「自分の最期を自分で決めたい」——そんな声が世界中で高まる中、「安楽死」という制度に注目が集まっています。本記事では、安楽死をめぐる国際的な制度と背景、そして日本の現状を比較しながら、「死に向き合う」ということの意味を改めて考えます。

「最期を自分で選んだ日本人女性」——スイスでの事例から考える

  • 「死に方を自分で決めること」はなぜタブーなのか? ——「安楽死」制度をめぐる世界と日本のいま

    実際にあった日本人女性の事例を振り返ります

2022年、60代の日本人女性がスイスに渡り、安楽死(自殺幇助)を選んだというニュースが報じられました。難病による激しい身体の痛みと不快感、そして徐々に進行する身体能力の低下が彼女の苦悶であったことが、取材を通じて浮かび上がっています。 歩くことが好きだった女性にとって、パーキンソン病による震えや体の固さ、不自由さは、自らの尊厳を奪うものでした。

スイスで最期を迎えた日本人の事例

女性は自殺幇助に関する情報を求め、スイスにある自殺幇助団体「ライフサークル」に連絡を取りました。同団体は慎重に審査を行い、本人の意思の一貫性や精神的判断能力を詳細に確認したといいます。複数月にわたるプロセスの末、女性はスイスへ渡航。最愛の地であったレマン湖周辺での散骨とともに、安らかな最期を迎えました。

報道では、「私のゴールはここ。やっと夢が叶うのよ」と語った彼女の晴れやかな表情が印象的として伝えられています。

社会の反応と議論の広がり

女性の選択は日本国内で賛否を呼び起こしました。

肯定派は、「苦しみから解放され、尊厳ある最期だった」「痛みを伴った延命より、本人の意思が尊重された選択だった」という意見を表明する一方で、反対派は、「死を選ぶことを社会的に正当化すべきではない」「難病ゆえに死を選ぶ人を助長してしまう危険性がある」と懸念を表明しました。

「安楽死」という言葉の多義性を整理する

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    「安楽死」という言葉にはさまざまな意味が含まれます

「安楽死」という言葉は日本でも広く使われていますが、その意味は多義的で、混乱を招いてきました。ここでは主要な概念を整理します。

「安楽死」という言葉の歴史的経緯

「安楽死(Euthanasia)」は、ギリシャ語の eu(良い)と thanatos(死)に由来します。「安らかな死」を意味し、「安楽死」という言葉は日本でも20世紀初頭から使われ始めました。

戦後には医学や法学の議論で取り上げられることもありましたが、専門家の間では「積極的安楽死」「自殺幇助」「治療中止」などは明確に区別されてきた一方で、一般社会では一括して「安楽死」と呼ばれ、誤解が生じることもあります。

積極的安楽死(Active Euthanasia)

「積極的安楽死」とは、医師が患者に対して直接的に致死薬を投与し、死をもたらす行為を指します。たとえば、末期がん患者が強い痛みに苦しんでおり、回復の見込みがないと判断された場合、本人の明確な同意のもとで医師が致死薬を注射する、といったケースが典型です。

自殺幇助(Assisted Suicide)

「自殺幇助」とは、本人が致死薬を自ら摂取する形で死を遂げる行為を、医師や団体が支援することです。具体的には、医師が致死薬を処方し、患者が自分の手で服用して命を絶つ、という形が多く見られます。

スイスでは営利目的でない限り処罰されず、外国人が利用可能な団体もあります。医師による投与は違法で、本人の意思による摂取が原則です。つまり、自殺幇助は「死に至る行為の主体は本人自身」である点が、積極的安楽死との最大の違いです。「スイスで最期を選んだ日本人女性」のケースも、この自殺幇助に分類されます。

治療中止・尊厳死(Withdrawal of Treatment/Death with dignity)

もう一つ重要なのが、延命治療を控えたり中止したりことで死を迎える「尊厳死」と呼ばれる形態です。たとえば、人工呼吸器や点滴を外し、鎮痛剤などを使いながら苦痛を和らげ、自然に命を全うする。これが「治療中止」による尊厳死です。

これは厳密には安楽死とは異なり、自然経過を尊重しながら死に至るという考え方に基づくものです。西欧では治療の中止を、患者の権利と考える傾向にあります。

なぜ区別が重要なのか

これらの概念を区別せずに安楽死という一言で括ってしまうと、議論はたちまち混乱します。

たとえば、「安楽死に賛成か反対か」と問われた場合、回答者によって「積極的安楽死」をイメージする人もいれば、「尊厳死」を想定する人もいます。その結果、意見がすれ違い、社会的合意形成が進まないのです。

実際、オランダやベルギーで議論される安楽死は積極的安楽死を含むものであり、スイスのケースは自殺幇助、日本でよく議論されるのは治療中止型の尊厳死、とそれぞれ異なる対象を指しています。

つまり、安楽死と一括するのではなく、「どの形態を対象にして議論しているのか」を明示することが不可欠です。そうでなければ、法制度の検討も、倫理的な議論も、当事者の理解も進みません。

安楽死が認められている国と制度の背景

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    安楽死や自殺幇助が認められている国とは?

