これはメタルなのか? Sleep Tokenの革新性を「儀式」「普遍性」「反マッチョイズム」から読み解く

2025年を象徴するヒット作となった、スリープ・トークン(Sleep Token)の最新作『Even In Arcadia』の日本盤CDがリリースされた。ボーナストラック2曲に加え、歌詞の和訳や解説も収録された特別仕様は、海外のファンからも大きな注目を集めている。ロンドン発の匿名バンドは、なぜこれほどまでに支持されるのか? 過去に彼らのライブを目撃した音楽ライター・荒金良介に解説してもらった。

ライブ・パフォーマンス=「恍惚の儀式」

最近、スリープ・トークンというバンド名をよく見かける。そう感じる音楽ファンは多いのではないか。それもそのはず、彼らの最新4thアルバム『Even In Arcadia』の輸入盤が5月9日に発表されるや(日本盤は6月25日発売)、自身初となる全米・全英にて1位を獲得、さらに世界9カ国のチャートでも1位の座を奪い、話題をさらっている状態だ。しかしながら、これまでインタビューは2回しか受けておらず、基本メディア対応をしないため、謎のベールに包まれた匿名の覆面集団=スリープ・トークンという図式が共有されたままである。また、ここ日本ではいまだ来日公演が行われていないこともミステリアスなムードに拍車を掛けている要因だろう。

幸運にも筆者はドイツ最大級のメタル・フェス『Wacken Open Air 2023』(以下ヴァッケン)にて、スリープ・トークンのライブを観る機会を得た。今振り返っても、非常に貴重なステージだったと思う。現在では飛び鳥を落とす人気バンドへと駆け上がり、今年6月にイギリスで開催された『Download Festival 2025』ではKorn、グリーン・デイと並び堂々たるヘッドライナーに大抜擢。だが、約2年前のヴァッケンにスリープ・トークンが出演した際(4日間開催の最終日・8月5日)は、同フェスの中でも小規模の「W.E.T. STAGE」のトリを務めた。2023年と言えば、前作3rdアルバム『Take Me Back To Eden』が全英3位という好成績を収め、発売から3カ月後のパフォーマンスとなる。当日は話題のバンドを一目見ようと、23時45分という遅い出番にもかかわらず、大勢の観客が集まっていた。

ステージ背後に3rdアルバムのアートワークが飾られ、お世辞にも大きいとは言い難いステージにメンバーが所狭しと並ぶ。フロントマンのヴェッセルとⅡ(Dr)が正式メンバーで、ライヴ要員としてⅢ(Ba)、Ⅳ(Gt)、3人の女性コーラスを含む計7人が覆面と黒い衣装に身を包んで登場。その容姿は多くの出演バンドとは一線を引く異質なオーラを放っていた。まず、真っ先に耳を奪われたのはヴェッセルの圧倒的な歌唱力の高さである。夜空にまっすぐ伸びるハイトーン・ボイスは、聴いた瞬間にスリープ・トークンとわかる強烈な個性をアピール。そこにゴスペル風の女性コーラスが重なると、神聖な雰囲気は俄然増していく。美しい声色とメロディに身を委ねていると、ここがメタル・フェスの場であることを一瞬忘れてしまう。

その刹那、デフトーンズ張りのヘヴィ・サウンドでドォーン!と地底を揺さぶるのだ。天と地ほどの落差激しい音像は作品からも堪能できるが、生演奏による迫力とダイナミズムにただただ圧倒される。さらにヴェッセルは身振り手振りの激しいアクションで動き回り、自らキーボードを弾く場面もあったりと、匿名性の高い見た目とは裏腹の情熱的なパフォーマンスを披露。明滅するライトの中で覆面集団が動く様子は、どこぞの儀式を観ているような気分に陥った。深夜という時間帯も彼らが鳴らす音像ともマッチしており、忘れられない恍惚の儀式として記憶の奥底に刻まれる。

『Wacken Open Air 2023』でのライブ映像(オーディエンス・ショット)

ジャンルを超えた「普遍性」と「豊潤な歌声」

そして、遂に届いた新作の内容にも触れたい。前作では楽曲の中盤辺りで、ドォーン!と奈落の底に突き落とす必殺のヘヴィ・パートが増えていた。ソウル、R&B、エレクトロニカの要素に加え、メタル・サウンドを一段と強化し、メインストリーム・ロックとヘヴィ・メタルの架け橋となる作風だったと言えなくもない。その流れを経て、新作でもシャウトやヘヴィなパートはあるものの、いい意味でヴェッセルのソウルフルなボーカルを効果的に聴かせる楽曲アプローチで新たな地平を切り拓いている。新作を聴いたファンの間では「これがメタルなの?」と議論を呼んでいるそう。しかし、もはやスリープ・トークンをジャンル分けすること自体が不毛と言える存在になっている。

