
3月17日・18日にブルーノート東京で初来日を果たす、サム・グリーンフィールド(Sam Greenfield)の来日直前インタビューが実現した。
サム・グリーンフィールドはニューヨークを拠点に活動する、ファンク・フュージョンのサックス奏者だ。2010年代に活動を開始し、2019年からギタリストのコリー・ウォンのバンドに継続的に参加したことで一躍名を挙げた。彼はコリー以外にも、エド・シーラン、マライア・キャリー、ジョン・レジェンド、デイヴ・コーズなどとも共演し、その確かなテクニックは高く評価されている。
サムは2021年に『heres some stuff』でソロキャリアをスタートさせると、ユーモラスでポップな楽曲やMVで注目を集めてきた。そして2025年の『WORST OF SAM GREENFIELD』では、カシオペアや高中正義などのJ-フュージョンからの影響を前面に出し、さらに新しいステージへと進み始めた。
今回はそんなサムの経歴や、コリーバンドでの逸話、J-フュージョンへの愛、来日バンドの紹介などを、1時間たっぷりと語ってもらった。ブルーノート東京のチケットも完売目前、今大注目の彼の過去と現在に迫る。
ヴルフペック/コリー・ウォンとの逸話
―まず、あなたの経歴を聞かせてください。最初はイスラエルの学校でジャズを習うところからスタートしたと聞いていますが、どのような流れでそうなったのでしょう?
サム:実は高校の頃からジャズを学び始めていたんだ。サックスはさらに前、6歳くらいから始めた。両親は二人ともミュージシャンで、母はクラリネット奏者なんだけど、サックスも教えていた。僕は幼い頃からサックスにすごく惹かれていて、家の中で母のサックスが転がっているのを見つけるたびに拾い上げて、いろいろ中に物を入れたりして遊んでいたんだよ。
そのうち母も、僕がサックスをやりたいんだと気づいて、後押ししてくれた。だからすごく自然に、スムーズに始めたんだよ。中学、高校を通してずっとサックスを学んで、それから17歳くらいの時に、ジャズ・スタディーズの学位を目指そうと決めた。
それでイスラエルに評判の良い学校があって、結局、1年弱くらい向こうに行ってきた。でもそれだけじゃなくて、実は当時の彼女を追ってイスラエルに行ったんだ。まず彼女が向こうに引っ越して、それを追いかけた、という経緯さ。
イスラエルではたくさん学んだよ。向こうは本当に優れたミュージシャンばかりだった。それで戻ってきてから、僕の地元のフィラデルフィア芸術大学に入って、4年間学んでジャズ・パフォーマンスの学位を取ったんだ。
代表曲「CHIPS & DIP (EXTRA CHUNKY)」のライブ映像
―帰国後、サンキュー・サイエンティストに参加しましたね。ジャズバンドではなかったですが、ファンキーな曲も演奏していたと思います。ここでの活動から受けた影響などはありましたか?
サム:そうだね……僕はいろんなスタイルの音楽が好きなんだ。ジャズももちろん大好きなんだけど、サックス奏者だということで、僕が型にはめられてしまうところはある。ジャズ以外でサックスを見ることってあまりないからね。でも実際には、僕の興味はそれよりずっと広い。メタルも聴くし、ロックも聴く。
サンキュー・サイエンティストはプログレ・メタルにジャズが混ざったようなバンドだ。君が言ったようにファンク要素もあるけど、基本的にはメタル、ロック寄り。僕はそこで、そういうバンドの一部としてサックスが入っているのを初めて聴いたんだ。
だから影響としては、そういうスタイルの音楽にサックスをどう組み込むか、ということを学べたことだと思う。ずっとそういったチャンス、アウトプットを探していたんだ。コンフォートゾーンから外に出て、新しい作曲、新しい演奏のやり方を探れる重要な機会だったよ。
サンキュー・サイエンティストとのライブでサックスソロを披露(2017年)
―その後、2016年にヴルフペックのライブにゲスト参加もしましたね。それがきっかけでコリー・ウォンのバンドに加入したのでしょうか?
