2025年6月3日に発売された『将棋世界2025年7月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)では、棋士・女流棋士が選ぶ、2024年度の熱局ベスト10を決める特別企画「熱局プレイバック」を実施しました。昨年度も魅力的な対局が多かったですが、プロはどの対局を選んだのでしょうか? ランキングの一部を抜粋してお届けします。

(以下抜粋)

第5位 第83期順位戦A級プレーオフ 永瀬拓矢VS佐藤天彦

七冠の藤井、そこに続く伊藤匠や永瀬が居飛車党であり、近年の大舞台は相居飛車戦の印象が強かった。だが2024年度は振り飛車が巻き返した年度だろう。モダン振り飛車の旗手である西田や、棋聖戦の挑戦権を獲得した杉本和が一気に飛躍。そして何といっても佐藤天だ。

順位戦A級で挑戦権争いを牽引して、永瀬とのプレーオフに進出したのだ。出だしは少し苦しいとされる振り飛車だが、ギリギリの評価値で耐えるのが佐藤の至芸。中盤に持ち込んで長い戦いにすれば粘り強い棋風が生きてくる。好機は終盤の入り口で訪れた。強く踏み込めば優勢だったが、惜しくも逃す。だが苦しくなってからも辛抱強く指し、対抗形の醍醐味を披露した。

棋士コメント(一部抜粋)

「プレーオフにふさわしい死闘だった。独創的な序盤と粘り強い指し回しを通じて、貴族趣味溢れる振り飛車を堪能した」(窪田義行七段)
「永瀬九段が丁寧な受けと着実で正確な攻めで挑戦権を掴んだ。振り飛車が躍進した1年の中でも、佐藤天九段の序盤の工夫や腰の重い指し回しは印象に残る」(千葉幸生七段)
「中・終盤の距離感が難しく、対抗形の面白さが凝縮された将棋でした」(石井健太郎七段)
「深夜に入っても形勢不明の激戦が続き、興奮気味に観戦していた記憶があります。A級のレベルの高さを痛感しました」(斎藤明日斗六段)

第4位 棋士編入試験第5局 柵木幹太VS西山朋佳

女性初の棋士なるか――。
西山朋佳女流三冠が挑んだ棋士編入試験五番勝負は、将棋界の枠を超えて注目を集めた。西山と試験官たちは激闘を繰り広げ、2勝2敗のタイに。最高潮の盛り上がりの中、最終戦の試験官を務めた柵木と西山は必死に駒を運んだ。柵木が有利になるも、西山は食らいつく。評価値は柵木が有利だが、鬼のような形相からはそれは感じられない。西山は最後まで追いすがったが、柵木の背中は遠かった。試験官のモチベーションを疑問視する声もあったが、この将棋を見ればそんなことは言えまい。お互いに全てを懸け、全力を出し尽くした好勝負だった。

棋士コメント(一部抜粋)

「お互いに棋士、女流棋士人生を懸けた一局で、気迫とすごみを感じた。熱戦の名局」(野月浩貴八段)
「関西将棋会館で観ていました。両者、力の限りを尽くした名局でした。柵木四段はこの勝利があってこそのフリークラス昇級だと思います。『人生の糧になる』とはこういう将棋を言うのでしょう」(勝又清和七段) 「柵木四段の漢を見た」(山川泰熙四段)
「両者さまざまなプレッシャーの中で、この熱戦を残したのは大変すごいことだと感じました」(砂原奏女流2級)

第3位 第74回NHK杯将棋トーナメント準決勝 藤井聡太VS増田康宏

テレビの前で仰天された方も多いだろう。藤井聡―増田康の準決勝は、藤井先手で角換わりになり、難解な形勢が続いた。藤井玉が上部脱出を図り、増田玉に引き寄せられていく。形勢は増田優勢だが、藤井が技術の粋を尽くして粘った。敵玉の近くに自玉がいることで攻めが受けになり、受けが攻めになる。局面を複雑にすれば膨大な量を正確に読める藤井が有利だ。増田は多くのワナを看破したが、ついに最終盤で捕まってしまった。

棋士コメント(一部抜粋)

