昨年11月に行われた鉄道技術展で、近畿車輛はセミオーダー電車「Smart Sigma」を発表した。すでに伊予鉄道へ7000系を納入しており、今後も地方鉄道へ売り込むという。その背景に、地方鉄道で深刻な「18m級中古電車不足」がある。一方、総合車両製作所も「sustina S13」シリーズを展開しており、両社の受注競争が激しくなりそうだ。

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    近畿車輛「Smart Sigma」の第1弾は伊予鉄道7000系

「Smart Sigma」は、近畿車輛が18m級車両の積極的な販売展開をめざすために設定したブランド。「Smart」は同社のものづくりを象徴するブランドで、これまでに非電化路線用バッテリー電車「Smart BEST」や、車載式自動スロープ装置「Smart Ramp」で採用している。「Sigma」は18m級車体にちなみ、ギリシャ文字の18番目「Σ(シグマ)」から取った。

「Σ」は数学で総和を示す式に使われる文字で、表計算ソフトでも合計を示す関数として使われている。近畿車輛はここから「Σ」に「総計、集大成を意識しながら、最適解としてふさわしい車両を作り上げる」とのメッセージを込めた。記号の「Σ」ではなく、英単語の「Sigma」とした理由は、「Solutions by Innovative Grade MAnufacturing」の各単語の頭文字を当てたから。和訳すると、「革新的で高品質な製造による問題解決」となる。

地方私鉄で中古電車の需要が高まる

「問題解決」の「問題」とは何か。「地方私鉄が抱える深刻な中古電車不足」である。近畿車輛はここに商機を見出した。なるべく安価で新車を提供しようというわけだ。

地方私鉄の多くが、「車体長18m、軌間1,067mm」の中古車両を使用している。新車を車両メーカーに発注するより、他社の中古車両を購入したほうがコストを下げられる。そのほとんどが関東の大手私鉄で使用された中古車両だった。

大手私鉄は新型車両を積極的に導入する。所要時間短縮、信号システム更新など、サービスと技術を向上させるためである。新型車両は最初に基幹路線へ投入され、追い出された旧型車両は支線などに転属する。支線にはもっと古い車両がいて、支線を追い出された余剰車両が中古車両として地方私鉄に売却される。

中古車両譲渡は大手私鉄にとって売却益があり、新車導入費用に回せる。車両解体処分費用を節約できるし、系列関係にある地方私鉄への経営支援にもなる。地方私鉄としても、安価に程度の良い車両を入手できる。過酷な通勤ラッシュを耐え抜いた車両も、単線でゆっくり走る地方私鉄ならまだまだ使える。かなり古い車両から少し古い車両になるとはいえ、電車の性能が上がってスピードアップできるし、省電力にもつながる。

地方私鉄で中古電車といえば、東急7000系(初代)・7200系・7700系・1000系、京王3000系、東京メトロ03系、東武20000系(電動車は20050系)、南海2270系などが譲渡され、各地で活躍している。中でも東急7000系(初代)は1960年代の製造だから、60年も経過している。京王3000系も1960~1980年代に製造され、40~60年も経過している。オールステンレス車体だからこそ長持ちしたといえるが、そろそろ寿命だろう。車体は使えても、走行系や電装系が老朽化する。故障しても交換部品がないため、修理できないおそれがある。

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    おおむね18m級前後の電車を所有し、軌間1,067mmを採用する地方私鉄(筆者作成)

そこへ、鉄道車両を取り巻く政策環境の変化が重なった。国土交通省がまとめた「鉄道分野のGXに関する基本的考え方」で、2035年度を目標として、おもにJR・大手私鉄等の主要鉄道事業者に対し、省エネ性の低い従来型の制御方式から、IGBT方式以降のVVVF車両へ更新を進める方向性が示されている。

東急7000系や京王3000系は、大手私鉄から地方私鉄へ譲渡された抵抗制御車であり、こうした動きの中では将来的な置換えが意識される存在となる。2035年度までは約9年あり、その時点で18m級中古車両の良い出物があるとは限らない。また、東急7700系・1000系や東武20000系の電動車20050系は、IGBT方式以前のGTOサイリスタ式VVVF制御を採用している。改造によりIGBT方式へ更新することも可能だが、老朽化が進む車両をどこまで延命するべきかは、各事業者にとって判断の分かれるところだろう。

大手私鉄の中古電車は不足している

中古車不足の背景には、こうした政策動向に加え、大手私鉄側の車両運用や仕様の変化も影響している。地方私鉄の譲渡要望に応えられる大手私鉄の中古車両が少なくなった理由のひとつに、「大手私鉄の車両の大型化」が挙げられる。輸送量を増強するため、20m級車両への置換えが進んだ。20m級車両を投入するために、ホームを長くし、大型車両が接触する部分を削る必要がある。それでも長期的視点から20m級車両を投入した。大手私鉄には資金力があるから、電車の大型化にいち早く投資できた。

