夫婦仲が悪化すると、別居するケースがあります。しかし、妻が働いていない場合や、夫と妻の収入に差があり、妻が子と同居してその監護をしている場合などには、夫が妻へ別居後も生活費を払わなければなりません。
ところが、中には妻に生活費を払わない夫がいます。いろいろな背景事情があり得ますが、離婚したい夫が、離婚に同意しない妻を離婚に応じさせるために、あえて生活費を支払わず困らせるといったこともあります。
このように、別居中の夫が妻に「生活費を渡さない」ことは法律上認められるのでしょうか?
今回は、別居中の生活費がストップしたときに妻ができることを、弁護士が解説していきます。
別居中の生活費の支払いは法律上の義務
そもそも、夫が別居中の妻や子どもに生活費を払わないことは許されるのでしょうか?
法律は、「夫婦は相互に協力し、助け合わねばならない」という扶助義務を定めています(民法752条)。また、親は子どもに対しても扶養義務を負います(民法877条)。
そこで、夫婦が別居して妻が子どもを引き取って育てている場合、夫は妻や子どもに生活費を払わなければなりません。このように、別居中、配偶者が相手に支払うべき生活費を、法律用語で「婚姻費用」と言います。
離婚前に別居して、夫が生活費を払ってくれないのであれば、妻は法律上認められる権利として夫に「婚姻費用の分担」を請求できます。
婚姻費用の分担義務は、相手に自分と同等の生活をさせなければならないという「生活保持義務」です。「払ったら自分の生活が苦しくなるから払わない」という言い訳は通用しません。自分の生活レベルを落としてでも支払う必要があります。例えば、借金返済が必要な場合や、住宅ローンや家賃を払っていたら、そのことが金額算定にあたり考慮要素とはなり得ますが、支払いをしない、という理由にはなりません。
生活費(婚姻費用)を請求できないケース
ただし、別居中でも妻の夫に対する婚姻費用の請求が結果的に認められないというケースもあります。以下にそれぞれ解説していきましょう。
■夫に支払い能力が全くない
婚姻費用は、収入のある側が相手の生活を維持するために支払うものです。もしも夫に全く収入がなくて支払い能力がなかったら、婚姻費用を請求できません。例えば、相手が病気に罹患していて働けず、生活保護を受けている場合などもこれに該当します。
■妻が不倫して家を出た
婚姻費用が「信義則(信義誠実の原則)」によって制限されるケースもあります。典型的なパターンは、妻が不倫をして家出した場合です。自分から不倫によって婚姻関係を破綻させておきながら、都合良く婚姻費用だけ請求することは許されないと判断される場合があるので、婚姻費用の金額が減額されたり全く請求が認められなかったりします。
ただし、夫が納得していないのに妻が勝手に家を出たというだけ(妻が婚姻関係を破綻させたと明確に言えない場合)であれば、通常は婚姻費用の請求が認められます。
婚姻費用の相場の金額について
婚姻費用を請求すると、どのくらいの金額を払ってもらえるのでしょうか? 相場の金額を見てみましょう。
婚姻費用は、夫婦それぞれの収入状況と扶養している子どもの有無、人数、年齢によって決まります。払う側の収入が高い場合や払われる側の収入が低い場合、子どもがたくさんいる場合、特に15歳~19歳の子どもがいる場合に婚姻費用の金額が上がります。
実務的には、家庭裁判所の定める「婚姻費用の算定表」に従って金額を決めています。
この算定表の中から、自分たちの状況に当てはまる表を選びましょう。その表に相手とあなたの収入を当てはめ、クロスする場所の金額帯が請求できる婚姻費用の金額です。
生活費を払ってもらえない場合の対処方法
夫が婚姻費用を払ってくれないとき、妻としてはどう対応すればいいのでしょうか? 以下にその方法をいくつか説明していきましょう。
■生活費を支払うよう請求する
まずは相手に、電話やメールなどの任意の方法で、婚姻費用(生活費)を請求しましょう。相手が「生活費の支払いが法律上の義務」であることを知らない場合、説明すると納得して払うようになるケースがあります。