サム:いや、そうじゃない。あのライブにはコリーがいなかったんだ。コリーは当時、すでにヴルフペックには参加していたと思うけど、いつもいるわけじゃなかった。
ヴルフペックのゲスト参加は、僕の親しいトロンボーン奏者の友達(イアン・グレイ)が誘ってくれた。彼がフィラデルフィアにヴルフペックが来るのを知って「一晩だけホーンで入れてくれない?」ってバンドに聞いたら、OKしてもらえたんだ。それで僕たちは飛び入りした。僕は当時、すでにヴルフペックの大ファンだったから、とても嬉しかったよ。
ヴルフペックとのライブでサックスソロを披露(2017年)
僕がコリーのことをちゃんと知ったのは、2019年の1月だった。彼が僕に電話をくれて、ホーンを入れたいから、少し一緒にやらないかって誘われたんだ。そこで4公演やって、数カ月経ってから、今度は西海岸ツアーに呼ばれた。ツアーの2週間前くらいに電話が来て、「スケジュール空いてる?」って。僕は「OK、予定全部キャンセルして行くよ」って答えた(笑)。
それからパンデミックが起きて、コリーは『Cory and The Wongnotes』っていう音楽バラエティ番組を始めた。その時にまた彼が僕に電話してきて「バリトンサックス吹ける?」って聞いてきたんだ。持ってなかったし、吹けなかったけど、でもコリーに聞かれたから「持ってるよ」って答えた。それでその日にバリトンサックスを買って、レコーディングに参加した(笑)。
そこでようやく、僕はバンドの一員になれたと思う。それからずっとレギュラーのメンバーになって、いろんな動画や『Cory and The Wongnotes』のシーズン2にも参加したからね。
―ちょっと待ってください。あの時までバリトンサックスを持ってなかったんですか⁉︎ とてもそうは見えませんでした(笑)。
サム:コリーは、バンド全員にすごく高い基準を求めるからね。いい演奏をしないといけないんだ(笑)。
―なるほど。仰ったとおり、コリーのバンドには長い間レギュラーで参加していましたよね。彼のバンド、そしてホーンヘッズ(コリーのホーン・セクション)に参加したことで、ご自身にはどのような変化がありましたか?
サム:すごくいろんな変化があったよ。ホーンヘッズのリーダー、トロンボーンのマイケル・ネルソンは天才だ。彼はホーン・アレンジも担当していて、もともとはプリンスのバンドでそれをやっていた人だ。僕は高校の頃からの大ファンで、自分のサックスカルテットで彼のアレンジをカバーしたくらいだった。だから最初に会った時には、完全にスターに会った気分だった。彼はホーン奏者のヒーローなんだ。
そして、彼にはメソッドがある。彼は(ホーン・アレンジで)書きたい譜面を何でも自由に書く。めちゃくちゃ難しい譜面も書くし、そこで「これサックスで吹ける?」なんて聞かない。ただ書くだけ。それをメンバーが実現する。もともと不可能だと思ってた限界まで、メンバー全員のレベルを押し上げるんだ。
それが、僕を本当の意味でコンフォートゾーンの外に押し出してくれた。ホーンヘッズで学んだ教訓は数え切れない。ホーン・アレンジのやり方、枠の外で考えること。そしてどんなに難しくても、ホーン・セクションの人たちは実現してくれると信じること。最大の学びはそれだった。
J-フュージョンに共鳴する理由
―そしてパンデミックからソロ活動をスタートさせたと思いますが、どのようなきっかけがあったのでしょう?
サム:「退屈」だね(笑)。もう少し詳しく言うと、僕はフィラデルフィアで10年かそれ以上、フリーランスのミュージシャンとして活動していた。それから2020年の3月1日に、ニューヨークへ引っ越したんだ。何年も計画していて、ようやく「ビッグアップルに行く。大都会でジャズミュージシャンとして成功する」と決めて実行した。
でも引っ越した瞬間からパンデミックが起こって、仕事が全部なくなってしまったんだ。その引っ越しにはものすごいエネルギーや焦りがあって、僕には火がついてたんだけど、その火がパンデミックで消されてしまった。だけどまだ焦りと、何かしたいって欲求は残っていたから、それを別の形に変えたんだ。
そしてマイクを買って、Logicをダウンロードして、曲をプロデュースして書くことを学び始めた。家にずっといて、毎日60秒の曲を作って、動画を撮った。動画編集にもハマって、どうにかしてバカっぽい動画にすることを目標にしてやり続けたよ。そうしたらインスタグラムで反応が出始めて、さらにどんどんのめり込んだ。
パンデミックはひどい時期だったけど、僕らがみんな「時間があったらやるのに」と思っていたことを実現できたという点で、良い面もあった。だから変な言い方だけど、今やっていることの全てを、パンデミックに感謝できると思う。
―現在のあなたの影響元になっているサックス奏者を教えてください。
サム:その答えは僕の中でいつも変わるけど……若い頃の影響から言うと、ジャズのサックス奏者で大好きなのはジョン・コルトレーン、リー・コニッツ、デクスター・ゴードン、キャノンボール・アダレイ、チャーリー・パーカー、そしてソニー・スティット。
その後もっと現代的なジャズ/フュージョンに影響された。クリス・ポッター、マイケル・ブレッカー。そしてボブ・ミンツァーが僕にとっては史上最高のサックス奏者だ。
でもここ数年、J-フュージョンも聴いて、本田雅人や勝田一樹などからも大きな影響を受けているよ。
―今仰られたとおり、あなたはJ-フュージョンからの影響がありますね。ニューアルバム『WORST OF SAM GREENFIELD』は全体的にその影響が感じられますし、特に「CASIONAKA」はカシオペアと高中正義へのオマージュです。どのようにしてJ-フュージョンから影響を受けるようになったのですか?
