滋賀県の伝統的な発酵食品「鮒寿司」には、実に約200種類もの乳酸菌が生きていると言われている。この見えない微生物の世界に強く惹かれ、自らの手で研究を始めたのが、同志社小学校6年生の清水結香さんだ。
アニメをきっかけに乳酸菌が持つ可能性に目を向けた彼女は、菌の培養や観察を重ね、日本初の乳酸菌図鑑を制作。第64回自然科学観察コンクールでは文部科学大臣賞を受賞し、現在もがん治療への応用を目指して研究を続けている。
彼女はなぜ、乳酸菌研究に執念を燃やすのか。夏休みの自由研究の一環として、南郷水産センター(滋賀県大津市)で開かれた鮒寿司の漬け方講習会に参加した清水さんに話を聞いた。
■「ないなら自分で作ろう!」日本初、乳酸菌図鑑を作った理由
――今日は暑い中、お疲れ様でした。鮒寿司を漬けたのは初めてだったんですか?
今回で3回目ですが、鮒寿司の漬け方をちゃんと学んだのは初めてだったので、すごく楽しかったです。
――それではまず、結香さんが乳酸菌に関する研究を始めたきっかけについて教えてもらえますか?
きっかけは、小学3年生のときに見たアニメ『はたらく細胞』です。そのときはちょうどがん細胞のお話で、乳酸菌が悪玉菌を倒して、がん細胞の進行を止める場面があったのですが、それを見て「乳酸菌ってなんでそんなことができるんだろう?」って不思議に思ったんです。それで気になって、自分で乳酸菌について調べ始めました。
――最初はどんな研究から始めたんですか?
最初は図書館で本を調べて、仮説をいくつか立てるところから始めました。乳酸菌の同定を始めたのは4年生からです。乳酸菌にもいろいろな種類があるので、がん細胞を倒すような強い菌を見つけたかったんです。それで、いろいろ調べようと思ってまず図鑑を探したんですけど、乳酸菌の図鑑が見つからなくて。「ないなら自分で作ろう!」と思って、図鑑作りを始めました。
――初めは研究の方法もわからなかったと思うのですが、第一歩目をどのようにスタートさせたんですか?
図書館で本を調べながら進めてきました。どこから始めていいかわからなかったので、まずはネットで動画を見て乳酸菌の調べ方を学んだり、『ウイルスに負けない免疫力を鍛える!』という本の著者の順天堂大学・竹田和由先生に手紙を書いて、オンラインでいろいろ教えてもらったりもしました。今は龍谷大学の田邊公一先生にも教えてもらっています。
■滋賀県生まれだから“鮒寿司”の乳酸菌にこだわる
――結香さんが作った図鑑には、どんな乳酸菌が載っているんですか?
滋賀県の伝統食「鮒寿司」に含まれる乳酸菌を中心に、観察した菌の情報をまとめています。菌は属・種・株で分類されるんですが、私は鮒寿司に含まれる菌に「しがきん」と名前をつけて整理しています。
――「しがきん」はどこから取り出しているのでしょう?
基本的には鮒寿司の「飯(いい)」と呼ばれる発酵したご飯部分や鮒の身の部分からです。ヨーグルトや漬物、乳酸菌飲料からも乳酸菌は取れますが、私は滋賀県生まれ・滋賀県育ちだから、鮒寿司から取る乳酸菌にこだわっています。
――鮒寿司の味は好き嫌いがわかれるそうですね。
私は好きです。でも、けっこう酸っぱいです。友達や塾の先生の中には匂いや酸味が苦手な人もいますが、私は最初から食べられました。昔から体に良いと言われているので、そのあたりもいろんな仮説を立てて研究しています。
――特に思い入れが深い菌や好きな菌があれば教えてください。
「ラクチカゼイバチルス パラカゼイ・シガキン株」と「レビラクトバチルス ブレビス・シガキン株」ですね。
「◯◯株」と似たような名前がついてるのは種がダブっているからで、たとえば「パラカゼイ・シガキン株」と「パラカゼイ・ユイカ株」っていう株もあるのですが、「ユイカ株」のほうはあまり珍しくない、よくある菌なんです。キットで検査すると“T値”という数値を測ることができて、これが「1」に近いほど珍しくない、よくある菌ということになります。
「ラクチカゼイバチルス パラカゼイ・シガキン株」などは、“T値”が「0.38」なので、結構珍しいんですね。私は珍しい方に「シガキン株」、珍しくない普通の株に「ユイカ株」と名付けたんですけど、シガキン株は珍しいし、なんだかいい感じだなと思うので、この菌が好きです。
■がんが薬で治る時代へ
――研究を続けるうえで大変に思うことはありますか?
グラム染色で菌の判別をする作業は難しいですね。乳酸菌であれば青く染まるんですが、乳酸菌じゃないと赤く染まってしまうんです。APIという検査キットにスポイトで液を入れる作業も、手が疲れるし目も痛くなるので大変でした。
――かなり根気がいる作業だと思うのですが、乳酸菌を研究する原動力は?
おじいちゃんとおじさんががんで亡くなったことが大きいです。身近な人が病気で亡くなっていくのは悲しいから、乳酸菌を使って薬を作って、がんが風邪みたいに治せるようになったらいいなと思って研究を続けています。
――それは素晴らしい考えですね。みんなが喜ぶと思います。
株式会社ヤサカという会社に、八坂正博さんという会長がいたのですが、22年前にがんが見つかって、当時お医者さんに余命半年だと言われたそうなんです。八坂さんはそれがきっかけで食べるものを変えようと考えて、身体にいいとされる鮒寿司を食べようとしました。
でも、鮒寿司は好みが分かれるので、鮒寿司の「飯」のなかに含まれるパラカゼイやペントサスなど3種類の菌を取り出して、お米と混ぜて発酵させた「お米のヨーグルト」っていうものを作ったんです。
そのヨーグルトをしばらく食べて、もう一度お医者さんにかかったら、がんの進行はピタリと止まっていて、それからもがんはどんどん小さくなっていったそうです。最近亡くなってしまったのですが、八坂さんには私もいろいろ勉強させていただいて、今も自由に研究室を使わせていただいています。
――「しがきん」ががんに効いたということなのかもしれませんね。結香さんは将来、どんな仕事に就こうと思っているんですか?
研究者になりたいと思っています。まずは同志社系列の中学・高校に進学して、同志社大学ではさらに研究を深めたいと思っています。将来的には、乳酸菌からがんを治せる薬を作るのが夢です。
――もし、その薬が完成した場合、次はどんな研究をする予定ですか?
犬の毛色の遺伝についても調べてみたいです。今飼っている10歳の黒い豆柴が妊娠したときに、毛色の遺伝や確率に興味を持ちました。黒い犬から白い毛色の子犬や赤い毛色の子犬が生まれるので、その理由なども研究してみたいですね。あと、抗生物質についても研究したいです。今の抗生物質は悪い菌だけでなく乳酸菌も殺してしまうので、乳酸菌を守るような抗生物質が作れたらいいなと思っています。
滋賀の伝統食・鮒寿司から生まれた「しがきん」。地域の知恵と子どもの探究心が、未来の医療を変えるかもしれない。小さな研究者の挑戦は、これからさらに本格化していく。








