角野隼斗はなぜ世界を魅了するのか? 「失われた伝統」と「現代的感性」を共存させるピアニストの思想

角野隼斗はいまや世界的名声を獲得しているが、これほどまでに評価される”本質的な理由”について、もっと語られるべきなのかもしれない。フレデリック・ショパンの名曲と自作曲などを交互に収録したニューアルバム『CHOPIN ORBIT』の全曲解説を通じて、ピアニスト/作曲家としての思想とルーツを深く掘り下げたロングインタビュー。聞き手はクラシック音楽に精通する音楽ライターの小室敬幸。

この数年、2022年のフジロック出演、2024年の日本武道館のように、クラシック音楽のピアニストによるソロリサイタルとしては考えもしなかったようなチャレンジに挑み、しっかりと成功を収めてきたのが角野隼斗だ。ただ普段と異なる会場で演奏するのではなく、その場に見合った新しい形でオーディエンスを魅了し、うるさ型の聴衆まで唸らせてきた。

海外公演も継続して評判になっている世界に通用する実力派のピアニストであると同時に、即興や作曲も得意としてクラシック音楽以外の演奏も自然にこなしてしまう。新世代のミュージシャンというイメージが強いかもしれないが、斬新におもえる彼のアプローチも今では失われた伝統へのリスペクトに溢れていることが、このインタビューからきっと伝わってくるはずだ。

Photographs by Mitsuru Nishimura

ショパンは他のコンポーザー=ピアニストと何が違う?

―ショパンのように作曲家としてもピアノ奏者としても優れたミュージシャンは、コンポーザー=ピアニストと呼ばれてきました。その系譜でいえば2019年のツアーでテーマにしていたラフマニノフや(ショパンのライバルだった)リストも、角野さんにとっては大事な作曲家ですよね。

角野:リストやラフマニノフも10代の頃から弾いてきましたし、もちろん好きです。でもやっぱりショパンは特別ですね。ざっくりとした言い方になってしまいますが、ショパンの音楽って僕の性格にすごく合っている感覚があるんですよ。とても完璧に書かれていて美しい。なのに、その場で生まれている感じにも聴こえる。その独自のバランス感覚がショパンに惹かれる理由だと思いますね。リストやラフマニノフと比べてみても、ショパンのピアノ技法は非常にユニークなんです。

―同時代のリストは迫力を出すためなのか、濁ってしまってもお構い無しで低音に分厚い和音を書いていますけど、ショパンなら絶対にそんなことはしませんよね。

角野:そうなんです。左手でド・ミ・ソ・ドみたいな和音を低い音域で弾くことは絶対しない。和音を分散させながら低音と中音域のハーモニーが絶妙なバランスで分かれているんですよ。そういうヴォイシング(和音の配置)の美しさに惹かれてしまいがちです。

―ピアノと一言でいっても、ショパンが活躍した19世紀前半と現代ではかなり違うのに、現代のピアノでも何故あれほど美しいのか……。

角野:それが音楽作品としての強度の高さなのかもしれません。ショパンの美しさとは少し違いますけど、(ヨハン・セバスティアン・)バッハにも同じことが言えると思います。

―奇しくもショパンが最も尊敬していた作曲家はバッハでしたね。

音楽家としてのアイデンティティの拠り所

―子どもの頃から何度となくショパンを弾いてこられたかと思いますが、ショパンが角野さんにとって特別な存在になったきっかけって何かあったのでしょうか?

