
ボナムスが2025年秋に開催したオンラインオークション「The Movie Cars Collection」は、映画史に名を刻んだ車両を集めた特別なセールとして、世界中の車好きを惹きつけた。その中で異彩を放っていたのが、1989年にジーン・ウィンフィールドによって制作された「ポリス・クルーザー」である。これは単なる映画用プロップにとどまらず、実際にエンジンとドライブトレインを備えた実走行可能な車として構成された、きわめて特異な存在だ。
【画像】きわめてユニークな『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART II』に描かれた未来警察車両「ポリス・クルーザー」(写真9点)
このポリス・クルーザーは、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART II』に描かれた2015年のヒル・バレーを象徴する未来警察車両としてデザインされた。劇中で使用されたフルサイズの車両はわずか2台のみとされ、そのうちの1台が今回のオークションに出品された個体である。しかも、現存する個体の中でエンジンと駆動系が稼働状態にあるのはこの車のみとされており、映画史的にも技術的にも貴重な存在と言える。
ベースとなっているのはポンティアック・フィエロのシャシーだが、外観からその面影を見出すことは難しい。ボディはファイバーグラス製で、未来的なラインを強調した独特のフォルムが与えられている。警光灯やデカールといったディテールも当時の仕様をとどめ、スクリーンの中で描かれた未来像を、そのまま現実世界に引き出したかのような佇まいを見せる。
この車を手がけたジーン・ウィンフィールドは、アメリカのカスタムカー文化を語るうえで欠かすことのできない存在だ。1927年生まれの彼は、戦後アメリカで独自の技法と美意識を磨き、数多くのカスタムカーやコンセプトカーを世に送り出してきた。映画『ブレードランナー』や『ロボコップ』など、SF映画史に残る作品に登場する車両を手がけたことでも知られ、映像と車文化の接点を体現した人物である。2025年に97歳でこの世を去ったが、その仕事は今も色褪せることがない。
ボナムスによれば、このポリス・クルーザーはかつてロサンゼルスのピーターセン・オートモーティブ・ミュージアムで展示され、その後はムービーカー専門コレクションで知られるMovie Cars Centralに収蔵されていたという。そうした来歴も評価され、今回のオークションでは€67,200(約1200万円)で落札された。映画における象徴性と現存数の少なさが、市場価格に明確に反映された結果だ。
この車が放つ魅力は、映画的アイコンであることにとどまらない。1980年代後半に描かれた「未来」の解釈が、造形そのものに凝縮されている点にこそ価値がある。流線型のボディ、独特なライト配置、誇張された警察車両としての存在感。それらは当時のデザイナーやビルダーが思い描いた未来都市のイメージを、極めて率直な形で伝えている。実用性よりも視覚的インパクトを優先したデザインだからこそ、時代を越えて強い印象を残す。
近年、ムービーカーは単なる記念品ではなく、映画史を物質として保存する存在として再評価されつつある。名作映画と強く結びついた車両は、作品の記憶そのものを宿す媒体でもある。『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART II』という不朽の人気作と結びついたこのポリス・クルーザーが注目を集めたのも、自然な流れと言えるだろう。
もっとも、この個体は万全な走行状態にあるわけではなく、動態保存を前提とした整備やレストレーションが必要とされている。外装や機械系には手を入れる余地が残され、購入後の手間も含めて評価が行われた。それでも、実際に映画の撮影に用いられ、当時の姿を今に伝える要素を保っている点に、この車の価値がある。
スクリーンの中で描かれた「少し先の未来」を、現実の車として形にした1980年代の発想。その空気感をそのまま残したこのポリス・クルーザーは、完成度の高さや実用性を競う存在ではない。むしろ、映画を観た記憶や、その時代に抱いた未来への期待を思い出させてくれる存在なのだ。