
その身体には、あらゆる種類の酩酊と依存の痕が刻まれている。だが今、ピーター・ドハーティはかつてないほどシラフで、そして滅多にないほど生産的だ。ニューアルバム、新たな展覧会、そしてリバティーンズとのツアー。私たちは彼とともに、ベルリンでの2日間を過ごした。
私たちへの挨拶として、彼はまず靴を脱いだ。ピーター・ドハーティは、その晩リバティーンズとしてパフォーマンスを行う予定だった。彼はちょうど、パリからベルリンまでの12時間のバス移動を終えたばかり。ナイトライナーでの長旅に備え、遠目には普通の靴のように見える、実際にはスリッパのような楽な靴を履いていた。そして今、それを脱いで両足の親指を見せる。どちらの指にも包帯が巻かれている。
「ヘロインとクラックはまた別の話だよ」とドハーティは言う。「今の問題はアルコールなんだ。足の指に黒い斑点ができてて、医者には、酒をやめないと指を失うって言われた。その次は足、最終的には脚全部ってね」
私たちは現在、ソニー・ミュージックの比較的新しいヨーロッパ本社に座っている。ここは、1970~80年代のサブカルチャーが花開いた西ベルリンの中心地に意図的に建てられた。この通りの少し先にはデヴィッド・ボウイやイギー・ポップが住んでいたし、ブリクサ・バーゲルトの家もすぐ近く。ニック・ケイヴはExn'Popの近くでヴィム・ヴェンダースと出会っている。それはずいぶん昔の話だが、ピーター・ドハーティはきっとそうした歴史的背景を気に入るだろう。
リバティーンズが『Up The Bracket』でデビューし、ストロークスと並んで00年代のインディー・ギターロックの形をつくった後、この”ロックンロール・ロマンチスト”は、まるで時代から取り残されたかのような人生を20年間送り続けた。
ピーター・ドハーティが”パブリック・ジャンキー”だった頃、すでにそうした存在はほぼ消えかけていたが、インターネットは存在していた。彼の数え切れないほどの転落、デトックス、再発、脱線は、イギリスのタブロイド紙によって、長期のライブレポートのように詳細に記録されてきた。奇跡的に、その間にもドハーティは数々の素晴らしい音楽を生み出した。しかし、同時に「早すぎる悲劇的な死」の有力候補でもあった。
だが今、46歳となった彼は、これまでになく陽気でシラフに見える。ジーンズにデニムのベスト、Tシャツ、フラットキャップ姿。長旅を経ても上機嫌で、日焼けした足の指は過去の名残を物語っている。
そして数日後には、医師の助言に従い、アルバム『All Quiet On The Eastern Esplanade』のツアーの残りの公演を欠席することになる。2024年、彼は2型糖尿病と診断された。「この病気には薬がないんだ」と彼は言う。「選択肢は2つ。指を失うか、酒をやめるか。俺は指を失いたくないよ。バランスを取るのに必要だから」。彼の表情には、これまでとは違う深刻さがうかがえる。
パンデミック以降、ドハーティは長年の恋人カティア・ドヴィダスとともに、彼女の家族が所有するノルマンディーの地所で暮らしている。二人は2021年に結婚し、2023年に娘ビリー=メイが誕生した。彼の新しいソロアルバム『Felt Better Alive』は、こうした生活の反映でもある。ソニー傘下のThe Orchardからリリースされるこの作品には、娘に捧げた子守唄や、農家がリンゴを収穫してカルヴァドスに変えるまでの歌が収録されている。
私たちはベルリンでのリバティーンズ公演と、ヤニーネビーンギャラリーで開催される彼の新しい展覧会のオープニングに同行した。巨大なマスティフ犬グラディスは、常に彼のそばを離れない。だがまずは、希望について彼と話をしたかった——他に何があるだろう?
Photo by Roland Owsnitzki
僕が一番信じているのは”対話”なんだ
―いま、あなたに希望を与えてくれるものは何ですか?