角野:2020年の12月に『HAYATOSM』というアルバムを出すまでに、大きな気持ちの変化がありました。「角野隼斗」というアイデンティティとYouTube上の「Cateen かてぃん」というアイデンティティを、どうやってひとつにしていくかを考えていた頃ですね。

―6年前(2020年4月)にインタビューさせていただいた時に、「今後は、しっかりと準備をしたうえで、クラシックの演奏も(YouTubeに)投稿していこうと思っています」と話されていたことを覚えています。2018年にコンクールで優勝するまでは「YouTuberとクラシックを弾くことは自分の中で全く別物だった」とも、おっしゃられていましたね。

角野:別物だったアイデンティティをひとつにまとめていく際、19世紀に活躍していたコンポーザー=ピアニストに拠り所を見出したんです。

―19世紀のコンポーザー=ピアニストって、今でいえば映画やゲームの音楽にあたるような、オペラの音楽を華麗なピアノ曲にアレンジして人々を魅了していたわけですもんね。

角野:気持ちの変化だけでなく、自分のなかで目指していく音楽性も変わっていきました。そういうことを考えていた時期にショパン・コンクールを受けると決めたことも大きかったと思います。日本でずっと習ってきた金子勝子先生に加え、以前パリに留学した時にレッスンを受けていたジャン=マルク・ルイサダ先生からの指導も頻繁に受けるようになったんです。しかも2020年に開催されるはずが(コロナ禍で)翌年に延期されてしまったので、ワルシャワで予選がはじまる2021年10月までショパンに時間を捧げました。練習してレッスンを受けるだけでなく、楽譜・書籍から学ぶ時間がとても増えたことも、今から振り返ると大きかったような気がします。

―その頃はやっぱり、自分らしさよりも、ショパンを深く理解しようという意識が強かったのでしょうか。

角野:ショパン・コンクールのときは正直、自分らしさについては考えていませんでした。むしろ当時は、YouTuberの側面が過剰に注目されてしまっていたので、自分らしさを出すのが怖かったという事情もあります。かなり緊張していましたからね。だからこそ徹底して、ショパンを弾くためにはどうあるべきかを、先生、楽譜、文献を通して学ぼうとしていたのだと思います。

―ルイサダ先生とは昨年末(2025年12月)に東京芸術劇場で、連弾(1台4手)や2台ピアノで共演されていました。師弟とはいえ、ソロの演奏スタイルは全く異なるおふたりがどんな演奏をされるのかドキドキしながら私も聴かせていただいたのですが、どちらかに合わせるというよりも、ふたりで歩み寄っていたのが印象的でした。

角野:レッスンを受けるだけでは得られない発見がものすごくあったんですよ。まず、連弾って本当に難しいんだなと痛感しました。何を言ってるんだと思われるかもしれませんが……(笑)。何が難しかったかというと、ひとりで1台のピアノを弾く場合は、ペダルも使って自分の音色をコントロールできるんですけど、ふたりで1台を弾く連弾だとそうはいかなくて。具体的にはラヴェルの「マ・メール・ロワ」とかフォーレの「ドリー」のような音数の少ない楽曲でも、ペダルを自分で踏まずに単音やオクターヴの表情だけで音楽を作らないといけない。これは本当に勉強になりました。

―ピアノのあの豊かな響きって、ダンパーペダルを踏むことにより弾いていない鍵盤の弦も共鳴することで生まれるものですもんね。

角野:連弾だとペダルをふたりで共有するので、どういうペダリングをしているのか、普段よりもお互いに注意を配るんですよ。実はリハーサルの過程で、かなり意見の相違があったんです。というのも、ざっくりいえば先生は多少濁ったとしてもペダルによる響きをなるべく残すことで、ピアノの豊かな響きを重要視します。僕は濁るのが嫌なのでドライな響きになりがちなんですけど、先生からはロマンティックな音楽にはそれじゃドライ過ぎると言われましたね。その部分をうまくアジャストしていくリハーサルでした。

「異端」とされてきた即興に挑む背景

―今回の新作『CHOPIN ORBIT』は、2025年の7月と10月にベルリンで録音されました。「Chopin and Improvisation(ショパンと即興)」という2017年の論文にインスピレーションを得たそうですね。著者はアメリカ人ピアニスト・音楽学者のジョン・リンクで、彼は21世紀になってからペータースから出版されている新校訂版(新しい研究成果が反映された楽譜)の編集者であり、ショパン・コンクールの審査員もたびたび務めています。

