
ここ数年、アストンマーティンが2台のハイパーカーを世に送り出したのはご存知の通り。昨年からいよいよ納車デリバリーが始まった「ヴァルキリー」に続き、ハイパーカー第2弾となる「ヴァルハラ」が上陸、ハウス・オブ・アストンマーティン青山でお披露目が行われた。対象は無論、すでにオーダーを入れているオーナーたち。その後にプレス関係者という枠組みのようだった。
【画像】日本で披露されたアストンマーティンのハイパーカー、ヴァルハラ(写真15点)
今回のヴァルハラは納車される市販車両そのものではなく、生産版とまったく同じ仕様として検証確認のために用意された、いわゆるシリーズゼロ。テスト走行を繰り返しては頻繁にエンジンルームにアクセスする名残りで、便宜上リアボンネットフードにワイヤーオープナーが備わる以外は、市販バージョンとしてオーナーに披露するにふさわしい仕上がりであると、アジア・パシフィックおよび日本地区のQスペシャル・プロジェクト・セールスのヘッド、サム・ベネッツ氏は胸を張る。残念ながらボンネット下のパワーユニットは非公開だったが、今回を機に来日したデザイナー、チーフ・クリエイティブ・オフィサーのマレック・ライヒマン氏はこう述べた。
「我々が手がけるミドエンジンのハイパーカーとしては自然吸気V12を積んだヴァルキリーが先行していましたが、ヴァルハラもアストンマーティンF1チームに戻ってきたエイドリアン・ニューウェイと密に組んで設計したもので、我々にとってミドエンジン・カーの領域をきっちり定義するという意味で、とても重要な車なのです。フードの下にはV8のハイブリッドが収まっていて、それに基づくAWDとなっています」
当初、言われていたようなV6ユニットではなくヴァルハラにはV8、アストンマーティンの他モデルと同じくメルセデスAMGから供給されるV8が積まれている。しかしヴァルハラ用のそれは、フラットプレーンのクランクを採用してカムシャフトも専用仕様、ドライサンプ化されマッピングも当然ながら独自仕様とし、ゲイドンで組み立てられるなどV8ハイブリッドとして頂点となるパワートレインだという。
「加えて999台という台数は、限定とはいえアストンマーティンにとって初の量産ミドシップ・カーのようなものです。PHEVでAWD、リアに1基、8速DCTに組み込まれたモーターと、フロントにも2基のモーターを組み込んでいる点で、ハイパーカー市場では唯一無二の存在ですが、この車を本当に唯一無二にしているのは、そのコーナリング能力の高さなのです。フロントの左右輪のトルクをベクタリングで制御するだけでなく、前面のロワーウイングから車体のアンダーフロアまでもが、ドライビングの仕方や速度に応じて空力的に変化する。空力デバイス自体がインテリジェント制御かつアクティブなシステムのひとつというわけです」
フロント周りのみならず、前面からエアを積極的にとり入れては車体の内部やアンダーパネル、ボディ周りを通すボディワークには、機能的でないものはひとつもないと、ライヒマン氏は胸を張る。最大で600㎏以上のダウンフォースを生み出す空力デバイスは、減速時はリアウイングを立ててエアブレーキとするなど、積極的に車体の姿勢制御に用いられる。フロントフェンダー内からサイドにかけてのエッジは、F1のサイドポンツーンそのものを、より大きな骨格のボディシェルで覆ったような造りだ。またサイドスカート後端の細かなカナード翼が連続した形状は、高速走行時に後輪の表面に生じるタービュランスを潰してリアに整流する役目があるという。最新にして、最高にインテリジェントな制御を行うエアロダイナミクスの知見が、ボディのそこかしこから香り立つのだ。
アストンマーティンがほぼ同時期に、しかし少しの間をおいて、ヴァルキリーとヴァルハラというタイプの異なる2つのハイパーカーを開発した理由はここにある。NAのV12に基づき、いかにもLMハイパーカー的ないでたちをしたヴァルキリーが、既存のテクノロジーやモータースポーツ・レギュレーションの解釈を突き詰めて生まれたハイパーカーとすれば、ヴァルハラはプラグインハイブリッドやアクティブ統合制御といった相対的に新しいテクノロジーをアストンマーティンとして徹底して煮詰めた存在といえる。
「ヴァルキリーよりヴァルハラは、ずっと公道向け。ヴァルキリーももちろんロードカーですが、車として快適に公道で使うにはそれなりの困難、たとえばキャビン内でも120デシベルぐらいの高いノイズ・レベルが伴うといった難しさはどうしてもあります。それだけエクストリームなパラメーター設定、サーキットでのパフォーマンスに寄せた一台ということです。でもヴァルハラもアストンマーティン・パフォーマンス・テクノロジー社と共同開発したカーボン・シャシーで出来ているとはいえ、よりロード・ゴーイングカーであるといえます。シャシーと空力の重要部分にはF1チームが関わっています。ストロール氏が会社を引き継いで以来、F1にかなりの投資をしているのは周知の通りですが、その恩恵がロードカーとしてとくに表れているのがヴァルハラなのです」
ディヘドラル開閉のドアからコクピットへのアクセスは想像以上にエルゴノミックで、サイドシルを跨ぐ以外は乗り込みにコツは要らない。毎日乗っても疲れないハイパーカーであると、ライヒマン氏は強調する。
「それでもドライビングポジション的には、ヒップポイントより踵の位置がやや高くなること、F1マシンに乗り込んだような姿勢がとれるようにしています。ヴァルキリーとの違いは、乗員2人が快適に並列できるキャビンであること」