相手が支払いに応じるなら「婚姻費用支払いに関する合意書」を作成し、書面化しましょう。このとき、紛争が長期化し、婚姻費用を長期にわたりもらう必要があることが予想される場合には、「公正証書」を作成することも検討しましょう。公正証書を作成すれば、そこにしかるべき文言を入れることにより、将来相手が約束を破って払わなくなったときに、相手の給料などを差し押さえて婚姻費用を強制的に払わせることができるからです。
■婚姻費用分担調停を申し立てる
任意の請求では相手が払わない場合には、家庭裁判所で婚姻費用分担調停を申し立てます。
調停では裁判所の2名の調停委員が間に入り、申立人と相手方の意見の調整をしてくれます。婚姻費用を支払わねばならないのは明らかな義務なので、通常は相手を説得してくれるでしょう。金額の算定についても家庭裁判所で行ってくれます。
ただし計算の基礎となる収入資料は当事者が提出しなければならないので、最低限自分の収入のわかる資料(給与明細書、源泉徴収票、県民税証明書など)は用意して裁判所に持参しましょう。
相手の収入が不明な場合には、平均賃金などを参考にして婚姻費用を計算してもらえるケースがあります。
■婚姻費用分担審判とは
調停は話し合いによって解決する手続きなので、相手がどうしても「払わない」と言う場合、無理矢理調停を成立させることは不可能です。
その場合には、調停が不成立になり、そのまま手続きが「審判」に移ります。審判になると、審判官(裁判官)が婚姻費用の金額を決めて、義務者に支払うよう命令を下します。
このときには、審判後の将来分の婚姻費用だけではなく、申し立て時から審判時までの未払い分も一括で支払うよう命じられます。
■相手が調停や審判にも従わないとき
調停で婚姻費用を払うことが決まった場合や審判で支払い命令が出た場合でも、相手が無視して支払わない悪質なケースがあります。その場合には、地方裁判所に「強制執行(差押え)」を申し立てて強制的に未払いの婚姻費用を回収しましょう。差押えの対象となるのは以下のようなものです。
・給料
・預貯金
・社内積立
・保険、個人年金
・債券、投資信託
・株式
・車
・不動産
・その他動産類
特に給料を差し押さえると、その後は相手が仕事を辞めるか離婚が成立するか別居状態が解消されるまで、継続的に給料やボーナスから婚姻費用が支払われるので、不払いの心配をしなくてよくなります。相手が会社員でない場合には、預貯金や生命保険などの差し押さえを検討することになります。
ご自身に収入がない場合、「別居すると相手が生活費を払ってくれないかもしれない」「子どもの生活を支えられない」と不安を感じ、別居・離婚に踏み切れないという方がまだまだたくさんおられます。しかし、別居中の生活費の支払いは法律上認められる権利なので、「別居したから生活できない」ことにはなりません。
多くの方が、別居して婚姻費用を受け取りながら離婚協議や調停を進め、離婚しておられます。離婚するかどうかという人生の重要な局面に臨むにあたり、その間の生活の基盤を作ることは非常に重要です。離婚についてはまだまだ問題が山積している方も、決まった生活費が確保できたことで精神的に余裕が生まれ、安心して離婚の話し合いに臨めるといったお声も聞きます。
そして婚姻費用は、算定表に基づく基準があるものの、個別ケースにより、相手方との間で話し合うべき事項が多くあります。例えば、算定表には考慮されていない、お子様の私立高の学費をどちらが払うか、という点などです。
なるべく早く弁護士にご相談いただければ、いくらくらいの請求をすべきか、どのような点が相手方との間で争いとなりそうか、それに対し、こちらはどのような主張をし、どのような資料を収集すればよいか、など経験に基づき助言させていただくことができます。お気軽にご相談ください。
執筆者プロフィール : 弁護士 高橋 麻理(たかはし まり)
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第二東京弁護士会所属。東京・横浜・千葉に拠点を置く弁護士法人『法律事務所オーセンス』にて勤務。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2002年検察官任官。東京地検、大阪地検などで勤務後、2011年弁護士登録。元検察官の経験を生かして、刑事分野の事件を指導、監督。犯罪被害者支援や離婚問題に真摯に取り組んでいる。