角野:「Chopin and Improvisation」を知ったのはコンクール出場よりもずっと後のことなんです。ジョン・リンクさんという人は、オーセンティック(正統的)なショパンを追求している先生ですから、僕の頭のなかでは楽譜にとにかく厳しくて、例えばフォルテ(強く)と書いてあるのにピアノ(弱く)で弾いたら、それだけで減点されるんじゃないか……と、話したことはないので勝手に思い込んでいたんです(笑)。だからコンクールで演奏する前に読んでおきたかったですね。コンクールではさすがに即興こそしないですけど、心持ちは変わっていたと思います。

―ショパンが自分の作品を演奏する際に必ずしも楽譜通りに弾いていなかったり、ピアノを教えている弟子に異なるバージョンを伝えていたりしたことは、その論文ほど詳細ではないとはいえ断片的に伝えられてきました。ところが日本では、ショパンの演奏で即興要素を加えるピアニストはかなり少ないですよね。

角野:まだまだ少ないですけど、それでもエキエル版(たびたびショパン・コンクールで審査委員長を務めたポーランド人ピアニストが編集した楽譜で、2010年の第16回以降に使用が推奨された)が世に出てから、公式にヴァリアント(異版)を認めてくれるようになったのは大きな進歩だったと思うんです。

―複数のバージョンが遺されている場合、編集者がどちらかを正式と認定するというよりも、演奏者の判断でどちらを弾くか決められるようになった印象がありますね。

角野:それでも、あまり演奏されないヴァリアントを弾くだけでも、コントラバーシャル(物議を醸す)になる時がありますから、ましてや即興を加えると……。それほどまでにショパンの楽譜が強く絶対視されていることを表してますよね。

―そう考えると今回のアルバムはなおのこと、ショパンの演奏観そのものに対する非常にチャレンジングな提案でもありますよね。そのリスクを背負ってまで踏み込んだのがすごいし、素晴らしいと思いました。

角野:ありがとうございます。

―ショパンを含め、昔は即興が当たり前だったのに、いつしかクラシック音楽の世界で即興が下火になってしまったのは、何故だと思います?

角野:色んな理由があると思いますけど、やっぱり作曲家(コンポーザー)と演奏家(ピアニストなど)の分業が進んだことは大きかったでしょうね。あとは演奏の際に自由に編曲・改変が行われていたことの反動なんでしょうけれど、作品を歪めてはいけないという風潮が強まり、楽譜のもつ権威が強まっていったのではないでしょうか。その背景にはレコーディングの発展も関わっていると思っていて。様々な演奏家が同じ曲を録音するようになって、その比較に面白さを見出すようになると、楽譜が固定化されていた方が比べやすいわけですよ。

―クラシック音楽における評価って、何がより正当なのかという判断基準になりがちですから、明らかに楽譜通りじゃない演奏は異端扱いされていくわけですね……。

角野:クリスティアン・ツィメルマン(ポーランド出身のピアニストで、1975年のショパン・コンクール優勝者)が、束になった曲集を最初から最後まで演奏するべきという価値観も録音やレコードの普及のせいで生まれたと言っていましたね。ショパンでいえば、24のプレリュード(前奏曲)だって必ずしも全部通して弾かなくてもいいし、ましてやスケルツォやバラードは全4曲続けて弾くことを見越しては作られていないですよ。なのに全曲弾くのが良いことになってしまった。

―本来想定されていなかったことを、シリアスと評価するなんてちょっと違和感ありますよね……。そう考えると『CHOPIN ORBIT』で角野さんがやられていることって、もちろん新しいテクノロジーを活用して今だからこそ出来ることも沢山含まれていますけど、ショパンのオリジナルと自作を並べたりするのは、むしろレコーディングが普及して価値観が変わる前の時代に回帰している。そういう側面もあることが伝わってほしいですね。

