「心臓が飛び出すほどの爆音」で息を吹き返したエンジン|フレイザー・ナッシュSS【後編】

この記事は「ひとりの男が45年にわたって情熱を注いできたプロジェクト|フレイザー・ナッシュSS【前編】」の続きです。

【画像】シートクッションの下には剥き出しのトランスミッションが・・・!(写真8点)

カッスルクームを走る

私たちはエンジンの始動をできるだけ先延ばしにしてきた。大音響でカッスルクームの騒音計を吹っ飛ばしてはいけないと思ったのだ。だが、ついに覚悟を決めた。リアアクスルをレース用ジャッキで持ち上げ、コクピットの左側にある手動ポンプで燃料タンクの圧力を高める。ボンネット下と燃料タンクの上に配置されたコックを開ける。キャブレターを”くすぐって”ボウルから燃料をあふれさせる。外部バッテリーのプラグを差し込み、ボーデンケーブルにつながったバイク風のレバーで、点火タイミングをわずかに遅らせる。マグネトーは「オン」に。ギアがニュートラルになっているのを確認。そして…スターターを押した。

心臓が飛び出すかと思った。予想どおりの爆音でエンジンが突然息を吹き返し、チェーンソーのような耳障りな音が朗々と響きわたった。何度もふかして、一定のリズムで回転を上下させ、しっかり温める。幸い、怒ったマーシャルが飛んでくるようなこともなく、数分間、パドックのほかの人々をイラ立たせただけで済んだ(もっと控えめに走行会を楽しんでいたMGクラブの皆さん、お騒がせしました)。エンジンを切ると、ジャッキを下げる。いよいよ私がコクピットに体を押し込むときが来た。

1986年の完成後に手直しをしたとはいえ、いささか密着しすぎる。シートクッションを外せばスペースが増えるのではないかと私が提案すると、マイクは無言でクッションを外してみせた。その下には文字どおり何もなく、トランスミッションのベベルボックスと、まもなく唸りを上げて回転する駆動チェーンが丸見えだ。やっぱり、やめておこう。明るい面に目を向ければ、ステアリングを簡単に取り外せるおかげで、乗降はしやすい ─というより、これがなければ不可能だ。ロックピンを使ったこの素晴らしいメカニズムは、寛大なディック・クロスウェイトからアウトウニオンの”シルバーアロー”の本物の設計図を借りて、それを基に造られた。

ありがたいことに、身長185cmの私の足が、ぎりぎり収まるだけのスペースはある。当然ながら、ハンドブレーキとギアレバーは車外にあり、後者が前者の半分の長さだ。私は、安いが質のいいスパルコのレーシングブーツを持ってきたことを神に感謝した。エンジンが即座に始動することも感謝しなければ。何度も再始動が必要になったからだ。なにしろ、レース用クラッチは難物だし、スロットルペダルが恐ろしく敏感で、低回転域での操作が非常に難しいのである。

そのため、パドックから50mほどの間に5、6回はストールして、ようやくピットレーン入り口にたどり着いた。プスプスといわせながらコースへ出ると、写真撮影を開始する。マイクは事前にこう説明していた。「燃料は自動的にキャブレターに吸い込まれるが、それは3000rpmを超えて、スーパーチャージャーが効き始めたときだけだ。それより回転が低い間は、手動ポンプでタンクの圧力を上げ続けなきゃいけない」

一般に、2台を並走させての撮影は、非常に低い速度で行う。タネ明かしをすれば、背景がドラマチックに流れている写真は、カメラのシャッタースピードを比較的遅くして撮っているのだ。つまり、私は30分にわたって、左手でずっとポンプを押し続ける羽目になり、親指に大きな水ぶくれを作った。SSは明らかに不機嫌で、プスプスとミスファイアを起こし、こんなに遅いスピードで走らされていることが、いかにも不満といった様子だ。

ようやくフォトグラファーのピアースが満足したので、私はMGクラブがコースに戻るまでの間、もう少しスピードを上げて数周走ることができた。やっと調子が出てきた。SSは頭をひと振りすると、地上発射型ミサイルのように突進し始めた(噂によれば130mphは出るそうだ)。これでも私は近隣住民を怒らせるのが心配で、早めにシフトをし、回転を抑えているのだが。しかし、サーキットの奥のS字では素早いシフトダウンが必要なので、当然、この自粛ルールを何度か破ることになった。予想どおり、いや、期待どおりに、エンジンが牙を剥いて唸り、パンパンと火花を飛ばす。フレイザー・ナッシュの大きなアドバンテージは、シンプルな"ドッグレッグ"パターンのギアレバーを、腕が動く限り素早く動かせることだ。少し練習すれば、クラッチを使わないギアチェンジもわりあい簡単にできる。

”チェーンギャング”と呼ばれるフレイザー・ナッシュのドライバーたちは、コーナーでド派手なオーバーステアを見せたがる(リアのディファレンシャルがないので、いずれにしてもそうなる)。だが、百戦錬磨のマイク・ギブスにいわせれば、それでは遅くなるだけだ。SSは、フロントに450×19のエンサインを履き、空気圧は高めの40psiで、リアには550×18のダンロップを履き、柔らかめの33psiにしてあるので、きれいなドリフトが可能だ。といっても、エディー・ギブスほどの腕があればの話である。まずアンダーステア傾向を示してから、リアも流れ始めるのだ。

つまり、高速での操作が比較的しやすい車といえるが、どんな速度でも完全に没頭せずにはいられない。目の前にはちっぽけなエアロスクリーンしかなく、スリップストリームで酸素が顔に過給され、呼吸がスーパーチャージ状態になる。耳は、トランスミッションのチェーンの音や、狂ったように打ちつけるバルブトレインのパーカッション、エグゾーストノートの轟音に、ブロワーの金属音で痛めつけられる。あらゆる感覚が重なり合って過熱ぎみになり、それが最高に痛快なのだが、同時にヘトヘトにもなる。しかも、これでもレーススピードの半分か、せいぜい3分の2程度だ。 SSをゆっくりパドックに入れてイグニッションを切ると、笑顔のマーシャルがやって来て、音量計の数字はそれほど悪くなかったとのたまった。しまった、もっと飛ばすべきだったが、親切なカッスルクームのスタッフを困らせずに済んで、私は満足だ。

1935年型フレイザー・ナッシュSS(取材車諸元)

エンジン:1496cc、4気筒メドウズ4ED、

SU製キャブレター×1基、マセラティ型スーパーチャージャー

最高出力:200bhp超/ 3500~4500rpm

最大トルク:27 . 5kgm超/ 5600rpm

変速機:前進4段 MT、プロペラシャフト、ベベルボックス、チェーンによる後輪駆動

ステアリング:ボールナット

サスペンション(前/後):リジッド式、1/4楕円リーフスプリング、ラジアスロッド、フリクション・ダンパー

ブレーキ:マセラティ型フィン付きドラム、油圧式

車重:650kg 最高速度:210km/h

編集翻訳:伊東和彦 (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵

Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation:Megumi KINOSHITA

Words:Mark Dixon Photography:Rich Pearce

取材協力:マイクとエディー・ギブス、チャーリー・ティンドル、ジョン・ジャイルズ、カッスルクーム・サーキット(castlecombecircuit.co.uk)