たとえば、京王井の頭線の車両はかつて18m級の3000系を主力としていたが、1996年に20m級の1000系を投入し、2011年に置換えを完了した。このとき廃車となった3000系が地方私鉄へ譲渡された。2020年には、東京メトロ日比谷線と東武スカイツリーライン(緩行線)の車両が18m級から20m級に置き換えられた。このとき18m級の東京メトロ03系・東武鉄道20000系が退き、長野電鉄やアルピコ交通などに譲渡された。

京王井の頭線も東京メトロ日比谷線も、今後、18m級電車の新製投入はない。ここから18m級電車の中古車両は永遠に出てこない。現在、18m級・軌間1,067mmの車両を新製投入している大手私鉄は東急電鉄のみ。池上線と東急多摩川線に投入した7000系(2代目)は、2008~2018年にかけて計45両(3両編成×15編成)製造した。いずれ中古車両として地方私鉄に譲渡されるかもしれないが、20~30年も先の話だろう。

  • <!-- Original start --></picture></span>大手私鉄で稼働しているおおむね18m級前後の電車。京阪800系の車体長は16.5mだが、表では「17メートル級」とした(筆者作成)<!-- Original end -->

    大手私鉄で稼働しているおおむね18m級前後の電車。京阪800系の車体長は16.5mだが、表では「17メートル級」とした(筆者作成)

もうひとつ、中古車両不足の理由として「電車の長寿命化」も挙げられる。オールステンレス製車体は丈夫で長持ちする。だからこそ地方私鉄も中古車両を長持ちさせてきた。しかし、大手私鉄にしてもコストを下げたいから、なるべく長く電車を使いたい。大手私鉄はまだ18m級車両を手放さないだろう。

新車導入に転じる地方私鉄が出てきた

18m級電車の中古車両が枯渇していることを受けて、地方私鉄は対応に追われている。

中古車両不足の対応策として、新車導入に切り替えた事業者もある。近畿車輛の「Smart Sigma」ブランドを最初に導入した伊予鉄道もそのひとつ。北陸鉄道も鉄道事業再構築実施計画の中で、新型車両購入費として39.5億円を計上している。養老鉄道は2028年度から6年かけて新型車両を6編成15両購入する計画で、事業費は約49億円とされている。

岳南電車は18m級電車から20m級電車に切り替えての導入に踏みきる。富士市の岳南電車財政計画に、「20m級車両に対応するため、令和7年度からプラットホーム切削などの準備工事に着手する」と記されている。

一方、新車を導入して長く使う方針の地方私鉄もある。静岡鉄道はもともと自社発注の1000形を使用しており、2016年から新たに自社発注のA3000形を導入。2024年に全車両の置換えを完了した。このとき1000形の一部車両を熊本電気鉄道やえちぜん鉄道に譲渡している。遠州鉄道も自社発注の車両を使用し、2000形を投入して1000形の置換えを始めている。2000形は1999年から投入され、現在も最新の技術を搭載した車両を投入し続けている。それにもかかわらず、外観はほぼ1000形と同じ。新車だからと意匠を変えないこだわりが話題となった。

「Smart Sigma」のねらいは「新車を安価に提供する」

いま使っている電車が老朽化している。コスト面から中古電車に買い替えたいが、ちょうどいい出物がない。そうなると、新製電車の購入を検討せざるをえない。新車で買ったからには長く使いたい。新車を買うにしても、費用はなるべく下げたい。そこで、近畿車輛は「電車のセミオーダー方式」による「Smart Sigma」を提案した。

「Smart Sigma」は、あらかじめ電車の基本部分を設計しておき、オプションの選択とカスタマイズを可能とする。近畿車輛によると、基本部分として「18m級ステンレス車体」「車体基本寸法」「内装材構成」「基本機器構成とその配置」を固定している。それ以外はオプションとカスタマイズで対応する。オプションは側面出入口の2扉または3扉、ワンマン運転対応の有無、耐寒耐雪仕様の有無、貫通扉の有無などを選択できる。カスタマイズは先頭形状、保安装置、列車無線などで、鉄道事業者ごとの意匠や安全装置に対応する。

  • <!-- Original start --></picture></span>「Smart Sigma」は変更不可の基本設計と、オプション(選択事項)、カスタマイズ(専用設計)で構成される(撮影 : 若林健矢)<!-- Original end -->

    「Smart Sigma」は変更不可の基本設計と、オプション(選択事項)、カスタマイズ(専用設計)で構成される(撮影 : 若林健矢)

共通部品を多用することで新車の生産コストを下げる。中古電車の価格相場より高めになるが、静岡鉄道や遠州鉄道のように「新車を投入して長く使う」考えに転じることで、長期的には持続的に公共交通を維持できる。

鉄道技術展では、モデルケースとして「温暖地域向け3扉車3両編成」「寒冷地向け2扉2両編成ワンマン運転対応」を紹介していた。基本設計を維持し、オプションとカスタマイズ次第でその他の組み合わせ、たとえば温暖地域向け2扉3両編成も可能だという。岳南電車にあるような両運転台の単行運転仕様は基本設計にないため、対応しない。1両単行運転は例が少なく、現在の地方私鉄をリサーチした結果といえる。