角野:それがヨーロッパで演奏して僕が面白がられる、ひとつの理由みたいなんです。コンサートで即興をすると、昔はこうだったんだからそうあるべきだよねって喜んでくれる人が結構多くて。こういう流れがいま以上にもっと増えていったら面白いなと思っています。

―しかも角野さんの即興ってジャンルにとらわれない多様な要素が含まれているのに、シームレスに繋がっていくのでいつも驚かされます。クラシック音楽の即興ってオルガニスト、古楽、現代音楽など一部ではあるんですけど、それらは多くの場合、特定のスタイルを即興で再現していくケースが多いですから。

角野:自分としては意図的に組み合わせてやろうというより、普段から聴いている音楽が自然に入ってしまうことが多い気がします。

録音作品は「生演奏の代替」でなくてもいい

―あとクラシック音楽では即興と同じぐらい、あるいはそれ以上に多重録音も好まれません。

角野:レコーディングは生音の代替であるという考え方が強いんでしょうね。でも僕としてはレコーディングするなら、全てのトラックではないにせよ、録音でしか出来ない面白さも出したいとやっぱり考えるんですよ。

―今回のアルバムで、ピアノの多彩な音色を追求しているのもそのひとつですね。それが、アルバム冒頭の「プロローグ」の時点ではっきりと表れていました。

角野:ありがとうございます。この音色はヴィンテージのアップライト・ピアノを、マイクをかなり近づけてもらい、ノイズも含めて録音することで生み出しています。とはいえ録音はしたんですけど最初は「プロローグ」をアルバムに入れる予定はありませんでした。でも考えていくうちに、アルバムの入口としてすごくいいなと思うようになったんです。

―この曲は、アルバムの後半に収められている「幻想ポロネーズ」の中間部(6分41秒〜)がもとになっていますね。ロ長調の中間部が、スケッチ(草稿)の段階では半音高いハ長調だったという論文からインスピレーションを受けて作られたそうで。

角野:晩年のショパンって、たまたま掛詞みたいになっちゃいますけど「内声」がポリフォニック(多声的≒対位法的)になることで、「内省」的な音楽になっていると思います。「幻想ポロネーズ」だけじゃなく、後期の作品って誰かに聴かせようというよりも、ショパンが自分とピアノのためだけに書いているんじゃないかと、そんなイメージを持ってしまうほど内省的です。

―今ではアップライト・ピアノで録音するピアニストが何人も現れてきていますが、近年になって急に増えた印象があります。角野さんがアップライトを録音に使おうと思うようになったきっかけは何だったのでしょう?

角野:最初はヴィキングル・オラフソンの録音だったと思います。2020〜21年頃にドビュッシーの前奏曲「ヒースの草むら」をグランドピアノだけじゃなく、「ホーム・セッション」と銘打ってアップライトでも録音したものを聴いて。なんて美しいんだろう!って感銘を受けたんです。それから調べていくと、他にも同じようなことをやっている人がいると分かりました。

―『リフレクションズ パート1』というタイトルで配信されているEPですね! 調べたらリリースは2020年11月だそうです。

角野:そこから更に半年後ぐらいに、ハニャ・ラニ(ポーランドのピアニスト/作曲家)とパリで会う機会があったんですよ。彼女のライブのアンコールで1曲弾くことになって、その流れであのフェルト・ピアノの現物を見せてもらうことができたんです。

―彼女の代名詞になっている、柔らかな音が出るあの楽器ですよね。

角野:そこから帰国してすぐに中古のアップライト・ピアノを買って、いつもお世話になっている調律師の按田泰司さんと一緒に、フェルトにどんな素材が良いのか色々試して実験していきました。

―実際にやってみて、いかがでした?

