
昨年の夏のパリ横断では、筆者は日本人代表としてマツダ MX-5(日本名:ユーノス・ロードスター)で参加していた。その日、同じ道程の中で、もうひとつの物語が静かに進行していた。
【画像】100歳を迎えても車人生を楽しむロジェ氏とシトロエン・トレフル(写真6点)
1925年生まれのロジェ・ポージェ(Roger Peauger)氏。彼は、自分自身と同じ年に生まれた車とともに、このパリ横断を走っていた。
ロジェ氏にとって車は、後年になって見出した趣味ではない。彼は、自分の人生のほとんどを「車の中で過ごしてきた」と語る。記憶を辿れば、4歳の頃にはすでに車が生活の中心にあったという。移動手段というよりも、人生の居場所として、常に車があった。
今回ロジェ氏が身を委ねたのは、La Citroën Trèfle de 1925である。
1920年代半ば、フランスは第一次世界大戦後の復興期にあり、都市と地方を結ぶ交通の近代化が急速に進んでいた。アンドレ・シトロエンが率いるシトロエン社は、当時としては画期的な量産体制を整え、「誰もが使える自動車」を現実のものにしつつあった。
トレフルは、そうした時代背景の中で生まれたモデルだ。前席2名、後席中央に1名を配する3座レイアウトは、限られた車体寸法の中で居住性と実用性を両立させるための合理的な解であり、同時にシトロエンらしい発想力を示している。軽量なシャシーと簡潔な機構は、都市部での取り回しと長距離走行の双方を意識した設計思想の表れでもあった。
1925年という年は、まだ自動車が特別な存在でありながら、確実に日常へと入り込み始めた時代である。舗装路は限定的で、車は天候や路面状況と常に向き合う必要があった。その一方で、自動車は人々の生活圏を広げ、時間と距離の感覚を変えつつあった。トレフルは、まさにその転換点に立つ車だった。
100年という時間を経てなお、このトレフルが実走行に供されている事実は、単なる保存状態の良さを意味しない。設計そのものが、使われ続けることを前提としていたからこそ、今日も現役であり得る。量産車としての思想と、実用への徹底した眼差しが、結果として長い寿命を与えたのである。
そして重要なのは、ロジェ氏の車人生が過去形ではないという点だ。100歳を迎えた現在も、彼はシムカ・マトラ・バゲーラを所有している。すでに自ら運転することはないが、車との関係は今も続いている。かつてはプジョー205 GTを所有し、その後406クーペにも乗っていた。いずれも、その時代の生活に自然に寄り添う車だった。
バゲーラとともに参加した今回のパリ横断について、ロジェ氏は率直に「うれしい」と語った。その言葉は、特別な演出や回顧ではなく、人生の延長として車と向き合ってきた人物ならではのものだ。
パリ横断は、単なる旧車イベントではない。人と車が同じ速度で街を横断し、時間を共有する場である。年式や希少性ではなく、「走り続けてきた」という事実が尊重される。
1925年に生まれた人間と、1925年に生まれた車が並走する光景は、象徴的だ。自動車が社会に根を下ろし始めた時代と、その時代を生きてきた人間が、同じ空気の中で再び道を進む。そこにあるのは演出ではなく、時間の連続性そのものだ。
車とは、過去を飾るための存在ではない。
人生と同じ速度で、静かに並走し続けるものなのである。
謝辞:本記事は、Vincennes en AnciennesのThierry Briet氏およびRichard Roggero氏からの提供と協力によって成り立っている。ここに感謝の意を表したい。
写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI