日本最大の海事都市・今治で2年に1度開かれる開催される西日本最大の国際海事展「バリシップ2025」が、5月22日〜24日の3日間にわたってテクスポート今治で開催された。2009年に始まり、今回で第9回目を迎えた本イベント。今回は23日に実施された日本内航海運総合連合会(内航総連)によるセミナーについて伝える。
独自の発展を遂げてきた日本の内航海運の歴史
日本国内のみならず、世界中から海事業界の関係者が集まり、ビジネスマッチングや情報交流を行う場となっている国際海事展『バリシップ』。今治の船主や造船会社をはじめとする企業の商談の場となっており、日本や世界から海事産業に関する最新技術などが一堂に会する一大イベントだ。
開催最終日となる土曜日は一般公開日として、船と海に親しみを感じてもらうための多彩なイベントが実施され、2023年実績では1万6000人以上が3日間で来場する。「バリシップ2025」では今治港にコンセプトシップを展示する新エリアを設置。過去最大の展示面積となった。
21か国から約350社が出展した「バリシップ2025」では、さまざまな特別セミナーも実施され、日本内航海運総合連合会セミナーには内航総連の理事長・河村俊信氏と国土交通省海事局 内航課課長・伊勢尚史氏が登壇した。
「内航海運の課題と内航総連の活動」と題して講演を行なった河村氏は、内航海運を取り巻く環境の現状を「内航は外航と産業規模の売り上げでは1/4ほどですが、運行隻数は3倍以上で日本人船員の最大の雇用先となっています」と、紹介した。
「国内物流産業全体の比較では内航海運の従業員数はトラック物流に次ぐ規模で、国内貨物輸送における内航の輸送分担率(トンキロベース)も自動車55.5%に次ぐ39.8%。約4割という数字は世界的にも突出しています」資源を海外から輸入してきたことから日本では臨海工業地帯が発達しており、海運の存在が日本の製造業の大前提となってきたことが、その歴史的な背景となっている。
内航輸送の特徴は大量の重い貨物の輸送手段としての効率性の高さで、とくに産業基礎物資の輸送では代替の輸送手段が存在しない。
「内航で一般的な499総トン型の小型船でも10tトラック160台分の約1600tを積載できます。160台のトラックを8時間労働で24時間動かすには単純計算で約500人のドライバーが必要ですが、1隻5名の乗組員で24時間3交代を回せます。トラック物流の約100倍の効率で、1トンキロの輸送に必要なエネルギー量は営業用貨物車の6分の1、二酸化炭素排出も5分の1ほどです」
高齢化する船舶と船員が安定輸送の課題に
「コンテナ船やRORO船を除き、内航船の多くは一社専属の専用船のようなかたちで特定の荷主との契約で輸送に充当されています。内航船の隻数は減少が続く一方、大型化が進み、運べる貨物量としては横ばい。ただ、やはり外航船とは桁が違い、500トン未満の船が全体の66%を占めます。内航輸送量は国内の産業変化により漸減傾向ですが、近年は荷主である工場の統廃合が相次ぎ、輸送距離が長距離化しているため、輸送トン数の減少のわりに船舶の逼迫感が出ています」(河村氏)
日本で独自の発展を遂げてきた内航業界だが、その裏返しとして安定輸送を最大の使命とする業界の課題は自ら解決しなければならない。昨今、業界で大きな問題となっているのが高齢化の進む船舶と船員の維持・確保だ。
内航は荷主と直接運送契約を結んで船舶の運航管理を行う「オペレーター」、船舶の所有者である「オーナー」(貸渡事業者)の重層的な業界構造で、保守管理や船員確保に課題を抱える零細事業者も多いという。
「平成10年頃、船舶の耐用年数である14年超えの船は概ね4割でしたが、貨物需要の減少や昨今の建造船価の上昇から設備投資を躊躇する動きもあり、現在は約7割で定着しています。また、内航は外国人船員に置き換えられてきた外航海運や200海里漁業規制による水産業からの離職者の受け皿になってきた歴史もあります。即戦力の船員に恵まれてきたため、業界では長く若年船員の採用育成が進んできませんでした」
この10年ほどで各事業者が働き方改革や若年船員の採用を積極的に進めた結果、30歳未満の船員の割合は他の産業と比較しても遜色ない水準となっている。だが、船員の養成には一定の期間が必要で、全産業的な労働力不足のなか新規就業者数は令和元年を境に減少傾向。内航貨物の船員の有効求人倍率は令和5年で3.68倍と、船員の確保難が常態化している。
船員志願者の増加に向け、内航総連は若年船員を計画的に雇用する事業者に対する国の助成制度との連携支援、奨学金制度の設立などの資格取得支援、中途採用の拡大といった新たな船員確保ルートの開拓にも取り組む。
「近年は中小造船所も減ってきており、内航船の建造・修繕能力も大幅に低下しています。内航各社は定期修繕に必要なドックの確保にも窮している状態です。内航総連も船舶の建造を支援する国の税制やJRTT(鉄道・運輸機構)の共有建造制度の継続・改善を求めながら、輸送効率化や環境負荷軽減、労働環境の改善にもつながる船舶の代替建造を促していきます」
持続的な内航輸送に向けて進むルール整備
昨年度、国土交通省海事局は内航海運業での商慣習の実態調査を行い、「内航海運業者と荷主との連携強化のためのガイドライン」を改訂。取りまとめた内容を今年3月に公表した。
「産業基礎物資は極めて寡占的で、基本的に荷主は鉄も油も大手が大部分の割合を占めており、少ない荷主に99%以上が中小の内航事業者が存在していることが構造的課題となっています」とは、河村氏に続いて講演を行なった国土交通省海事局の伊勢氏(以下同)。
「運ぶ荷物が減って、より効率的な体制で生き残りを図るなか、荷主とオペレーターの専属化・系列化が進み、競争的な市場が存在しない。そのため、内航業界の構造改善にはトラック物流や外航海運とは全く違うアプローチが必要です」
内航海運業者の取引環境の改善にあたり、協議では付帯作業に伴って労働時間が発生した時の追加料金が論点のひとつとなったという。荷主サイドからは定期傭船契約や月極専用船契約を結んでいる以上、追加作業の対価は発生しないのではないかといった声もあったそうだ。
「ただ、船は使いたい放題でも人間は14時間働かせ放題とはなりません。所定労働時間にプラスαの作業が発生した場合は追加料金を払う、せめて法定労働時間の上限まで働くような場合は契約書に記載することで折り合いました」
「契約書に含まれる担当業務について整理した上で、荷役など必要な付帯作業を明記し、適正な対価が支払われるかたちです。競争的な市場がないエッセンシャルなビジネスでは、原価に対して一定の割合を適正利潤として乗せる考え方が基本。原価割れ的な取引は独占禁止法の優越的地位の濫用や下請法違反が考えられます」
内航は業界構造的にビジネスや契約の形態が分離されているため、荷主とオペレーターだけでなく、オペレーターとオーナーや3者で是正に取り組むべき商慣行についても、それぞれ議論されたという。
「内航の課題は荷主と内航業界の構図で考えられがちですが、内航海運の中でも置かれた立場でだいぶ収益性に差があり、オペレーターとオーナー、1次オペと2次オペの間でのルールメイキングも必要です。運賃・傭船料に含まれる原価の要素を整理する議論は始まったばかり。油代のような可変費用の激変が発生するリスクも基本は受注側の飲み込みになっていると思いますが、こうした問題意識を発射台に今後も議論を詰め、持続可能な内航海運を再構築していきたいと思います」と締めくくった。