角野:面白いんですけど、やってみないと分からない難しさもあって。頻発したのは、フェルトが隣のピアノの弦まで触れてしまい、音が濁ってしまうんです。その場合はうまい具合に切れ込みを入れる必要があったり、そもそもフェルトが厚すぎるとどう弾いてもニュアンスが変わらなくなってしまうので、薄いほうがいいんですけど、薄すぎるとフェルト・ピアノである意味がなくなってしまう。とにかく新たな発見ばっかりで、結構楽しかったです。

―でも今回はベルリンのb-sharpスタジオでの録音ですから、そのピアノを持ち込んだわけではないんですよね。

角野:フェルト・ピアノで録音したいと伝えたら、スタジオの方の理解が早くて。もう何度も経験されているんでしょうね。どういうことをしたいのかを、いちから説明する必要がなくて、スタジオに行った時点でフェルトをあらかじめ何枚か用意してくれていました。

―なんと!(笑)。

ハーモニーとリズムの冒険

―「プロローグ」のあとは、偶数トラックに《ショパン》、奇数トラックに《それ以外の作品》が交互に並んでいきます。とはいっても、ショパンのオリジナルに沿った演奏も即興が加えられていたり、アップライトピアノで弾かれていたり……。そして《それ以外の作品》は「プロローグ」のようにショパンに題材をとったり、直前のショパンと対になるよう関連付けられたりしているので、《ショパン》と《それ以外の作品》が歩み寄って繋がっていくのが、本当に面白いです。

角野:ありがとうございます。2曲目の「エオリアン・ハープ」はフェルトをつけたアップライト・ピアノなので、無理にフォルテで弾いても美しく響かなくて。だからやさしく風が吹いているぐらいのダイナミクスにしています。4曲目の「雨だれ」のプレリュードも。

―一方、角野さん作曲の「リディアン・ハープ」は、「エオリアン・ハープ」の音型をもちいて作られており、終盤にはメシアン風の幻想的なサウンドも使われているとご自身で解説しておられました。私が印象的だったのは中間あたりのコード進行が、現代を代表するジャズピアニスト、ロバート・グラスパーを連想させたことです。

角野:めちゃくちゃ嬉しい(笑)。実はまさにそういうコードを使いたかったんですよ。ネオソウルにあるような、トップの音が固定されているけど、その下でどんどん変わっていく感じのハーモニー。

―そうだったんですね(笑)。それがクラシカルなスタイルのなかに自然と馴染んでいるので驚きました! 次のプレリュード「雨だれ」と、角野さん作曲のポストリュード「雨だれ」は、いかがでしょう?

角野:プレリュードは、僕の頭のなかで最初からフェルト・ピアノのイメージだったんですけど、中間部ではフォルティッシモ(とても強く)になるので、そこだけグランド・ピアノにいくアイディアもありましたが、結局全編フェルト・ピアノで表現しました。

―確かにボリュームという意味ではフォルティッシモではないかもしれないですけど、音のニュアンスはフォルティッシモに聴こえましたよ!

角野:ポストリュードはグランドピアノとアップライトピアノで多重録音をしていますが、即興がもとになっています。レコーディング・エンジニアの方と相談しながらジャズのベースのような音色を作っていきました。パズルのように様々な要素の組み合わせを設計していった「リディアン・ハープ」とは真逆です。

―続いてはショパンの「黒鍵」と角野さんの「白鍵」です。

角野:「黒鍵」では突飛なことを考えず、ショパンの和声の移り変わりを大切にしながら自分の感情に沿って弾きました。「黒鍵」は変ト長調(G♭メジャー)なので、「白鍵」は半音上げてト長調(Gメジャー)にして、拍子も右手のモティーフも実は変わらないんだけど、分割の仕方を変えていくことで、違うリズムに聴こえる。そういう「発見」をするというコンセプトです。

―次はマズルカですが、現代イギリスを代表する現代音楽の作曲家トーマス・アデスのマズルカと併置されています。

角野:アデスのマズルカは初めて聴いた時、すぐに「ショパンのop. 24-2じゃないか」と思ったんです。

―作曲者ご本人もキリル・ゲルシュタインと対談しているYouTube動画で、op. 24-2が元ネタであると語っていましたよ。この曲の楽譜を初めて見たとき驚きませんでしたか?(笑)