希望ってのはね、アメリカの詩人エミリー・ディキンソンみたいなものさ。羽のある、つかみどころのない存在。でも、それを見つけたときには、それは目の前にあって、餌を与えることもできるし、自分がそれに養われることもできる。そして他人の希望が、自分自身の希望になるんだ。
—ノルマンディーでの暮らしや、「Calvados」という新曲に出てくるリンゴ酒のことですか?
うちの村ではね、村長が地元の農家の一人を説得して、クリスマスになると子どもたちを馬車に乗せて無料で村の広場を一周してくれるんだ。馬車にはクリスマスのライトが飾られていてね。その農家の人は、カルヴァドス工場で働いてて、シードルも作ってる。だから、彼のためにその歌を書いたんだ。
―「Pot Of Gold」は娘への子守唄ですが、テンポが速くて眠くなる感じではないですね。
機嫌の悪い娘のそばで、なんとか曲を書こうとしてる歌なんだよ。すごく個人的なことだけど、彼女は僕の生活の大きな一部なんだ。一日中ずっと一緒にいるから、書かない方が不自然なくらいさ。
—もうすぐ2歳ですよね。今でも夜更かししてるけど、別の理由で起きてるってこと?
いや、全然そんなことないよ。彼女はほんとによく寝てくれる。みんな”夜が大変でしょ?”って聞いてくるけど、うちの子は天使のように眠るんだ。
―今の時代は政治的にも暗い雰囲気がありますが、何があなたを幸せにしてくれますか?
たくさんあるよ! まず一番大事なこと——スタン・ボウルズは亡くなったけど、彼は僕たちといつまでも一緒にいる。
—伝説的なサッカー選手ですよね?
そう、その通り。クイーンズ・パーク・レンジャーズの偉大な魂は、今もさまざまな形で生き続けてる。それに、まだ若者たちがギターを手に取ってる。ロックンロールが魂を救うなんて馬鹿げてると思う人もいるけど、実際に救えるし、何度でも救ってきた。それだけで十分に幸せになれる理由さ!
―そんな”希望の島”を見つけることは、絶望しないためにどれだけ大切ですか?
ちゃんと目を凝らして探さないといけないね。確かに、僕たちはこの地球をめちゃくちゃにしてしまった。今や昔ながらの森を見つけるのも難しい。でも、まだあるんだよ。重機も飛行機も入れない、遥か遠くの場所が。イーロン・マスクでさえ辿り着けない場所さ。それが僕を幸せにしてくれる。今、僕は”自給自足的な自由な生き方”っていう考え方に興味があるんだ。土地を見つけて、ニワトリを飼って、新鮮な水と太陽エネルギーで生きていく。人間って、もともと独立と自由を目指す生き物なんだよ。
—それって、今の状況では少しナイーブな見方ではないですか?
全然そうは思わない。プーチンは独裁者だけど、仮に彼の動機が本心だったとして、もしウクライナを西側に渡したくなかったなら、ウクライナの人々に向けて詩や美しい歌を書いて、自分の気持ちを伝えることだってできたはずだ。そうすれば、少なくとも何人かは心を動かされたかもしれない。でも彼が選んだのは、暴君的な手法と戦車だった。
—つまり、あなたは「芸術の解放的な力」を信じているんですね?
重度の精神疾患に苦しんでいるとき、音楽はプロザック(抗うつ薬)と同じくらい効果があることもある。でも、僕が一番信じているのは”対話”なんだ。僕の家族の中には、政治的な信条が合わない人もいるけど、だからといって、クリスマスに会いたくないわけじゃない。むしろその逆で、彼らの言論の自由を守るためなら、いつだって声をあげるつもりだよ。僕たちは健全な議論が必要なんだ。……で、今まさに、それで心を痛めてることがある。
—なぜですか?
モリッシーが、リバティーンズに共演してくれないかって頼んできたんだ。自分が”キャンセルされた”って感じてるらしい。でも、モリッシーはここ数年、人種差別的、国家主義的、陰謀論的な発言を繰り返してきた。
—その彼と、あなたは何を話したいんですか?
