「江ノ電」こと江ノ島電鉄で、今春から新型車両「700形」が営業運転を開始する。伝統の塗装をまとい、懐かしさを感じさせつつ、新しい時代の変化に対応。江ノ電の「かわいい」イメージと、現代らしく洗練された姿は、沿線利用者の生活になじみ、観光客にも良いイメージを与えるはず。まさに「日常から非日常まで 想いを紡ぐENODEN」のコンセプト通りだろう。
700形は同社で20年ぶりに新製した車両。1979年に製造され、47年間稼働した1000形を置き換える。もっと古い300形も1編成が現役だが、こちらは江ノ電のシンボル的存在として残す意向だという。その理由は後述するとして、まずは700形を紹介する。
連接車を踏襲し、「かわいい」が増した
新型車両は前面デザインに注目しがちだが、700形のキーワードは「連接車」「オールステンレス車体」「クロスシート」の3つ。ローカル電鉄でこの組み合わせは珍しい。
「連接車(連接台車)」とは、2両の車体の間に台車を置き、1つの台車で両側の車体を支えるしくみ。連結器でつなぐよりもしっかりと車体をつなぐため、曲線区間で横揺れが減り、乗り心地が良くなる。車両ごとに台車を置くボギー車の場合、曲線区間で車端部が線路からはみ出す(オーバーハングする)が、連接車は連結部の台車が線路上にあるため、はみ出さない。江ノ電には併用軌道区間(江ノ島~腰越間)があるため、走行時の安全性に貢献する。
2両編成の場合、ボギー車の台車は4つになるが、連接車の台車は3つ。これで整備コストも下げられる。車両重量も小さくなるため、線路への負荷が小さく、保線にも好影響を与える。車両を分割して運用できないという欠点もあるが、江ノ電はもともと2両1単位で運行するため、問題ない。もうひとつの欠点として、同じ線路条件でボギー車より車体を短くする必要があるものの、これも小型車体を使ってきた江ノ電では関係ない。
江ノ電は2両編成の車体長が約25mという規格になっている。12m車体を2両連結しているわけだが、「25m級の車体に関節を入れた」という考え方もできる。25mはフル規格新幹線の1両分にあたる。江ノ電は混雑時に2編成を連結して運用しており、フル規格新幹線なら2両分。これでは曲線半径の小さなカーブを回れない。12mで4両の小型車が江ノ電にはちょうどいい。
江ノ島電鉄は1956年に新製した300形から連接車を採用しており、現在はすべて連接車となっている。その結果、大手私鉄やJR各社と比べて、小さく、かわいらしい姿になっている。これは結果的に江ノ電の人気を支える要素のひとつになっている。
車体は江ノ電の伝統色、淡緑色とクリーム色の「江ノ電カラー」を採用。塩害に強いオールステンレス製車体だから無塗装でもいいはずだが、そこは伝統色を守っていて好ましい。興味深いところとして、先頭車の前面も含めてステンレス製になっている。併用軌道区間も走る電車で、ステンレス車体の採用例は少ない。理由は自動車等と接触して凹んだり、傷ついたりした場合に修理が難しいから。大手私鉄やJR各社も、先頭部分だけ普通鋼製の車両が多い。一方、江ノ電は路面区間があるにもかかわらず、オールステンレス車を採用した。
ちなみに、2006年に新製された500形もオールステンレス車体である。路面区間が少なく、速度も低く、500形で事故の前例も少なかったからかもしれない。もっとも、路面区間は大型のトラックやバスが進入しづらい道であり、衝突したとしても車高の低い乗用車だろう。その備えとして、連結器周辺に大型のスカート(排障器)を設置している。
デザイン面で語るべき前面は、ブラックアウトされた大型前面窓とLED化されたヘッドライト・テールライト、フルカラーLED行先表示器が特徴。全体的に緩やかな丸みを帯びた形状で、愛嬌と優しさを与えている。フルカラーLED表示器は行先を示すだけでなく、桜や藤の花、鳥居などのイラストを添える遊び心を見せる。これは山手線で活躍するE235系(JR東日本)などで見られるトレンドのひとつでもある。