角野:いや、もう……(笑)。どうしたらいいんだって本気で思いましたよ(笑)。

―この記事を読まれている方に言葉だけで説明しても伝わらないかもしれませんが、左手は普通に「4分の3拍子」なのに、右手は「12分の5拍子」という、これまで見たこともない拍子で書かれていますからね(笑)。

角野:僕の場合は、余計な情報を消していくことで譜読みしました(楽譜を見せる)。

―楽譜は3段で書かれていて、そのうち2段目は「12分の5拍子」を無理やり「4分の3拍子」に書き直したものなので、これを白塗りして消しているんですね。

角野:複雑なんですけど、一定のルールがあるんです。分解すると三連符の八分音符✕5拍で1セットになっていて。その5拍を3と2、次は2と3……といった分け方で規則通りに繰り返していくんですよ。それが分かって、何とか弾けるようになりました。

―作曲者本人の録音よりも、リズムの多層性が自然に聴こえる演奏だったと思います!

角野:ありがとうございます。あのズレの感覚が、ちゃんと音として立ち上がると面白いんですよね。

「幻想ポロネーズ」への特別な想い

―いよいよアルバムも折り返し地点まできました。続いては遺作の「ノクターン」と、ピアノ協奏曲第2番の第2楽章をもとにした角野さんの「ラルゲット」です。

角野:このノクターンを最初に弾いた時はパデレフスキ版(ポーランド首相も務めたピアニストによる版で、20世紀末になるまで主流だった)だったんですけど、エキエル版と音が違うんですよ。8小節目のバス(低音)がエキエル版はファ#なんですけど、僕が最初に弾いたパデレフスキだとレ#なので、そちらで僕の頭は慣れていたんです。でも何度も聴いているうちにファ#の方がしっくりくるようになって。人間の脳って不思議だなって思います。

あと、ポーランドのショパン・ミュージアムに彼が最後に使っていたプレイエル社のピアノがあって、特別に弾かせてもらえた時に選んだのがこのノクターンだったんです。その時の感覚は今もよく覚えていて、とても鍵盤が軽くて、(タッチの奥行きも)薄くて、乱暴に弾こうものならすぐに弦が切れてしまうんじゃないかというほど繊細な楽器で。でも本当にピアニッシモで美しい音がするんです。そのピアノを弾いている気持ちでレコーディングにのぞみました。

―「ラルゲット」の方はジャズのサウンドも入ってきて、ビル・エヴァンスの「ピース・ピース」やジョン・コルトレーンの「ジャイアント・ステップス」を連想させる要素がシームレスに繋がっていて、これまた驚きました。

角野:まさに! でも僕としては、無理やりジャズの要素を入れようとは思っていなくて、自然にそうなったという感じなんです。もとのショパンの曲自体が、かなり即興的なニュアンスを持っているので、その延長として浮かんできたのだと思います。

―だからこそ、違和感がないんでしょうね。スタイルの切り替えじゃなくて、同じ流れの中から湧き出てくる感じがしました。

角野:そう言っていただけると嬉しいですね。

―次は「子守歌」が2曲。ショパンと、チェコの作曲家ヤナーチェクです。

角野:「ラルゲット」の後に、同じ流れの延長として置ける楽曲として「子守歌」を選びました。ショパンは色々試したんですけど、最終的には即興を加えないことにしたんです。でも絶対、ショパン自身はいろいろ変えて弾いていたと思いますし、僕もライブではトリルをいれたりすることがあります。ショパンの「子守歌」にペアリングする曲として、夜や眠りをテーマにした曲を探した結果、ヤナーチェクのこの曲に出会ったんです。そしてチェレスタを重ねて、ショパンの「子守歌」が遠くから聴こえてくるというアイデアを思いついて、これは実際にやってみたいと考えるようになりました。オーバーダブで遊んでいます。