まさにそのことさ。彼と向き合って、「憎むのは簡単だけど、優しく、友好的でいるには勇気が必要なんだ」って言いたい。でも、他のバンドメンバーたちは、彼と一緒に名前を並べるのは気が進まないらしい。モリッシーのアーティストとしての功績は尊敬しているけど、彼らは断った。それに僕は怒ってない。むしろ、それは理解してる。でも、残念だとも思う。どこか深いところには、昔のモリッシーがまだいるんじゃないかって。たとえば、近くの難民センターに行って、スープでも作ってあげればいいのにって思うんだ。
ベルリン・コロンビアハレのステージにてカール・バラー、ドラマーのゲイリー・パウエル、ベーシストのジョン・ハッサルは、サックス奏者で英国のミュージシャンLuvcatとリハーサル中。会場はまだ空っぽで、リバティーンズはLuvcatとのデュエットを後ほど披露するためのサウンドチェックを行っている。Luvcatはオープニングアクトも務める。
バックステージはまるで蜂の巣のような賑わいで、その雰囲気はプロフェッショナルで退屈な大規模プロダクションの一般的なルーティンとはかけ離れている。まるで学校の遠足か、新人バンドの初ライブのようだ。
ピーター・ドハーティは廊下を走り回り、冗談を言ったり、みんなに気さくに話しかけたりしている。彼の妹エイミー=ジョー・ドハーティも自身のバンドでオープニングアクトに参加しており、
周囲の人たちの腕や手にハートマークを描いてまわっている。
外では、すでに数百人のファンが満員御礼となった会場の前に列をなしている。本来なら1時間前に開場しているはずだったが、まだ3組のサポートアクトによるサウンドチェックが続いている。
時間潰しに、ドハーティは刷り上がったばかりの新しいファンジンの束を手に取り、会場の最前列に並ぶファンに自ら売り始めた。
開演予定から1時間以上遅れて、リバティーンズは怒涛のライブを繰り広げる。その後、バックステージで彼と愛犬グラディスに再会した。
Photo by Roger Sargent
2005年のピーター・ドハーティに伝えたいこと
—「アルビオン」とは何ですか? あなたがリバティーンズ初期からイメージしてきた、神話的で幻想的な理想郷のような場所は。
まず第一に、古代ブリテン島の呼び名だよ。かつてイングランドは、小さな島で、一面にオークの森が広がり、青く身体を染めた野蛮なケルト人やピクト人が太陽を崇めていた。彼らはオークの木々を舟にして世界中を旅し、戦争をして、”大英帝国”を築いたんだ。そしてついには、新しい舟をつくる木が一本も残らなくなった。
—それがロックンロールとどう関係するのでしょう?
もちろん奴隷制や支配の話じゃない。でも、彼らは狂気じみた使命を持って旅立った。そして、それは僕たちにも言えるんだ。仲間と、冒険と、音楽を求めて、僕たちも世界に出て行った。僕たちは、自分たちだけの”アルカディアの夢”をつくりたかった。それは愛の夢であり、同時に——、
—若さゆえの無鉄砲さ、疎外感、孤独でもあった?
そう。僕らが感じていた絶望と幻滅に、抗おうとすることだった。特にカールは、未来やこの星、そして自分自身について、すごく悲観的だった。だからこそ、彼から希望をもらった。彼がバンドを始めたから、僕は彼を信じていた。”世界がそれを認める日が来る”って、何度も言ってきた。そうやって僕らは、お互いに希望を与え合ってきたんだ。
—その”希望”は今、どうなっていますか?