「最終盤の秒読みでの応酬はあまりにも劇的だった」(森内俊之九段)
「この将棋の最後30分はNHK杯永久保存版。結果を知っていても興奮が治まらなかった」(行方尚史九段)
「難解な終盤にして大逆転の一局。今年最も熱い入玉将棋がここにあったと言っても過言ではない」(糸谷哲郎八段)

第2位 第72期王座戦五番勝負第3局 藤井聡太VS永瀬拓矢

2023年度は藤井に王座を奪われ八冠を達成させてしまった永瀬が、ダイレクトリマッチで挑戦者に名乗りを上げた。今年こそ――。だが開幕から連敗。暗雲が漂うが、第3局は序盤から快調に進めた。順調に差を広げ、永瀬が勝ったと思ったとき、藤井が香で王手をした。受けの手段は2つ。永瀬は手堅く歩を打って防いだが、後手玉への詰めろが外れてしまった。逆転――。前年の王座戦第4局を彷彿とさせる残酷な結末だった。

棋士コメント(一部抜粋)

「立会人を務めた一局。永瀬勝ちで終局が近いので、そろそろ移動をと考えていたときに逆転。将棋は恐ろしい。打ち上げでの永瀬九段の明るさに救われた」(谷川浩司十七世名人)
「角換わりらしく互いに怖いところが多い将棋。永瀬九段に勝ち筋が何度かあったと思うが、最後は香の王手に指しにくい桂の移動合いしかないのが将棋の難しさだと感じた」(阿久津主税八段)
「中盤の非常に高度なねじり合いが見ていて面白かった。最後まで将棋はわからないと思わされた一局」(藤本渚六段)
「中盤のねじり合い、終盤の逆転を呼んだ△9六香など、将棋の面白さ、難しさ、奥深さ、怖さ、全てを同時に感じました」(山口仁子梨女流1級)

第1位 第9期叡王戦五番勝負第5局 伊藤匠VS藤井聡太

現役棋士が選ぶ2024年度ベスト対局の第1位は、伊藤匠が初タイトルを獲得した叡王戦第5局である。22回のタイトル戦で負けなしだった藤井聡太が初めて敗れ、八冠全制覇を254日で終わらせた一局である。投票した半数以上の棋士がこの将棋を支持し、しかもほとんどが1位に推していた。その圧倒的な賛辞をご覧いただこう。

棋士コメント(一部抜粋)

「関西将棋会館の解説会で、ファンの方と歴史的瞬間を見守った。難解な終盤戦を読みきった伊藤新叡王の見事な勝利」(谷川浩司十七世名人)
「伊藤さんの粘り強さが光った好局」(豊島将之九段)
「最近は少なくなったタイトル戦の最終局というとても大きな一局で、両対局者が存分に力を発揮されたすばらしい内容だった」(稲葉陽八段)
「八冠独占の牙城を崩した大一番。角換わり腰掛け銀の名局。将棋界の分岐点となったシリーズ」(飯島栄治八段)
「この将棋の結果がもたらす影響、そしてその一戦にふさわしい将棋。とても美しく感動を覚えた」(吉池隆真四段)
「攻防戦がとても見応えがあり、両者の応酬が印象に残る一局でした」(大島綾華女流二段)

(熱局プレイバック プロが選ぶ2024年度ベストバウト10+α 構成/大川慎太郎)

『将棋世界2025年7月号』、現在発売中!!

ほかにも、
・佐々木勇気八段と服部慎一郎七段が、お互いの順位戦の対局を振り返る「僕たちの順位戦を振り返ろう 後編」
・ヒューリック杯第96期棋聖戦の挑戦者となった杉本和陽六段単独インタビュー
・46歳で順位戦昇級を果たした、佐藤和俊七段にインタビューした「私の戦い方vol.16 まだ強くなれる」
・2025年2月の対局で1000勝を達成した森内俊之九段が、節目となった一局について心情をつづる「特選自戦記 vol.9 VS行方尚史九段 1000勝を達成して」
など、指す将・観る将・それ以外の方にも楽しんでいただける一冊です!

『将棋世界2025年7月号』
発売日:2025年6月3日
特別定価:920円(本体価格836円+税10%)
判型:A5判228ページ
発行:日本将棋連盟
Amazonの紹介ページはこちら