―ついにこのアルバムの本丸ともいえる「幻想ポロネーズ」がきました。組み合わされたのは角野さん書き下ろしの「空想」と名付けられたポロネーズです。「幻想ポロネーズ」は、転調による色彩感の変化が鮮やかなのがとても印象的でした。

角野:この曲の転調が本当に大好きで、この曲から学んだ転調の手法は数知れずといえるぐらい。きっとショパン自身も最終的な目的地を決めずに作曲していったら、結果としてこうなった……そんな印象を受けます。なのに最初から最後まで聴くと、それだけで人ひとりの人生をあらわすような曲に聴こえる。まるで映画を観ているような気分にさせられる不思議な曲です。

―これまで何度となく弾かれてきたと思いますけど、自分のなかでの作品観や演奏は変わってきましたか?

角野:今でも正直分からないことだらけですけど、昔はもっと分かっていなくて。この曲にどうアプローチしていったらいいのか苦労しました。僕の場合、自分が好きな曲って大抵は自然体で弾けるんですけど、好きなのにそうならなかった初めての曲がこの「幻想ポロネーズ」だったかもしれません。生半可な直感だけで弾いてはいけない曲なんでしょうね。

―かといって理屈だけでも弾けない、本当にショパンの最高峰に位置するような楽曲ですね。

―そして角野さんの「空想ポロネーズ」は、敢えて特定の楽曲へのオマージュにはせず、ショパンのポロネーズ全体との繋がりが感じられます。

角野:「幻想ポロネーズ」のモティーフを使っているわけではありませんが、「英雄ポロネーズ」とは割と近いなと自分のなかでは思っています。特に中間部の左手とか。でも特定の楽曲のオマージュにしたくなかったのは、ショパンにとってポロネーズを書くということはポーランドへの愛であり、誇りを示すことでもあったと思うんです。

―ポロネーズという名前も、ポーランドの舞曲という意味ですもんね。

角野:だから、いくら同じように書いてもショパンがポロネーズを作曲するのとはわけが違うと思ったんです。むしろ、ショパンにとって自分の祖国と分かちがたかったように、僕は日本という自分のアイデンティティと結びつけたかったという気持ちがあります。

―角野さんが「空想」のどこに日本的なイメージを込めたのか、想像……いや空想しながら聴くのが良さそうですね!

―そしてアルバムを締めくくるのは、レオポルド・ゴドフスキーの編曲したショパンです。ゴドフスキーといえば、ショパンのエチュードを更に難しくした練習曲集が有名ですけど、今回選ばれたのは「華麗なる大円舞曲」のアレンジでしたね。

角野:最初からゴドフスキーは入れようと思っていました。というのも、ショパンをモティーフにした作曲/編曲の系譜を考えたときに、彼はやっぱり先駆者ですから。ただ、有名な練習曲の方は、どうしたって技巧に話題が集中しやすいじゃないですか。僕としては、技巧だけじゃなくて、ワルツとしての魅力や華やかさ、ショパンの語法との距離感みたいなものが見える曲を最後に置きたかったんです。

―このアレンジに限らず、角野さんはゴドフスキーをどう評価していますか?

角野:すごく面白い存在だと思いますし、クラシックの中にああいう作品を残してくれたのは本当に面白いことだと思っています。ただ、僕自身が演奏者として技巧の追求そのものに興味があるかというと、そうではない。そこははっきりしています。リスペクトはものすごくあるけれど、僕がやりたいこととは少し違う、という感じですね。

―最後に、今後の展望を教えて下さい。

角野:直近だと、8月にピアノとオーケストラのための作品を書くことになっていて、いまそれを頑張っています。これがいちばん大きな目標ですね。

―ショパンから学んだことも、きっとどこかに入ってきそうですね。

角野:どうしたって入ってくると思います。でもショパン風になるかというと、そうではないかもしれないです。

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角野隼斗

『CHOPIN ORBIT』(読み:ショパン・オービット)

発売中

再生・購入:https://SonyMusicJapan.lnk.to/CHOPINORBITRS