とある空港近くのバー。今日もあまり人がいない。バーテンダーのしげさんがグラスを磨いていると、あのペンギンブローチの男が入ってきた。
日本の整備士は6,800人
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サエコ: 「あら、こんばんは。ペンギンさん」
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男: 「こんばんは。ボクはペンギンさんと呼ばれているのかい?」
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「そうです。本当のお名前は知らないもので」
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「英語では"PENGIN-MAN"か……。まあ、その呼び方でいいよ。カクテルもいつもので」
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「はい、かしこまりました。で、早速いいですか(笑)。ネットニュースで航空業界ではパイロットだけではなく、整備士さんも問題だってあったんですけど、これってどういうことですか?」
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「相変わらず好奇心旺盛だね。おそらく人材不足の話だろうけど、整備士の人手不足はパイロット不足とはちょっと質が違う話だ」
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「質……ですか」
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「言うまでもなく整備士は旅客機運航にとって重要な存在だ。今、日本にいわゆる航空整備士と言われる人は6,800人ぐらいいる」
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「なんか少ない感じがしますね」
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「実は、航空整備士はいわゆる旅客機などを整備する一等航空整備士、小型機などを整備する二等航空整備士、空港などで実際に運航される機体を整備する運航整備士、さらに、航空機を製造する工場整備士など細かく資格が分かれている。6,800人はその総合計だが、やはりバブル期養成組が主流で、2030年には多くの人が定年を迎える。一方で、多頻度運航が広がって仕事は増えている。いわば"二重苦"状態だ」
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「2030年って、そう遠い話ではないですよね」
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「アジア全体で見てみると、ちょっと古いが2010年にICAOに調査したところ、8万1,000人ほど整備士がおり、その当時の需要予測では2030年には28万9,000人程度の整備士が必要になると言われていた。経済成長で便数が増えれば、整備作業は増えるからね」
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「でも、ITなんか使っていろいろなことをやれば、ちょっとは整備作業もスムーズになったりするんじゃないですか?」
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「今日は冴えているね。現代の旅客機の技術は日進月歩だ。一般の人が考えているより、ずっと進化している。ボーイング777などは、エンジンや機体に多くのセンサーが装備されていて、様々な数値から不具合が起こりそうな場所を教えてくれる」
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「整備前に分かるのは便利ですね」
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「あるベテランの整備士は、整備作業は昔は不具合が出たら修理するというイメージだったが、今は事前に不具合をつぶすというイメージに変わったと言っている。工具を取り出す前にタブレットを取り出すのが一般的だそうだ」
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「なんか人間の身体と同じですね。風邪を引いて悪化する前に薬を飲むみたいな」
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「そう。予防整備という言葉があるくらいだ。格安航空会社(LCC)の経営が成り立つのも、実はこの予防整備を徹底することで、なるべく飛行機を運休させないことが大きな要因なんだ」
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「予防整備って言うんですね」
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「実は最新のボーイングの予測では、2037年までにアジアで整備士は25万7,000人が必要と"下方修正"された。そうしたIT技術の進歩を考慮してだが、それを上回る勢いで便数が増えており、20万人以上が必要ということには変わりない。日本でもその傾向は同じだ」
整備士は世界に羽ばたけない
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「でも、日本ではパイロットと同じように外国人を入れればいいのでは?」
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「実はそれはできにくい。整備士の資格は、基本的に国が発行するもので、その国限定となる。パイロットと違って国際間の人材の流動性が乏しいんだ」
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「世界共通のパイロットとは逆ですね」
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「日本の1等航空整備士の資格は、ヨーロッパのEASA(欧州航空安全機関=日本の航空局に相当)で、"カテゴリーB"と呼ばれる整備士と作業ができる範囲や訓練時間などがほぼ一緒だ。しかし、もし日本の整備士がヨーロッパのエアラインで仕事をしたいと思えばもう一度、資格を取り直さなくていけない。逆も同じだ」
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「なんか、不合理ですね」
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「さすがに、ここは直すべきという意見が出て、近い将来見直される感じだ。実は、こと整備に関しては現場の整備士さんたちは、本音では国の政策運営について、よく思っていないことが多い」
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「どうゆうことですか?」
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「確かに安全性を確保するということで基準を厳しく見るということは必要だが、必要以上に書類提出を求められることもあるという」
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「書類提出……ですか?」
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「ある整備士の指摘だが、例えば、旅客機の塗装は、厚塗りしてもあまり安全性には影響はない。しかし、そうしたものまで事細かに航空局から書類提出を求められている。ただですら人手が不足している整備士が書類作成に忙殺されて、肝心要の安全性に関わる部分の注意がおそろかになる可能性もあるというんだ」
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「なんだか、本末転倒ですね」
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「意外なことだが、航空大国のアメリカで"A&P"と呼ばれるエアラインの整備士資格は、訓練時間などが日本の整備士資格より短いんだ。安全に飛ばせる最低限の技能と知識があればいい、というのがアメリカの航空当局の姿勢。さきほどのペンキの話のように、日本の行政は形にはまりすぎて、本質を見失っていると私は時折思うことがある。しげさんはどう思う?」
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しげさん: 「……」
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「!? なんでしげさん?」
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「さて、お暇(いとま)しようかな。そうそう、ペンギンのブローチはサエコさんが預かっておいて」
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「私が……ですか!?」
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「ペンギンは昔、空を飛んでいたが、外敵に襲われないから飛ぶ必要がなくなったと言われている。再び、飛ぶ必要が出てきたら翼を取り戻すと思う。私も翼を取り戻す時が来たんでね」
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「翼を取り戻すって!?」
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「SHIGE-san PENGIN-MAN READY(しげさん、ペンギン男、離陸準備よし)」
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「RUNWAY AIRBAR Clear for Take-off PENGIN-MAN,Goodluck(バーの滑走路から離陸許可します。幸運を)」
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「えっ、しげさんって……まさか元管制官!?」
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「SAEKO-san & SHIGE-san Goodluck too(サエコさんとしげさんにも幸運を)」
イラスト: シラサキカズマ