
ドレッドヘアにタトゥーといういで立ち、ロサンゼルスの古い倉庫をガレージにする異端のポルシェコレクター、マグナス・ウォーカー。そんな彼がコレクションの一部を手放す決断を下した。オークションを担当するのはRM/サザビーズ。今年3月18日から25日にかけてオンラインにて「ザ・マグナス・ウォーカー・コレクション」と銘打たれたオークションが開催される。
【動画】マグナス・ウォーカーが一躍注目を集めたドキュメンタリー「Urban Outlaw」
1967年7月7日、イングランド北部の工業都市シェフィールドに生まれたマグナス・ウォーカー。10歳のウォーカーは父親に連れられてロンドンのアールズコート・モーターショーを訪れ、赤と青のストライプが入ったポルシェ911を目にして惚れ込んだという。
興奮したウォーカー少年はポルシェ本社に手紙を書き、仕事を求めた。驚いたことにポルシェから返事が届き、「卒業したらまた連絡してください」と書かれていた。しかし1982年、15歳のウォーカーは学校を中退しパンクロックやヘビーメタルにのめり込み、建設現場などを転々とした。そんな生活を送っていたイギリスではウォーカー自身に明るい未来はないと感じ、アメリカンドリームを追うことを決意する。
1986年、19歳のウォーカーはデトロイト北部のサマーキャンプ指導員として渡米した。キャンプ終了後、3日間のバス旅行でロサンゼルスへ向かった。”美しい人々や映画スターはどこにいるんだ?”と失望したウォーカーだが、到着3日目に人生が変わる出来事が起きた。
ハリウッド大通りで10ドルのアリゲーター柄パンツを購入するもサイズが合わなかったため、母親から教わっていた裁縫の腕を使って縫い直した。それを履いてメルローズ通りを歩いていると、グラムメタルバンド「ファスター・プッシーキャット」のボーカリスト、テイミー・ダウンが声をかけてきた。
「そのパンツ、どこで買ったの?」、「イギリスで」。とっさの嘘から、思わぬビジネスが始まった。ダウンから幾らか聞かれたウォーカーは25ドルであることを伝え、同じ柄のパンツを8本欲しいと告げられた。ウォーカーはすぐさまアリゲーター柄のパンツを購入していた店に向かい、8本を買って売却。たった1時間で120ドルを稼いだ。当時、この金額はシェフィールドでウォーカーが1週間で得られる給料と同額だった。
そんな成功体験からウォーカーはカリフォルニア州ヴェニスで露店を開き、フリーマーケットや古着屋で安く仕入れた服をカスタマイズして販売。1989年頃には本格的なビジネスに発展していた。やがてデザイナーのカレン・ケイドと出会い、彼女が自身のブランドを閉じてウォーカーと手を組む。ケイドの派手なデザインセンスとウォーカーの生地選びの才能が融合し、「Serious Clothing」が誕生。やがて二人は恋に落ち、結婚した。
そんなマグナスが初めてポルシェを購入したのは1992年、弱冠25歳のときだった。渡米して6年で夢を実現させただけでなく、コレクターとして欲しい車を自由に手に入れることになった。Serious Clothingは成功を収め、1990年代初頭には数百万ドル規模のビジネスに成長した。マドンナ、アリス・クーパー、ブルース・ウィリスなど錚々なるセレブが顧客リストに名を連ねた。事業拡大に伴い、2000年にロサンゼルスのアーツディストリクトにある築100年の廃工場を92万ドルで購入。約26,000平方フィート(約2,400㎡)のこの建物は、Serious Clothingの製造拠点となった。
しかし2000年代初頭、売上の伸び悩みとウォーカー夫妻は自分たちのテイストと流行の乖離を実感し、Serious Clothingは閉鎖。実はウォーカー夫妻、この頃、別の商売が軌道に乗っていた。Serious Clothingの製造拠点がLAタイムズに取り上げられたことを機に、貸しスタジオとしての需要が出現。ミュージックビデオ、テレビ番組、CMの撮影場所として同建物の使用依頼が殺到。ウォーカー夫妻は「ウィロー・フィルム・ロケーションズ」という法人を新たに立ち上げるほど。しかも昨年、同土地・建物は約2,000万ドルで売り出された(購入価格の約21倍!!)
そんなマグナス・ウォーカーが一躍、注目を集めたきっかけは2013年のサンダンス映画祭で上映されたドキュメンタリー「Urban Outlaw」である。カナダ人映画監督、ダミール・モスコヴィッチが雑誌の記事にとりあげられたマグナスに興味を抱いたのだ。4日間の撮影から生まれた32分のドキュメンタリーは、世界中に衝撃を与えた。
”コンクールコンディションの保持よりも、走らせることこそ車の楽しみ方”というウォーカー独特の価値観はインパクト満点。エンジンやトランスミッションのマッチングナンバーより使用痕や経年変化の風合い(パティナ)に価値を見出し、ドリルで穴を開けたドアハンドル、ボンネットを貫くガス給油口など…、一見すると「破壊行為」は深い愛情の表現として描かれていた。
そんなウォーカーが手放すのはポルシェ車に加え、数十年にかけて蓄積されたメモラビリアやパーツ類を含む150点以上と言われている。ウォーカーが所有するポルシェで最も有名なのは「277」と呼ばれる1971年型911Tだが、”1台残すなら277”と過去に発言していることから今回、出品されることはないだろう。
ウォーカーの来歴を持つ車両は高値で取引される。伝説的なコレクター、ボブ・イングラムはウォーカーが手掛けた「STR II」(1972年製911)を30万ドル強で購入したことが話題になった。今回のオークションは、かつて”貧乏人のポルシェ”と揶揄された914、往年のポルシェファンからはなかなか評価されなかった996などにスポットライトが当たると噂されている。12台しか生産されなかった914/6 R、1980年のル・マン24時間でアル・ホルバートとデレック・ベルが駆った924 GTPが出品されれば、目玉になるのだが…
ウォーカーが証明したのは、車の価値はスペックシートではなく、いかに愛し使い込むかで決まるということ。21年間連れ添った妻ケイドは2015年に突然この世を去った。ウォーカーは悲しみの中で18ヶ月間世界中を旅し、癒しを求めた。そして約20カ月後、ブルームバーグ・ビジネスウィークのモータージャーナリスト、ハナ・エリオットと出会い、2024年に結婚。
最近、マグナスのコレクション20台を取り上げた本を二人で執筆し、入稿が完了したそうだ。Serious Clothing跡地の売却、一部コレクションの放出、文字通り、マグナス・ウォーカーにとって新たな人生の章が始まっている。
文:古賀貴司(自動車王国) 写真:RMサザビーズ、ポルシェAG
Words: Takashi KOGA (carkingdom) Photography: RM Sothebys, Porsche AG