乗り手がドライビングにひたすら集中できること、路上だけに集中できるようなインターフェイスが、ヴァルハラの特徴という。PHEVゆえのバッテリーは7kWhと小さ目で、ヒップポイントのすぐ後ろに配置されており、そもそもエネルギーの放出と回生を素早く行うタイプだとか。ハイブリッド・システム自体は400V規格だ。またダッシュボード上面がダークトーンのアルカンターラ張りであることが推奨されるのは反射防止のためだが、カーボンのセンタートンネルやアルミニウムから削り出されたスイッチ&レバー類の素材感に、チートは一切ない。何なればカーボンも目地入りかマットなものかなど、各種選べるほどだが、エクステリアの目地入りカーボンのガーニッシュを見て笑ってしまった。
「そう、センターで左右対称に目地を合わせて、伝統的なツイードのようなヘリンボーン柄にしています。これを継ぎ目なく合わせるのが、Qのワークショップの手際よさなんですよ」
実際、ヴァルハラが1079psという怪力とハイパフォーマンスだけを売りにするハイパーカーでないことは、カーボンのボディパネルの仕上げのクオリティにも見てとれる。軽量化目的だけのカーボンあれば、目地の凹凸が残っていて、ペイントは平滑でない面にそれこそ載せられただけで、塗り肌も発色も質感も冴えない。ところがヴァルハラのそれらは、ウレタンコートをかけて磨いて平滑にした上で、アストンマーティンならではの特別な外装色が再現できるよう、加工から発色まで繰り返し再現できるよう、手の内化しているというのだ。
「この色は、V12ヴァンテージが2000年代に登場した時に作ったものです。Y2Kスタイルといっていいかもしれません」
「これはDB6が採用していたものだから、1960年代。ヴィンテージ・テック風に仕立てるならいいチョイスですね」
「フロントグリルは、クラシック風にするならアルミニウムもアリですが、外装色がすでにクラシックだから、むしろマットなカーボンの方をお勧めします」
「センタートンネルのカーボンは、むしろ目地ありの方がいいのでは? 試してみましょう」
「シートバックのロゴは、これだけは言わせてもらいます、絶対にシリコンのエンボスじゃなくて刺繍にしましょう。前者はモダンかつデジタルな雰囲気にするにはいいけれど、せっかく仕立てた内外装が後者でないと台無しになってしまいますよ」
自分のための1台を仕立てるのはつねに楽しいものだが、ああでもない、こうでもないというやり取りを、デザイナーとQ部門のセールス責任者が丸々つきあってくれるのだから、並のそれ以上に楽しくないはずがない。しかもアストンマーティンがオペレートするコンフィギュレーターのCGはパワフルで、日中の自然光から街の夜灯り、背景やシチュエーションをも変えて、異なる仕上がりアスペクトを見せてくれる。
英国といえば当然、サヴィルロウのようなスーツのビスポーク・サービスで知られるが、アストンマーティンのパーソナライズ、ヴァルハラを仕立て上げる体験は、まさにハイパーカーでそれを体現していた。どんな経験かといえば、オーダースーツと掲げながらすっかりファクトリー・メイドで効率重視のパターンオーダーばかりになった今の日本では、かなり形容しづらく想像させづらい、何かではある。生地の素材や質感から選択して、いついつどういう機会に着用するスーツまたはジャケット&トラウザーといった用途も伝えつつ、芯地は天然素材で最低2回以上の仮縫いを経て、ラペルやポケットや袖口の仕様、ボタンの素材まで指定して、手縫いで形づくられるような、文字通りのメイド・トゥ・メジャーあるいは「丸縫い」の服というのは、それこそ身体に吸いつくような自分専用の品となる。
ハイパーカーが、そうした方法論で仕上がってくるであろう(今回は無論オーダーはしていない)感覚は、当たり前だがオーナーにしか味わえない。残価設定とコスパを気にしながら買い求めては、キズがつかないようちょい乗り急加速に終始する、そんな凡百のスーパーカーでは経験できない何かではある。ただし、それは選べるディティールや用意されるサンプル数があれこれ多いとか、仕上げが素晴らしいから、といった話ではない。大いに会話を楽しみながらひとつのピースを仕立てあげることが、大人の遊びの最たるもののひとつであること、それがアストンマーティンのビスポークからは感じられる。
車1台が、互いに耳を貸す(ビスポークはBe spokenに由来する)ことで完成に至るピースであることに、新鮮な驚きを感じながら筆者が仕立てたヴァルハラは、これが仮縫いに相当するのだろう、ヴァーチャルなCG合成画像としてカタチになった。自分の記憶の中で、どうやらカラーリングの気に入っていたマセラティMC20チェロの直近の広報車やアルピーヌA110の以前の限定モデルのイメージが、重複していると感じた。こうしたハイパーカーをオーダーする顧客層は、他にも様々のブランドのスポーツカーを複数所有しているタイプが多いとは聞く。だからこそ、それでも英国車ならではのスモーキーな色合いと、飽和したブルーのアクセントを入れたにもかかわらず、アンダーステイトメントな佇まいはアストンマーティンらしいと思う。
ちなみにライヒマン氏いわく、
「1億2890万円~という車両価格は、エキゾチック系のハイパーカーと比べてみても、盛り込まれているテクノロジーの先進性を鑑みれば、決して高いわけではないと思います」
とのことだ。ビスポークによるワンオフに近いピースとは、そう、オーナーがその価値を認められることにこそ存在理由があるのだ。
文:南陽一浩 写真:アストンマーティン
Words: Kazuhiro NANYO Photography: Aston Martin