大きな前面窓は運転士の視界を広げるだけでなく、客室からの展望も楽しめる。LEDヘッドライトは省エネと光量の確保で現代のトレンドに。LEDテールライトは車端部に向けて上へ直線的に伸びている。ライト部を見れば翼を広げたようでもあるし、直線的な造形は「安全のためのパーツですよ」と主張しているかのよう。丸みのある車体をキリッと引き締めている。
時代に対応したクロスシート
客室内は小さいながらもすっきりまとめられた。白い壁面と吊り手、銀色のポールは清潔感を感じさせる。扉と床面は木目調のデザインで、300形に通じる懐かしさを演出している。
車内の特徴は、海側の座席が1人掛けクロスシートになったこと。クロスシートは線路の向きに対してクロス(直角)に配置した座席で、新幹線や特急列車、普通列車のグリーン車などで採用している。乗客は進行方向を向き、移動する方向に沿うため、乗り心地が良いとされる。対面側は逆向きになるものの、2人で向かい合わせになれば会話しやすく、後ろ向きとはいえ、景色も見やすい。つまり観光客向きの座席といえる。ただし、1人掛けクロスシートはロングシートと比べて座席数が減る。700形の定員は2両で40席。500形より17席少ない。
江ノ電は長らく通勤電車スタイルのロングシートを採用してきた。車体が小さいことや、運行区間が短いことも影響している。路面電車等と同様、居住性より乗客数の増加を重視したからともいえる。ただし、江ノ電では例外として、1997年に新製した10形、2002・2003年に新製した20形は車端部にクロスシートを配置していた。10形はレトロ調デザインで観光要素の大きな車両だったし、20形は10形の改良板という位置づけだった。
10形・20形の次に新製された500形はオールロングシートのため、乗客数重視に戻ったように見える。ところが、700形は海側のドア間がすべて1人掛けのクロスシートになった。対面する座席間に大きな窓が1枚あるという配置で、海を眺めやすい。山側はロングシートになっているものの、クロスシート間の窓から海を見やすいというしかけに。この座席配置は江ノ電の観光要素を重視したように感じられる。しかし、その意図は定員重視だという。
これまでロングシートを採用した理由は乗客数を増やしたいから。今回、クロスシートにした理由も乗客数を増やしたいから。どういうことかというと、背景に観光客の増大があるという。江ノ電は長らく地域の生活の足であり、観光客と言っても首都圏からの日帰り客が主体だった。しかし近年、訪日観光客が増加している。訪日観光客の特徴として荷物が大きい。訪日客だけとは限らないが、ロングシートで大きな荷物を足もとに置くと、床面積が減り、立客のスペースが減ってしまう。
そこで1人掛けクロスシートを配置し、隣に荷物を置いてもらう。これで床面積を減らさずに済む。向かい合わせの座席間にトランクを置けるかといえば厳しいと思うが、足の長い人が通路に足を投げ出し、荷物を足もとに置くという状況は改善されるだろう。ドア付近の空間を確保できれば、車いすやベビーカー、大型荷物はここに置ける。
なお、クロスシート側の窓上に荷棚はない。荷物対策としては矛盾しているように思えるが、窓周りをすっきりさせる効果はあるかもしれない。
結論として、荷物の床置き対策、足の投げ出し対策として1人掛けクロスシートを採用したと言うが、乗り手としては素直に、「新型車両は景色が見やすくて楽しい」という解釈で良いだろう。運転室のすぐ後ろに2人掛けクロスシートがある。ここは展望席として、乗客による争奪戦になるかもしれない。筆者もこの席を楽しみにしている。
