私は文房具関連のイベントに出演させていただくことがあるのだが、いつも不思議に思うことがある。それは、ほとんどのイベントが入場無料であることだ。

文房具の世界において、イベントは主にトークイベント、実演販売、ワークショップの3種類に分かれているのが定番だが、いずれにしても入場(参加)無料であることが多いのである。

どのイベントでも、来てくれた方が新たな情報や経験を得て帰っていくことは間違いない。それなのに無料ということは、情報や経験はあくまで販促にしか使えない、つまりお金にならないものだと、文房具界が考えているということだろうか?

リアルの逆襲

おそらくどの業界でもあることだと思うが、昨今はモノを売ろうとするとインターネット販売vsリアル店舗、という構図が存在する。文房具界も同じだ。

インターネットでは店頭よりも安く文房具を買えることが多いし、外出の手間もかからない。また、売る側にとっては万引きの心配が要らない(文房具店の万引き被害は深刻なのだ)。そういう事情から、文房具店は数を減らしていている。ネットに押されているわけだ。

しかし、店舗だけが持つ価値も、もちろんある。実際に商品を手に取ることができるし、ウィンドウショッピングで思わぬ出会いもあるかもしれない。どちらもお客様にとっては大きなメリットだし、その価値が認められているからこそ文房具店が消えていないのだろう。

そして、リアル店舗だけの強みをさらに打ち出そうと文房具店(やメーカー、代理店など)が近年力を入れているのが、冒頭で述べたイベントだ。

イベントなど「場」への回帰は、文房具業界に限らない近年の流行りともいえるし、そういったイベントから私に声がかかるのは非常に光栄なのだが、さて、どうして「入場無料」なのだろうか。

情報と経験は価値になる

入場無料の背景には、イベントでの直接的な利益ではなく、間接的な利益を狙っているということがある。たとえばイベントに足を運んでくださるお客様が店で買い物をしてくれることや、イベントをきっかけに店のリピーターになることだ。

そのため、「(入場料を取ることで)お客様が来ないと困るから」というイベント主催者側の不安が先に立ち、無料となる。まったく同感だ。私も集客の恐怖はよく知っている。その根底には、具体的なモノを手に入れられないならお金はもらえない、という発想がある(その証拠に、少ないながら行われる有料のイベントは、お土産つきの場合が多い)。

だが、よく考えるとこの発想は変だ。コンサートや映画、著名人の講演は有料なのが普通だが、そこでは情報や経験に値段をつけている。映画が有料だと言って文句を言う人はいないだろう。

なぜ文房具界には情報や経験を売るという発想がないのだろうか?

「情報」を売ったことがない文房具界

思うに、文房具界はモノを売って生きてきた業界だから、情報を売ってきたコンテンツ業界並にとは言わないにしても、情報に価値があることに気づけていないのではないだろうか。

しかし、ネットvsリアルという普遍的な構図の中では、情報や経験の価値こそが鍵を握る。単にモノを売るだけならネットには敵わないからだ。

文房具は実に楽しい。だが、その楽しさの何割かは文房具そのものではなく、その周囲にある、新しい使い方や楽しみ方といった情報・経験なのだ。文房具の楽しさは、文房具というモノを超えていく。だから、店舗やイベントにはお金を払うような価値があるのだと、改めて考えてみるべきだと思うのだ。