世界に目を向けると、一部の国や地域で安楽死や自殺幇助が認められています。

スイス——「自殺幇助」が一定の条件下に限り処罰されない

スイスでは、医師が致死薬を処方し本人が服用する形態の「自殺幇助」が利益目的や利己的動機でなければ処罰されません。積極的安楽死は違法です。対象は末期疾患に限られず、慢性疾患や精神疾患、さらには老化による生活の質の低下も理由となり得る場合があります。

オランダ——積極的安楽死も合法

オランダは2002年に世界で初めて積極的安楽死と自殺幇助の双方を包括的に合法化しました。条件は「耐え難い苦痛があり、自発的・熟慮のうえの要請であること」などいくつかあります。成人だけでなく、未成年にも一定の条件下で適用されます。

ベルギー——年齢制限の撤廃

ベルギーも2002年に安楽死を合法化し、2014年には世界で初めて年齢制限を撤廃しました。これにより、医学的に改善が見込めない苦痛を抱える子どもにも安楽死が認められるようになりました。条件は極めて厳格であり、未成年者の正常な判断能力はもちろん、医師・心理士・両親の合意が必要とされます。

カナダ・アメリカ一部州——「医師幇助死」や尊厳死

カナダは2016年に「医師幇助死(積極的安楽死と自殺幇助を含む)」を導入。当初は末期(自然死が合理的に予見可能であること)患者に限定されていましたが、後に対象範囲が拡大されています(現時点では精神疾患のみに基づくものは除く)。アメリカではオレゴン州(1997年)を皮切りに、カリフォルニア州、ワシントン州などで「尊厳死法」が制定されました。ただし多くの場合、余命6か月以内と診断された患者に限定されています。

ちなみにアメリカの「尊厳死法」は、本人の意思で薬を用いて死を選ぶ制度である一方、日本の「尊厳死」は、延命治療を控えて自然な死を受け入れる考え方です。

安楽死に関する日本の現状は?

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    現在の日本では安楽死を選択できません

海外では安楽死を認める制度や動きがある一方、日本では認められていません。

法律について

日本では、安楽死を認める法律は現在のところ存在していません。医師が患者の生命を積極的に終わらせる行為は、刑法上「殺人罪」や「同意殺人罪」に該当する可能性があります。1991年の「東海大学安楽死事件」では、医師に有罪判決が下され、判決の中で積極的安楽死が許容される要件が示されました。ただし、この判例は全国的な法的基準として統一されているわけではありません。

政治的な議論について

政治面では、「尊厳死法案」が国会に提出されたことがありますが、成立には至っていません。日本医師会は法制化に慎重な立場を取っており、宗教界や市民団体の間でも意見の相違があります。

「死に時、死に方を選ぶ」は是か非か——正解なき問いと向き合う

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    安楽死に対する意見は対立しています

安楽死の是非をめぐる議論について、賛成派と反対派の主張を見ていきましょう。

議論を呼ぶ賛成派・反対派それぞれの主張

安楽死をめぐる賛成派と反対派の主張は、それぞれに説得力を持ちながら、異なる側面を強調しています。

【賛成派の主張】

  • 耐え難い苦痛からの解放
  • 自己決定権の尊重

賛成派は、何よりも「本人の苦痛」と「自己決定権」を中心に据えています。医学の進歩によって寿命が延びた一方で、末期の病苦や介護依存による生活の質の低下は深刻化しており、「生かされ続けること」が必ずしも幸福と一致しない現実があります。その中で、苦痛からの解放と自己決定を尊重することは、個人の尊厳を守る手段として一定の合理性を持っています。

【反対派の主張】

  • 生命の尊厳を損なう
  • 高齢者や障害者への社会的圧力につながる可能性

一方、反対派は「命の不可侵性」と「社会的影響」に重きを置いています。命を自ら絶つ選択を制度として認めれば、高齢者や障害者が「迷惑をかけたくないから」という理由で死を選ばざるを得ない状況に追い込まれるリスクがあります。

両者を踏まえた視点

賛成派、反対派の主張はいずれも絶対的に正しいとはいえず、社会に問われているのは両者の懸念をどう折り合わせ、制度やケアの在り方に反映させるかということです。

あなたはどう思いますか?

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    あなたも安楽死について考えてみましょう

安楽死の議論を通して考えていただきたいのは「死に時、死に方に唯一の正解はない」ということです。安楽死を含むさまざまな選択肢をどう社会で受け止め、個人としてどのように考えるのかが問われています。

死に時、死に方を自分で決めることは未だタブー視されがちですが、それは誰にとっても避けては通れない課題です。あなたは、自分自身や大切な人の最期について、どう考えますか?