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    「Smart Sigma」の基本構成(撮影 : 若林健矢)

2023年には、「先進車両導入支援事業」に対して国が補助する制度もできた。「先進車両」は「EV車両・GX/DX車両・自動運転車両等の運行効率化・経営効率化・環境負荷の低減等に資する先進的な車両」とのことで、近畿車輛はこの中の「GX」に対応し、電化区間の高効率車両導入を可能にするとしている。「GX」は「グリーン・トランスフォーメーション」の略で、エネルギーの安定供給、経済成長、CO2削減によって脱酸素社会を実現する。

補助金制度はその他、「鉄道事業再構築事業」関連などもある。近畿車輛は受注にあたり、補助金制度の申時要件を満たす車両仕様に対応するという。政府の掲げた「鉄道分野のGXに関する基本的考え方」において、2035年を目標としたからには、補助金による目標達成も視野に入れる必要がある。

鉄道車両メーカーにとって、18m級の新造車両販売に追い風が吹いている。それを見極めたからこそ、近畿車輛は「Smart Sigma」ブランドを立ち上げたといえる。

先行する「sustina S13」と「Smart Sigma」は互角の勝負か

鉄道車両のセミオーダーシステムといえば、総合車両製作所(J-TREC)の「sustina」ブランドも忘れてはいけない。総合車両製作所は、JR東日本が東急車輛製造の車両製造部門を継承し、JR東日本の新津製作所とともに子会社化した車両メーカー。東急車輛製造は東急のステンレス車両すべて手がけ、JR東日本や関東大手私鉄にも多く納入した実績がある。

「sustina」は2013年から始まったブランドで、アルミ製車体に対抗し、ステンレス車体をアピールするために生まれた。腐食に強いステンレス鋼は軽量で、省エネ性能に優れている。塗装不要のため、塗料などの有機溶剤を削減できる。廃車解体後のリサイクルも可能とあって、製造から廃車まで環境に配慮した車両といえる。

「sustina」のコンセプトは「サスティナ プラットフォーム」「デザイン オリジナリティ」とのこと。「サスティナ プラットフォーム」は車体の基本設計や部品、各種装置を共通化し、エネルギー、時間、資源のコストを下げる。従来の多品種少量生産と比べて、着手から納入までの時間や販売費用を低減できる。「デザイン オリジナリティ」は、車両の基本設計を維持しつつ、先頭車の形状などに鉄道事業者独自のデザインを提供する。

「sustina」の基本仕様は3種類ある。20m級車体・4扉の「sustina S24」シリーズはJR東日本E235系・E131系、東急電鉄2020系、京王電鉄5000系(2代)など。20m級車体・3扉の「sustina S23」シリーズはJR東日本E129系・HB-E210系、しなの鉄道SR1系などで採用。18m級車体・3扉の「sustina S13」シリーズは静岡鉄道A3000形、東京都交通局5500形などで採用された。

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    静岡鉄道A3000形は「sustina S13」シリーズの車両

「sustina S13」シリーズと「Smart Sigma」は、鉄道車両のセミオーダーシステム、18m級ステンレス車体という部分で競合する。「Smart Sigma」の利点は2扉車を選べることにあり、とくに寒冷地で通勤ラッシュがない地方私鉄の場合、扉が少ないほど車内温度を保てるし、座席数を増やせる。「sustina S13」シリーズは3扉車しか選べないが、京急電鉄・東京都交通局向けの量産実績があり、仕入れコスト面で有利に見える。ひょっとしたら、「Smart Sigma」に対抗して、新たに2扉の「sustina S12」シリーズを開発するかもしれない。

いまのところ、「18m級車体、軌間1,067mm」の受注実績は互角の勝負といえる。「sustina S13」シリーズは静岡鉄道A3000形、「Smart Sigma」は伊予鉄道7000系の1件ずつ。地方私鉄は東急車輛時代の車両を使ってきた路線が多く、取引実績の面でも「sustina S13」シリーズは有利だったはず。一方、近畿車輛は東急系・京王系中古車両販売の市場に挑み、しかも伊予鉄道を勝ち取った。技術やコストだけでなく、営業力も強かったと思う。

もうひとつの要素として受注タイミングがある。近畿車輛、総合車両製作所ともに主力は20m級車両の製造であり、市場の小さな18m級車両は20m級車両の生産ラインの隙間に製造する。地方私鉄が欲しいと思った時期に、タイミングを合わせて生産できるか。その意味で、両社は受注を分け合う結果になるかもしれない。

18m車体、軌間1,067mmを採用している地方私鉄が今後、近畿車輛「Smart Sigma」と総合車両製作所「sustina S13」シリーズのどちらを選ぶか。あるいは岳南電車のように20m級中古車両の受け入れを決断するか。鉄道車両メーカーの競争だけでなく、地方私鉄の生き残りをかけた選択でもあり、さまざまな思いが錯綜している。2026年度以降、地方私鉄の鉄道車両に関する動きから目が離せない。