サム:最初のタイミングは鮮明に覚えてるよ。人生で最高の瞬間のひとつだった。Instagramに自分の曲を投稿したら、フォロワーの誰かが「これT-SQUAREにちょっと似てる」ってコメントをくれた。当時の僕はまだT-SQUAREを知らなかったから、教えてもらって聴いた瞬間、こんなの聴いたことない、最高だって思った。
それがT-SQUAREの2015年の『PARADISE』っていうアルバムだった。そこからどんどん探していって、カシオペア、高中正義、ディメンション、鈴木茂、山下達郎、ナニワエキスプレスなどを見つけて聴くようになったよ。
J-フュージョンは、チック・コリアやウェザー・リポートなどのアメリカのフュージョンの影響は確かにある。でも全く異なる要素があって、それがとても際立った特徴になっている。聴いたら最初の数秒でJ-フュージョンだって分かるよね。とてもユニークで、素晴らしいことだよ。
―J-フュージョンで、好きなアルバムやアーティストをもっと聞かせてもらえませんか?
サム:「CASIONAKA」から想像できるとおり、カシオペアと高中正義は僕にとって特別なんだ。T-SQUAREもそうだね。
具体的なアルバムなら、カシオペアの『MINT JAMS』。あと『Best Live Selections: Groove & Passion』にはカシオペアとT-SQUAREが同じステージで演奏したライブが入っていて、それが好きだ。
それとさっきも言ったけど、T-SQUAREの『PARADISE』。ディメンションは、1994年の『Second Dimension』だね。エネルギッシュで、強烈で、同時にすごく上品なんだ。
山下達郎、細野晴臣、鈴木茂の『Pacific』は数え切れないくらい聴いた。それとナニワエキスプレスの『NO FUSE』も大好きだ。
共通点はどれもキャッチーなのに、音楽的な知性を失っていないところだと思う。そこがとても魅力的で、自分の作曲にも取り入れたんだ。ミュージシャンの音楽欲を満たしつつ、上に乗るメロディは聴きやすくするにはどうしたらいいか。そういった命題を、彼らのアルバムが体現しているから惹かれるんだよね。
アルバム2作が日本盤化、インストはユーモアも大事
―今回の来日と同じくして、あなたの最新アルバム2枚、『SAM GREENFIELD RULES』『WORST OF SAM GREENFIELD』がP-VINEから日本盤CDで出ることになりました。この2枚のアルバムについて、どんな作品なのか聞かせてください。
サム:『SAM GREENFIELD RULES』は、前のアルバム『SAM GREENFIELD SUCKS』の流れでタイトルが付いたんだ。「Sucks(最悪)」への自然な返しとして「Rules(最高)」になった。『SAM GREENFIELD RULES』で「サム・グリーンフィールドは最高」だから、前の「Sucks」のタイトルを知らないと僕がすごい自惚れてるみたいに見えるかもしれないけどね(笑)。
『SAM GREENFIELD RULES』の制作と『WORST OF SAM GREENFIELD』の制作では、僕は全然違うフェーズにいた。『~RULES』には、歌ものポップみたいな曲が多い。「Daddy Bezos」とか「Ghostin All My Friends」とか。あとコメディ要素も少し強いね。1曲目に汚い言葉があったり、最後のトラックが僕の母親の声の録音だったりとか。
最後のトラックは、僕が母に「アルバムにオナラの入った曲があったらどう思う?」って聞いてるんだ。その会話を録音してて、母は「そんなの入れたら嫌」って言うんだけど、でもその後にオナラの音が鳴る。そういうコメディ要素だったり、歌詞のある曲が多い。
一方で『WORST~』の制作時は、僕がインスト音楽に強く惹かれていたタイミングだった。そして、その頃からJ-フュージョンの影響がスタートした。だからあのアルバムは、そういった影響が強い感じになっている。動画にはコメディの要素があるけど、音楽自体は『~RULES』ほどユーモラスではない。でもどちらのアルバムも誇りに思っているよ。
―作曲についてお聞きしたいです。あなたの曲はリズムやコードは複雑なのに、全体的にはキャッチーでポップだと感じます。これはどのように実現しているのでしょうか?