もうひとつ、室内の座席配置は、通路部の広さ、ドア付近の空間も合わせて、乗降性の改善に役立つのではないかと感じる。江ノ電は2023年のダイヤ改正で、70年も続いた12分ダイヤをやめて14分ダイヤにした。理由は乗降時間の長さによるダイヤ乱れを回復するためだった。将来的に江ノ電の全車両が700形と同じになったとすれば、以前の12分ダイヤに戻せるかもしれない。乗客数の増加に対し、根本的に対応するためには運行本数を増やすしかない。
多車種少編成の江ノ電、いまが「面白い時期」かも
700形は試運転中で、間もなく第2編成が到着するという。運行開始は2026年春頃とのことで、当面は700形同士を連結した4両編成で運行予定とされている。2024年の報道発表資料を見ると、座席の布地として「江ノ電グリーン」「江ノ島ブルー」「鎌倉ストーングレー」の3色を紹介しており、少なくとも3編成は製造すると思われる。700形によって置換えとなる車両は1000形で、現在は6編成12両が活躍中。これをすべて置き換えるとなれば、700形の座席は3色2編成ずつとする計画ではないかと考えられる。
1979年に製造された1000形は。それまで中古車両を採用し続けた江ノ電にとって48年ぶりの新製車両だった。1980年に鉄道友の会ブルーリボン賞の名誉も得た。いまもモダンな車体デザインは古さを感じない。しかし、鋼製車体で抵抗制御という旧式車両である。
1000形よりもっと古い300形は、1956~1960年にかけて6編成12両を製造。いまは305編成のみ現役で活躍している。300形は中古車両を改造してつくられたが、305編成だけは京王で使用された14m級電車の台枠を素材として使っただけの新造車両だった。江ノ電がこの電車を廃車しない理由として、初の連接車で現在の江ノ電のシンボルであることが挙げられる。
300形が主力だった1970年代、江ノ電は自家用車の普及で廃線も検討された。しかし、1976年に日本テレビで放送されたドラマ『俺たちの朝』が鎌倉を舞台としており、ドラマの人気が上昇するにつれて若い観光客が増加。結果的に江ノ電の業績が向上し、廃線の危機を脱した。江ノ電はいま、アニメの「聖地巡礼」で訪日観光客が急増しているとのことだが、50年前も「ロケ地訪問」を経験している。その記念碑的な車両が300形だった。江ノ電は現在、1931年製の108号車を動態保存している。将来は300形も動態保存されるかもしれない。
2000形は1990年に3編成6両を製造。こちらはセミステンレス車体の抵抗制御車である。1997年に製造された10形は1編成2両、2002・2003年に製造された20形は2編成4両で、いずれもセミステンレス車体の抵抗制御車となっている。国土交通省はJR・大手私鉄等の主要鉄道事業者に対し、2035年度を目標として、従来型の制御方式からIGBT方式のVVVFインバータ車両へ更新を進める方向性を示している。江ノ電の場合、現在は500形と700形しか対応しておらず、今後の抵抗制御車の去就が気になるところ。もっとも、鉄道趣味の観点では、多車種少編成となっている現在の江ノ電は「面白い時期」と言える。
「sustina」対「Smart Sigma」にも影響?
江ノ電は1000形以降、500形まで東急車輌製造が製造。新型車両700形も東急車輌製造の流れを汲む総合車両製作所が製造した。総合車両製作所のステンレス車ブランド「sustina」が与えられた点も注目したい。「sustina」は20m級4扉の「S24」、20m級3扉の「S23」、18m級3扉の「S18」をシリーズ化している。しかし、700形は12m級2扉である。この車両に「sustina」ブランドが与えられたことで、仮に分類するなら「S12」シリーズが登場したと見るべきか。
既存シリーズ外の「sustina」車両がつくられるとすると、先に18m級2扉を用意した近畿車輛の「Smart Sigma」が比較対象になりうる。地方私鉄の新型車両導入の動きも目が離せない。