今ではずっと健全な関係になってるよ。今朝もその話をしたんだ。昔は長距離移動のバスの中で酔っぱらって、曲を書いてた。でも今は完全にシラフで、早めに寝る。いいステージをやりたいからね。だから彼に聞いたんだ、「じゃあ、これからの曲はどうやって生まれるの?」って。そしたら彼が、「シラフで座って曲を書いてみればいい」って。ラディカルだけど、やってみようと思ってるよ。
ベルリン・ミッテのヤニーネビーンギャラリー。ピーター・ドハーティは愛犬グラディスとともに入り口に立ち、ゲストを迎える。彼のベルリンでの2度目の展覧会で、タイトルは新作ソロアルバムにちなんで『Felt Better Alive』。まずは招待客と、取材の記者やカメラマンたちが小さなギャラリーに集まる。明るい照明の中、フラッシュがたかれ、小グループごとに人々が語り合いながら、ドハーティのコラージュや絵画、ドローイング、インスタレーションを鑑賞している。彼は自らの血で描いた作品も展示しているという。
ドハーティは落ち着きなく部屋を歩き回り、自撮りに応じ、軽い世間話を交わし、ギャラリーの奥のやや暗がりの部屋に姿を消す。2日間にわたるライブ、取材、撮影、無数の出会いの後、空腹なのがありありと伝わってくる。
Photo by Roger Sargent
—今回のアルバムの曲は、奥さんの妊娠後期に書いたんですよね?
そう、だいたい出産の2~3週間前に一気に書いたよ。病院に向かうとき、一緒に数日間泊まってたんだけど、ちょっとしたトラブルがあってね。彼女は大量出血して、救急に運ばれたんだ。だから僕は赤ん坊を抱えて、片手でギターを弾いてあやしてた。そのときは泣かなかったよ——でもカティアの実家に向かう途中の車の中で、初めて泣いて、それが本当に美しい音だった。「この家で赤ちゃんの泣き声を聞くのは30年ぶりよ」って、カティアの母親が言ってたよ。そのときのことが、曲になってる。
—今回はマイク・ムーアと一緒に作ったんですよね。彼はバクスター・デューリーのプロデューサーで、リアム・ギャラガーのバンドでもギターを弾いています。
マイクがいなかったら、このアルバムは完成しなかった。彼はすごく優れたギタリストでソングライター。僕は会いに行って、古いディクタフォンを取り出した。機械系には弱いんだ。でもマイクはその録音をうまくパソコンに取り込んでくれて、一緒に何百ものファイルを整理した。ほとんどが断片的なアイデアばかりだったけどね。このアルバムは、小さくて、だけど力強くて、ちょっと風変わりな物語が時期にふさわしいかたちで並んでる。
—最後に、もしタイムマシンで2005年のピーター・ドハーティに会えるとしたら、どんな言葉で希望を伝えますか?
究極の希望のメッセージを送るよ! 当時の僕は、ファンジンを作るのが夢だった。クイーンズ・パーク・レンジャーズのファンジンとか、詩のファンジンとか、何でもいい。「あきらめるなよ」って言いたい。”チャンスは来る。赤ん坊もできるし、ファンジンも出せる。だから、進み続けろ”って。
ギャラリーが一般公開されると、ドハーティは近くのレストランへ食事に向かい、次の移動に備える。その前に、彼は私たちに例のファンジンを渡し、こう言った。
「10ユーロお願い。どうしてもね、ギリギリの予算でやってるからさ」
ピーター・ドハーティはスマートフォンを持っておらず、SNSもやっていない。最近ようやく運転免許を取り戻した。彼は車でブリットポップのミックステープを聴きながら走るのが大好きだ。
彼のファンジンは、破かれたメモ、タイプライター文字のアート、セットリスト、イラスト、手紙、写真などがごちゃまぜになった、彼らしいアートの集合体。表紙にはノルマンディーのホテルの住所が印刷されており、次号への投稿が送れるようになっている。
「良い文章には最大600ユーロ払うよ」と彼は言った。
そしてピーター・ドハーティはベルリンの夜へと消えていった。バスはすでに彼を乗せてヴィースバーデンへ向かう準備ができていた。
ピーター・ドハーティ
『Felt Better Alive』
配信中
https://peterdoherty.orcd.co/feltbetteralive
レーベル:Strap Originals
=収録曲=
1. Calvados
2. Pot Of Gold
3. The Day the Baron Died
4. Stade Océan
5. Out Of Tune Ballon
6. Felt Better Alive
7. Ed Belly
8. Poca Mahoneys
9. Fingee
10. Prêtre De La Mer
11. Empty Room