
「『なぜ早く免許返納しなかったのか…弟の命を返して』――車が歩道に突っ込み4人死傷、85歳被告が起訴内容認める 過去の事故歴も明らかに…『自分の運転だめだな』 鹿児島地裁」と2025年10月17日、南日本新聞が報じた。
運転だめだな、つまり、事故を起こしかねないと認識しながら運転したことになる。未必の故意による通り魔的な無差別殺傷事件、そうともいえるのではないか。
日本は世界一の超高齢社会だという。刑事裁判の法廷へ高齢者はよく出てくる。万引き、モンスター・クレイマー、老老介護の果ての殺人など。そんななか最近、高齢者の無免許運転を2件傍聴した。罪名は「道路交通法違反」。2件とも報道はないようだ。ここにレポートしよう。
■86歳男性、免許証を返納したのに
被告人は、作業服のようなジャケットを着て、スキンヘッド。検察官の冒頭陳述によれば、中学を卒業して漁師になったという。「船舶安全法違反」で非行歴あり。20歳のころに「窃盗」の前科あり。そんな昔のことまで検察は記録しており、裁判になれば出てくるのだ。
漁師から会社員になり、現在は無職。1年半ほど前、85歳のとき、運転免許を自主返納した。そこまではよかった。ところが間もなく、また運転し始めた。ある朝、普通貨物(軽トラか)を運転して墓参りに。右折レーンを直進したのをパトカーに現認され無免許が発覚した。
長男が情状証人として出廷した。どこか頑固そうな年配男性だ。
弁護人「被告人の健康状態は?」
長男 「高齢で、いろいろ病気があります。糖尿病、高血圧、心臓も」
弁護人「認知症は?」
長男 「昨年、病院で先生から言われ、認知症を遅らす薬をもらってます」
検察官「お父さん、運転をやめない、どうしてですか?」
長男 「注意しても聞く人じゃない。いつもケンカになるだけで…」
裁判官「そうすると、ケンカが面倒くさいから放置したと?」
長男 「そうですね」
なんときっぱり正直な。そして被告人質問が始まった。「二度と運転しない」「もう運転したくない」と何度も言わせ、弁護人は5分間で、検察官は2分間で終えた。相場的に執行猶予付き懲役刑に決まっている。裁判は表面的な儀式といえる。 ※2025年6月1日から懲役と禁錮は「拘禁刑」になった。本件の犯行はそれより少し前だ。
裁判官はこう尋ねた。
裁判官「運転したい気持ちはあるんですか?」
被告人「(即座に)あります」
裁判官「あっ、あるんですか」
被告人は耳が遠くて質問をよく聴き取れなかったらしい。「ないです」と答え直した。求刑は懲役5月。直ちに判決が言い渡された。
裁判官「主文。被告人を懲役5月に処する。この裁判が確定した日から2年間その刑の執行を猶予する」
認知症ぎみと診断され、嫌嫌ながら免許証を返納したが、やはりクルマは便利、運転したくなる、そんな感じだったのか。クルマの鍵は隠すと息子が証言していた。運転することがなくなり、行動範囲が狭まり、認知症は進行するかも、私は傍聴席でそう感じた。
■88歳女性、アクセルとブレーキを踏み間違え
被告人は、お洒落で小柄なお婆ちゃんだった。前科なし。運転免許は「更新できず失効」したという。なぜ?
75歳以上で、信号無視や携帯電話使用など事故につながりやすいとされる一定の違反歴があると、免許更新の前に「運転技能検査」が義務づけられる。100点満点のところ70点(二種免許は80点)で合格だ。被告人はその検査を受けたが…。
被告人「2回受け、落ちました」
1回目は0点、2回目は40点だったという。それで免許更新ができず、失効したのだ。技能にだいぶ問題があるらしい。検査の制度が機能したといえる。ところが間もなく、週に3回ほど運転するようになった。
被告人「買い物は、家から、歩って5分ぐらいのスーパー…そこを、よく運転、しちゃったんです、荷物が重くて…」
スーパーの駐車場で、大変なことが起こった。
被告人「バックで、駐車しようと、したら、スーパーの壁に、ちょっとぶつかって、前へ、あのう、発進しちゃったんです」
他車にぶつかっても止まらず、先のマンションの外壁に激突した。
弁護人「運転操作を誤ったということですね?」
被告人「そうです」
ブレーキとアクセルを踏み間違えたようだ。
弁護人「ガードパイプ、ものすごくひしゃげてる。人がいたら死んでいた。想像できますか?」
被告人「…はい」
よく人の死傷がなかったね。お婆ちゃん、超ラッキー、と称えていいのか、私は傍聴席で、なんだかくらくらした。求刑は懲役7月。実技検査で不合格だったこと、非常に危険な事故を起こしたことで、さっきの86歳のお爺ちゃんより重いのだろう。これもすぐ判決が言い渡された。
裁判官「主文。被告人を懲役7月に処する。この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する」
アクセルとブレーキの踏み違いについては、じつは、アクセルをベタ踏みしたら物理的にまたは電気的に加速をカットする、そういう後付けの装置が数万円で販売されている。複数の装置を国交省が「認定対象装置」とし、公表している。取り付けに補助金を出す(出していた)自治体もある。だが、どうもほとんど知られていないようだ。装置が義務付けられていれば、失われずにすんだ生命がたくさんあった(これからもある)だろうに、残念なことだと私は思う。
文=今井亮一
肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりのジャンルを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し、大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から交通違反以外の裁判傍聴にも熱中。