サム:それに気づいてくれて嬉しいよ。さっきも言ったけど僕がJ-フュージョンを好きなのは、彼らも僕と同じようにそれをやっていると思うからなんだ。
専門的な話をすると……僕が作曲でよくやるのは、コードの流れで共通音をひとつ見つけて、その音を保ったまま複数のコードを使うこと。コード自体は大きく動いても、ひとつの音がずっとキープできていれば、それを基準にメロディを書ける。そうすると、複雑なコード進行でもまとまりが出るんだ。キャッチーで歌いやすい、覚えやすいメロディを、いかにもランダムに聞こえがちな進行の上に乗せられる。もちろんただランダムではなくちゃんと統一性はあるけど、共通音が接着剤になってくれる。それが僕のやり方なんだ。
音楽理論は知っているけど、作曲の時に理論で作っているわけじゃない。ピアノの前で適当に弾いて、クールなものが生まれたら、それを時間をかけて広げていく。そして僕は曲やメロディの一貫性を保つために、曲が完成するまでピアノから離れないことにしている。そうすると同じ時間の中で全体を作れるから、まとまった曲になりやすい。数日空けて別のセクションを書くと、まとまりが失われてしまうかもしれないからね。
それとリズム的にはシンコペーションを多用するけど、どれだけ複雑でも聴き手がずっと頭を振れることを目標にしている。複雑すぎてノレないリズムを使うんじゃなくて、聴き手が楽しく踊れるようにしたい。それが大事だと思っているよ。
―あなたのように、ジャズをバックボーンにしながらも、それを面白い動画などのユーモアでパッケージしていくスタイルはサンダーキャットやルイス・コールのようでもあり、非常に現代的だと思います。自身の活動において、ユーモアとはどのような存在ですか?
サム:サンダーキャットやルイス・コールも大好きで、すごく影響を受けているよ。もちろん彼らだけじゃなく、70年代から面白いMVを作るアーティストはいたと思う。J-フュージョンに戻るけど、カシオペアの映像で、海の中やビーチで演奏したり、ベースが水中に入ったりするのとかもあるよね。視覚メディアが存在するようになって以来、ミュージシャンはずっと、どうやってクリエイティブで面白いMVを作れるかを考えてきた。
上掲したカシオペアの映像にインスパイアされたと思われる「OCEAN BREEZE」ミュージックビデオ
今の時代は、ビジュアルがとても重要だ。常にスクリーンとメディアにアクセスできる状況で、人々にただ音楽だけ聴いてもらうのは難しい。みんなの集中力も短くなっているしね。どんなに音楽が素晴らしくても、強いビジュアルがないと、聴いてもらえる人数には限界があると思う。
ユーモアを入れることについてだけど、僕のユーモアは僕のアートの一部で、それを切り離したくない。切り離すのは間違いだと思っているし、自分の人格を音楽に入れるということは大事だと思う。音楽は、自分が何者かということについての、最も真実に近い表現のはずだから。
僕の友達ですごく面白いミュージシャンがいて、彼は普段は最高に笑わせてくれるけど、音楽になるとすごく真面目になってしまう。曲名も「Hope For~」とか「New Journey」みたいな感じ。ステージ以外では本当に笑わせてくれるんだけどね。
でももちろん、全員が音楽で面白くある必要はない。僕はユーモアが好きで、人を笑わせるのが好きで、自分も笑うのが好き。だからそれを、自分のアートに加えたい。ただそれだけなんだ。
あともう一つ付け加えると、僕は主にインストの曲を書くから、それだけで多くのリスナーを遠ざけてしまっている。だから誰でも好きになれるもの、より普遍的なものとして、笑いとかユーモアを取り入れている。本来インストを聴かない人にも聴いてもらえたり、楽しんでもらえるチャンスが増えるかもしれないと思うからね。
「BANANA SONG」はミュージックビデオもバナナ
初来日公演では「Lets party!」
―来日公演のバンドについて聞かせてください。リズム隊はいつものメンバーだと思いますが、彼らについて教えていただけませんか?
