日本では総合診療専門医の制度が始まって数年経ちますが、「総合診療医に診てもらいたい」と思っても、実際に身近に見つけるのは簡単ではありません。特に、「総合診療」を担う診療所・クリニックを探すのは一苦労です。では、なぜ日本の診療所・クリニックで総合診療を受けるのが難しいのでしょうか? その背景には、医師の数、診療報酬制度まで、いくつかの構造的な問題が絡み合っています。本記事では、その理由を解説し、これからの展望について考えてみます。
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年間200人、新しい総合診療医が誕生
まず、そもそもの総合診療医の数が少ないことが挙げられます。現在の新専門医制度では、総合診療を専攻する医師は毎年約200名ほどです。専門医の基本領域19科の一つとして総合診療専門医が位置付けられていますが、その志望者数は多くありません。総合診療専門医の制度自体は2018年にスタートし、2021年に第1期生が誕生しましたが、他の科に比べるとこれからの領域であり「総合診療医」としてどのように活躍できるかイメージが湧きにくいことが、その要因の一つとして考えられます。
「総合診療科」の看板を掲げられない壁
次に、総合診療科の「院外標榜」の制限があります。日本では病院や診療所が掲げる診療科名(院外の看板)は法律で細かく規定されており、認められた名前しか表示できません。そのリストには「総合診療科」が含まれておらず、医療機関では院外の看板に「総合診療科」を記載することができない決まりになっています。例えば、総合診療専門医の資格を持つ先生が地域でクリニックを開業しても、院外の看板には「内科」「小児科」など別の標榜科を掲げるしかないのです。「総合診療科」の看板が出せないことで、患者から見ると総合診療医がどこにいるのか非常にわかりにくい現状があります。
この規制は、専門医制度が新しくできた当初から指摘されている問題です。このように、19ある基本領域の中で、総合診療だけが院外標榜不可というアンバランスな状況になります。このように、制度上の制約が総合診療医の存在を私たち市民・患者から見えにくくしています。なお、医療機関の院内表記や、ウェブサイトでは、「総合診療科」を記載できる場合はあるものの、「総合診療」の意味が各医療機関で異なる場合があります。
時間をかける医療が評価されにくい診療報酬制度
さらに、診療報酬制度の仕組みにも問題があります。日本の外来医療は基本的に出来高払い制で、医療行為の数や種類に応じて報酬が支払われます。これは裏を返せば、長い時間をかけてじっくり患者さんの話を聞いたり、生活背景まで踏み込んでケアしたりしても、その「時間」自体は報酬としては十分に評価されにくいということです。病院経営の面でも「なるべく短時間で多くの患者を見る方が得」という傾向になり、社会的処方(孤独や生活課題への対応など)に充分な時間を割くことが経営上報われにくい構造になっています。
総合診療は患者をじっくり診るスタイルです。問診に時間をかけ、複数の疾患や社会的問題が絡み合った"もやもや"とした症状に向き合います。しかし現在の診療報酬制度では、こうした医療への評価が十分とは言えません。そのため、総合診療的な診療を時間にも配慮しながら行うなどの様々な取り組みが必要となります。
構造的に絡み合う問題、カギは診療報酬制度
ここまで見てきたように、総合診療が普及していない背景には、さまざまな構造的な課題が絡み合っています。中でも、その"要"ともいえるのが、診療報酬制度の在り方です。時間をかける医療が評価されにくい現在の外来医療における出来高制の下では、総合診療的な「人を見る医療」が十分には報われず、結果として総合診療を志す医師が増えにくくなります。そして医師が増えなければ、総合診療を提供する医療機関も少なく、これらの社会的な認知も進まないことから、市民・患者が総合診療を求める声も大きくならず、総合診療を院外標ぼう(看板設置)できないという現状も変わらない…という悪循環が生じるでしょう。
制度として、「総合診療のような包括的医療を提供する医師が報われる仕組み」を作らないと、総合診療を担う方々が私たちの身近な存在として増えにくいと考えます。そして、逆に言えば、診療報酬制度をはじめとした政策改革によって、これらの問題は解決への糸口が見えてくる可能性があります。そこで、実際にこれらの改革が行われた台湾の取り組みを次に見ていきましょう。
台湾の家庭医制度に学ぶことは?
日本と医療制度が似ている国として台湾の例が参考になります。台湾は日本同様にフリーアクセス(市民・患者が受診する医療機関を選べる自由がある制度)かつ出来高払い中心でしたが、1980年代から家庭医(総合診療医)の育成に力を入れ、家庭医療科を標榜して開業できるよう制度整備を進めました。
さらに2003年には、生活習慣病などのリスクのある方が、複数の診療所が地域で連携して組んだグループをかかりつけとして、任意で登録できる制度を導入しました。任意で登録した患者の人数や健康管理の成果に応じてグループに報酬が支払われる、いわば診療所・クリニックへの行政からの月額定額払い(キャピテーション)と成果評価を組み合わせた仕組みです。
このように台湾では、医療費を構成する出来高制の割合を減らし、キャピテーションの割合を増やすことで、総合診療を実践しやすい病院運営ができることを目指し取り組んでいます。この制度によって、地域全体での、かかりつけ医機能を提供しています。
台湾でも医療費の総額管理など独自の課題はありますが、「まずは家庭医に相談し、必要に応じて専門医と連携する」という体制は根付いています。日本もこのように、まずは家庭医と称するクリニック・診療所にいる総合診療医に相談できる仕組みから学べる点は多いでしょう。もちろん、日本と台湾では制度設計が異なる部分もあります。しかし、(1)任意登録による"かかりつけ医"機能の明確化、(2)定額支払いによる"じっくり診る医療"の支援という2点は、日本でも応用可能なヒントです。
「総合診療を受けられる環境がほしい!」という声が重要
そして、ドラマやこの記事を通して、「自分の近くのクリニック・診療所にも総合診療医がいてくれたら安心だな」「何でも相談できる総合診療を担うかかりつけ医がほしい」と思われたら、その気持ちをぜひ周りに伝えてみてください。
たとえば、仕事が忙しく病院に行く時間が限られている中、どの診療科に行けばいいかわからず不安になった経験はありませんか? そんなとき、総合診療医がいてくれたら……と感じたことがある方もいるかもしれません。
そのような思いをSNSで発信したり、友人と話題にしたり、小さなことでも構いません。市民・患者の声の積み重ねが、政策を動かす大きな原動力になります。というのも、これまで日本の政策立案者は「国民は専門医志向が強く、総合診療医を求める声はそれほど大きくないのでは」と認識していました。確かに専門医ランキングなどがメディアで注目される一方で、総合診療の存在はこれまであまり知られてこなかったのも事実でしょう。
しかし、それは私たちが、そもそもの「総合診療」を知る機会がなく声を上げることができなかっただけかもしれません。総合診療を受けられる環境をもとめる声を可視化し、「ニーズがあるんだ」ということが明確になれば、政治も行政も動きやすくなるはずです。
最後に、本シリーズを最後まで読んでいただき、ありがとうございました。この記事を通じて、「総合診療」について少しでも関心を持っていただけたのであれば、筆者としては大変嬉しく思います。

