仕事にミスはつきものだ。ささいなミスならまだしも、非常にインパクトの大きい過ちを犯してしまった場合、上司や取引先に対してどのように迅速かつ誠実に謝罪するかがビジネスパーソンにとって重要となることは、自明の理と言えよう。
自らの非を詫びる謝罪にはネガティブなイメージがつきまとい、多くの人が嫌がることの一つと言える。だが、マイクロソフトで執行役員を務めたキャリアを持つクロスリバー代表の越川慎司氏は、謝罪を新たなビジネスの契機へとすることに成功してきた。いわば、マイナスをプラスに転じてきたわけだが、そこにはどのような秘密があったのだろうか。
本連載では、これまでに約600件もの謝罪をしてきた「謝罪のプロ」の謝罪におけるマナーや極意を紹介していく。初回のテーマは「トラブル発生時の初動」だ。
――これまで、数々の企業へのトラブル対応や謝罪の場を経験されてきたそうですが、謝罪の必要が出てくるようなトラブルが発生した際、まずどのような行動が必要になるのでしょうか
トラブルを認識してから、最初の2時間が重要です。まず、問題が現在も続いている場合にはお取引先に連絡をして、被害状況を把握し可能であれば短期的な回避策をお伝えします。例えば、腐ったものを食べてしまったときに「嘔吐したほうがよいのか」「水を飲めばいいのか」「排せつまで待てばいいのか」など、いろいろな方法が考えられますよね。お取引先に与えられる影響が最小限になる対応策がわかれば、すぐに伝えなければなりません。
――それ以外にも伝えておいた方がよい情報などはありますか?
次に伝えたほうがよいのは「いつになったら回復するのか」という目安ですね。この先に何が起こるかわからないという暗闇の不安が、一番怒りに変わりやすいんです。飛行機や新幹線などが止まった際、「1時間後に復旧します」と知らされているのと知らされていないのとでは、安心感が大きく違いますよね。「あと3時間くらいで復旧しそうです」「いま復旧し続けていますので少々お待ちください」などが伝えられると、先方も安心できると思います。
初動対応時の嘘は禁忌
――初動の際に絶対にやってはいけないことはなんですか?
嘘を伝えることが絶対にダメですね。嘘をついてしまったことが後でわかると、信頼を回復するのに少なくとも通常の3倍くらいは労力がかかります。ですから、必ず正直に報告しましょう。
また、トラブルが発生したとき、関係者を集めなければならないなど、ミスを起こした側対応ばかりに走ってしまいがちなんですね。そうなると、お取引先がおざなりになってしまう。まずはお取引先のインパクトを最小限にすることを意識して動かなければなりません。
そのためにも、社内調整はどうしても必要になります。お取引先を置いてけぼりにしないように、どんな原因でトラブルが起こっていて、社内の人間の誰が対応策をわかっていて誰がわかっていないのかを把握し、連絡網をつないで適切なコミュニケーションを取って情報を一元的に集め、適切にお取引先に情報を伝えられる体制を作っておかなければならないですね。
――情報を一元的に集めるとして、どのような部署や担当に集めるべきでしょうか
お取引先と直接やり取りをする機会が多いであろう営業が情報を集めてしまうことは避けるようにしましょう。会社の規模にもよりますが、謝罪担当を社内に置くことは稀だと思いますので、集約先としてまず考えられるのは広報でしょうね。顧客にサービスを提供している場合には、お客様サポートのような部署になるでしょう。
「トラブルがあった際にこの部署に情報が集まる」という仕組みを会社として作っておかなければなりませんし、そのための“避難訓練”のようなものは日ごろから必要だと思います。
トラブル発生に備え、組織が心がけること
――組織としてどういう体制を作るように心がけておくべきでしょうか
情報流通をスムーズにすることですね。「Aさんが知っていてBさんは知らない」という状況はトラブル対応ではありえません。営業の方が怒られてしまうケースが、お取引先から連絡がきたときに初めてトラブルを知って「ちょっと調べます!」と伝えて、情報を集めようとしてもなかなか集まらず、お取引先から「まだわからないのか!」と言われてしまうことなんですね。
クラウドサービスやコミュニケーションツールなどを活用して、一元的に集めた情報を共有できるような体制を作っておくべきだと思います。緊急対応は即時性が求められるため、メールではなくチャットを使うのがベターですね。
――トラブルが発生すると、どうしても「誰の責任だ!」と感情的になったり叱責したくなったりするような気持ちになりそうですが……
組織のスタンスとしては「トラブルが発生して2時間は個人攻撃は禁止」です。トラブルが誰か個人のせいで起こったとしても、それを叱責することは完全にお取引先を見失っています。再発防止策などを考える際には必要になってくる部分ですが、何よりも情報を集めて最適な対応をお取引先にすることが大切です。
トラブル対応は社内の人間にも大きなストレスがかかるものですから、社内で大ゲンカになってしまうケースもあります。ですが、何とか愚痴や批判を抑えて、お取引先のことを考えて動けるよう、いかに建設的な意見にしていくかというのが初動では重要になります。
――そういう気持ちを抑えるためにも、事前の心構えは大切かもしれないですね
謝罪をするにあたって、私は「信頼を回復すること」だけでなく、「自分たちが幸せになること」も目的であると思っています。例えば、個人攻撃などによって担当者が心を病んでしまうようなことは、誰も求めていません。だからこそ、謝罪によって「自分が幸せになること」を忘れてはならないと思います。
トラブル発生時、お取引先は「早急にトラブルが解決すること」を望んでいますが、同時にミスを犯した側が「適切にトラブル対応ができる組織か否か」を判断しています。お取引先もビジネスとして、長く関係を持って仕事ができるパートナーを求めています。いわば、窮地の状況下で逃げるか逃げないか、ということですね。そういう会社の姿勢を見られているということを意識したほうがよいでしょう。
越川慎司
国内大手通信、外資系通信に勤務、ITベンチャーを経て、2005年にマイクロソフト米国本社に入社。のちに日本マイクロソフトで業務執行役員を務め、2017年にクロスリバーを設立。528社の働き方改革を支援し、現在は週休3日で16万人の働き方をスイッチしている。
新刊『謝罪の極意』
マイクロソフトという大企業で品質担当の業務執行役員を務めた経験を持つ筆者が、過去の自身の経験を元に、より実践的かつ戦略的な謝罪術をわかりやすく解説。新入社員から幹部社員まで、本当に役立つ謝罪の極意を指南する実用書。小学館より上梓されており、価格は税別1,300円。