サム:もちろん。彼らは親友で、同時に僕の一番好きなミュージシャンでもある。近しい友達が、そのままバンドに一番呼びたい人でもあるのは本当にラッキーだよ。ツアーで長く一緒に過ごしても何も問題ない関係だし、それも重要だよね。
ギターは親友のラッセル・ゲルマン。彼はウィズ・カリファやスティングとも共演していて、いろんな有名人と演奏してきた。信じられないギタリストで、世界で一番好きなギタリストの一人だ。
キーボードはマット・ウォン。彼も天才で、素晴らしいピアニストだ。ストリングス・アレンジャーでもあって、僕の曲のストリングスもたくさん編曲してくれた。彼は少し前にカッサ・オーバーオールと一緒にブルーノート東京に出演していたね。
ベースはザック・ギーズ。グループの中で一番若くて、25歳だ。僕がみんなの分も飛行機を予約する時に、誕生日入力で「2000年生まれ」って書くたびに頭がおかしくなるよ。彼はすごい。ベーシストは控えめで静かな人が多いけど、彼もそうだ。普段の性格だけでは、あんなに凄まじいプレイをするとは分からないだろう。
ドラムはジャスティン・スウィニー。彼は素晴らしいミキシング・エンジニアでもある。彼はドラムのグルーヴもすごいし、僕のアルバム『WORST OF SAM GREENFIELD』を全曲ミックスした。
ここ3年ほど、何度もこのメンバーでツアーしてきて、彼らは僕のサウンドのとても重要な一部になった。曲を渡すと必要なプレイを即座に理解してくれるくらい、僕の音楽を深いレベルで分かってくれている。このメンバーに加えて、さらに日本で3人のホーン・セクションも合流するよ。
上述のメンバーが参加したライブ映像
―そのホーン・セクションについても聞かせてください。メンバーの名前に「ヨシオ」と日本人の名前があるのが気になりますが……?
サム:今回のホーン・セクションは2人がアメリカ出身だけど、全員が日本を拠点にしているんだ。ジョー・モッターがトランペット。インスタで彼を知ったんだけど、めちゃくちゃ上手いトランペット奏者で、動画を見て完全にやられてしまった。
彼が日本に住んでると知って、東京で僕のためにホーン・セクションを組んでほしいって頼んだんだ。彼がサックスとトロンボーンを手配して、アンディ・ウルフがサックス、ヨシオがトロンボーン。全員日本人とやるのも面白そうだったけど、今回はジョーが呼んだのがこのメンバーだったんだ。とても楽しみにしているよ。
―初めての日本、そしてブルーノート東京でのステージはどんな内容になるでしょう?
サム:それはもう、来て確かめてもらうしかないね(笑)。今言えるのは、毎回違うセットリストにする予定だということ。常に新鮮さを保ちたいからね。僕らの来日を求める声がすごく大きかったから、僕らは本当に、本当にライブを楽しみにしている。
来てくれるお客さんの誰よりも、僕自身が興奮してるよ。やっと日本に行ける。夢が叶うんだ。だから僕らのエネルギーはものすごく高い。それに、アメリカで2週間のツアーをした直後の来日だから、バンドは完璧に仕上がってる。できる限りタイトなセットを届けるよ、約束する。
―では最後に、日本のファンにメッセージをお願いします。
サム:みんなに会えるのが待ちきれないよ。僕がブルーノート東京にいる間、座っている人は見たくないな。みんなで立って踊ってほしい。Lets party!

サム・グリーンフィールド来日公演
2026年3月17日(火)・18日(水)ブルーノート東京
[1st]Open5:00pm Start6:00pm [2nd]Open7:45pm Start8:30pm
公演詳細:https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/sam-greenfield/

サム・グリーンフィールド
『WORST OF SAM GREENFIELD』
来日記念・日本限定CD化
2026年3月18日リリース

サム・グリーンフィールド
『SAM GREENFIELD RULES』
来日記念・日本限定CD化
2026年3月18日リリース
