笑い文化そのものなのだとか。
お笑いの文化は、「できないこと」「恥ずかしいこと」「ダメな自分」をさらけ出すことで笑いに変えていくもの。自慢話をしてもひんしゅくを買うだけですし、むしろ「借金があって」「家が貧乏で」「奥さんが鬼嫁で」などのつらい話を明かしてこそ好感を持ってもらえるというのです。(48〜49ページより)
営業も同じで、売っていくためには最後の決め手を「自分」にすることが必要。そのためには、自分をさらけ出す方法が有効となるわけです。
そして重要なのは、自分にとってつらかったことを「洗い出す」こと。たとえば著者の場合であれば、こうなるそうです。
(1)芸人からの転職ということもあり、社会人1年目から営業数字の達成が全くできず、毎週月曜日の朝7時から上司にゲキ詰めされていた
(2)芸人から人事のコンサルティング会社に入社したため、周囲から相手にされず、相談するために隣の席の人に話しかけたら無視されていた
(3)上司から引き継いだお客様から激怒され失注となる(76ページより)
続いてすべきは、これらの経験から得た「プラスのこと」を洗い出す作業。
(1)上司に数字に対してゲキ詰めされた経験から、数字に対して「達成するべきもの」という今までにない価値観が生まれた。また朝7時という時間からミーティングをすることで、芸人時代は深夜のバイトで生活リズムが崩れていたが、早起きするというサイクルができた
(2)何となく人の時間を奪うことはよくない。ビジネスでタイムマネジメントは非常に重要である
(3)お客様のことを考え行動すること。常に同じことを提供するだけでなく、お客様のことを考え変化させていく必要がある(76〜77ページより)
こうして導き出された「プラスのこと」を活用していけば、マイナスをプラスに転化できるという発想。これは、すべての営業マンが応用できることであるはずです。
より多くの客にアプローチする
一方、「ポジティブ・シンキング」は危険だと主張するのは、『超★営業思考』(金沢景敏 著、ダイヤモンド社)の著者。プルデンシャル生命保険のライフプランナーとして、前人未到の業績をあげた実績の持ち主です。
営業は断られるのが仕事のようなものですが、うまくいかないことが続くと、当然のことながら営業するのが怖くなってくるはず。著者も断られ続けた結果、電話の前で躊躇してしまったことがあったそうです。
保険業界ではそれを「メンタル・ブロック」と呼んでいたそう。「断られるのが怖い」という恐怖心が心理的なブロックとなって行動できなくなるわけです。
とはいえ、「メンタル・ブロックがあるから、きょうはこれ以上テレアポできない」と言い訳にしてしまうのでは意味がありません。
そこで著者が行き着いたのが、「平凡な営業マンである自分が『打席に立つ(お客様にアプローチする)』のが怖くなるのは当たり前だという発想。
営業マンは野球選手と違って"打率"を問われないのだから、躊躇する必要はないという考え方です。
10人の客様にアプローチして3つのご契約をお預かりするほうが、30人にアプローチして5つの契約をお預かりするよりも、よほど"打率"はいいですが、営業マンとして評価されるのは5つの契約をお預かりした方です。
だったら"打率"なんか気にせず、とにかく"打席数"を増やしたほうがいい。イチロー選手のように「ヒットを一本増やしたい」と前向きに考えて、"打席"に立ち続ければいい。僕は、そうやって自分の弱い気持ちを励まし続けたのです。(90ページより)
著者はプルデンシャル生命保険時代、誰よりも多くのお客様にアプローチし続け、誰よりも多くのお客様に断られ続けてきたのだといいます。だからこそ、結果が出せたということなのでしょう。
しかし、それができたのは、「ポジティブ・シンキング」で自分の本心をごまかすのではなく、自分の弱さを認めたうえで、自分に「やるか? やらないか」と選択を迫ったから。
その結果、本当の意味で強くなれたということです。
断られたことや失敗を引きずらない
次にご紹介する『「営業の仕事」についてきれいごと抜きでお話しします: 「売るテクニック」よりも大事なこと 』(川田 修 著、三笠書房)の著者も、契約してもらえなかったときのことについて触れています。
ちなみに上記『超★営業思考』の著者も在籍していたプルデンシャル生命保険のエグゼクティブ・ライフプランナー。
商品やサービスを買ってもらえなかった、契約してもらえなかった。そうなったら営業の仕事としては失敗ですから、当然、反省は必要です。
「何が自分に足りなかったのか?」
と反省しなければ、次への成長はありません。
ただ、反省はしつつも、そのことは忘れて、すぐに気持ちを切り替えることはもっと重要です。(147ページより)
一番いけないのは「断られた」という事実や失敗自体ではなく、それを引きずること。ずるずる引きずっているのではなく、大切なのは、次の商談に気持ちを切り替えて臨むことだということです。
なぜならそうしないと、別の商談にまで悪い影響が出てしまうから。しかし、それでは時間の無駄ですし、負のスパイラルにはまってしまうことにもなるでしょう。
だからこそ、数で勝負すればいいのです。
これは『超★営業思考』にあった「『ヒットを一本増やしたい』と前向きに考えて、"打席"に立ち続ければいい」という発想と同じではないかと思います。いいかえれば、優秀な営業マンはそのように発想の転換ができるということなのかもしれません。
大切なことなので、もう一度言っておきます。断られてもそれ自体は誰にでもあること。大切なのは、それを引きずらないことです。(149ページより)
断定はできませんが、「営業の仕事が嫌で、辞めるか異動したい」という思いも、営業に関する過去の失敗に囚われているから生じてきたものなのではないでしょうか?
もしもそうだとすれば、過去を引きずらず、やり続けることもひとつの選択肢ではないかと思います。