話は横道に逸れるが、奇しくもスウェーデン発のゴーストが4月25日に最新6thアルバム『Skeletá』を発表し、初の全米1位に輝いた。ハード・ロックのアルバムが初登場首位を奪ったのはAC/DCの『POWER UP』以来、実に4年半ぶりとなる。ゴーストのフロントマンは以前からジャーニーやフォリナーの影響を公言し、インタビューでもデフ・レパードに対するシンパシーを吐露していた(※2023年にはジョー・エリオットをフィーチャーした新バージョン「Spillways」まで発表)。つまり、アリーナ/スタジアム・ロックの復権である。2000年代以降、キルスウィッチ・エンゲイジに代表されるメタルコア勢がシーンを席巻し、シャウト/スクリームがデフォルトで楽曲に織り込まれていった。そうなると、型にハマり、型に溺れてしまう、類型バンドが増殖する。

ゴーストは、みんながシンガロングできるキャッチーな楽曲を心がけた。それはスリープ・トークンの音楽にも通じる部分で、歌モノを軸に据えているという意味で両者は共通している。もっと言えば、音楽が溢れる現代では、いい曲を作っても素通りされる可能性が高い。そこで匿名性の高いビジュアルで視覚的なインパクトを与えてくれるゴーストとスリープ・トークンは、思わず誰かに話したくなるプラスアルファの魅力を兼備。SNSの時代において、口コミは無視できない。ネットでバズるかどうかがブレイクの鍵となる。スリープ・トークンもそれを上手く利用した好例と言っていい。何が言いたいのかと言うと、デフ・レパードの大名盤『Hysteria』がそうであるように、スリープ・トークンもジャンルを超えた普遍性を帯びたアルバムを作り上げたということ。しかもメタル界では珍しいソウル、R&Bを経由したヴェッセルの豊潤な歌声に多くの人が振り向いた。

歌詞に垣間見える「反マッチョイズム」

今回、スリープ・トークンの日本盤がリリースされることもあり、歌詞の和訳もちゃんと付属している点も嬉しい。匿名の覆面集団ゆえに未知の部分は多い。新作における哀切な歌声やメロディに、より感情移入せずにはいられない歌詞も必読。オープニングを飾る「Look To Windward」から〈この心を蝕む影を止めてくれ〉と懇願する歌詞にドキッとした。内面に潜むパーソナルな心情や弱音を書き記している。

それだけではない。「Caramel」では〈これが表舞台で顔を隠そうとすることの報いなのか〉〈このステージは牢獄だ〉、また、「Damocles」においては〈ツアーはやるべきだとわかっている(中略)でも常に圧勝できるわけじゃない〉など、自身の覆面姿や過酷なツアー生活を赤裸々に描写。見てはいけないものを見せられたような感情に襲われてしまう。メタル特有のマッチョイズムとは正反対であり、そうした歌詞も彼らの音楽を深く理解するための糸口になるだろう。

『Even In Arcadia』を携えたライブの展望

今年の6月7日からUSツアーも開始され、新作の楽曲も既に解禁されているようだ。現時点で披露しているのは「Look To Windward」「Emergence」「Caramel」「Damocles」の4曲のみ。大人びたサックスを導入した「Emergence」、ブラスト・ビートで締め括る「Caramel」などライブでどう表現され、観客からどんなリアクションを引き出しているのか、興味は尽きない。これから徐々に新曲が増えていくと予想されるが、ラップを用いたダンサブルな「Past Self」、韻を踏んだリリックと美しい歌声が溶け合う「Provider」も是非とも生で聴いてみたい。

そのためには、ここ日本でもスリープ・トークン熱が高まることを願わずにはいられない。早ければ来年、遅くとも再来年には初来日公演を実現してほしいものだ。できる限り大きな会場で儀式(=ライブ)を体感すれば、スリープ・トークンの日本における人気も決定的になるのは間違いない。

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Download Festival 2025でのライブ映像(オーディエンス・ショット)

『Even In Arcadia』 ジャケット写真

スリープ・トークン

『Even In Arcadia|イーヴン・イン・アーケイディア』日本盤

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解説・和訳歌詞付

ボーナストラック2曲追加収録

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