
ベーシストのアダム・ニーリー(Adam Neely)とドラマーのショーン・クラウダー(Shawn Crowder)から成るニューヨークのインストユニット、サンゲイザー(Sungazer)。ジャズ、フュージョン、ロック、プログレ、メタル、エレクトロニックミュージックなどを自在に融合させた、”ジャズ演奏家によるジャズらしくないサウンド”を鳴らす異端バンドが、5月23日(金)に東京・代官山UNITで初来日公演を開催する。この公演にはメンバーの2人の他、前座を務めるゲーム音楽作曲者のボタン・マッシャー(Button Masher)らを含む5人編成のバンドでステージに立つ。
バークレー音楽大学を卒業しているアダムは、音楽理論やベースギターの奏法を分かりやすく解説し、ミュージシャンとしてのツアーライフなどを紹介するYouTuberとしても大人気。彼のYouTubeチャンネル登録者数は今や180万人超えを記録。音楽的背景やバンドの歴史から、YouTuberとしての活動、来日公演や日本の音楽についてまでニューヨークのアダムにリモートでインタビューを行った。
左からアダム・ニーリー(Ba)、ショーン・クラウダー(Dr) Photo by Jeanette D. Moses
2024年の最新アルバム『Against The Fall Of The Night』
ジャズ×電子音×メタルの架け橋
ーヨーロッパツアーから戻ったばかりとか。
アダム:戻ったのは昨日かな(笑)。ぶっ続けで2週間、1日も休まずライブ、ライブ、ライブというツアーで、あっという間だったよ(笑)。
ー5月に日本に来られますが、日本は初めてですか?
アダム:ショーンは行ったことがあるけれど僕は初めて。バンドとしても初めてだよ。初めてのオーディエンスだから、どんなライブになるかはまったく分からないけど、異国の人々と会うのはとても楽しいし、すごく楽しみにしているよ。
ー普段のライブでは、どのような観客が多いですか?
アダム:音楽学校の生徒や音楽ナードが多いかな(笑)。大体どこに行ってもそうだから、日本もそうかなと勝手に想像しているよ。オタク系の音楽ファンって熱いんだよね。17歳の自分自身を見てるみたいでパワーがもらえるし、エネルギーも湧いてくる。
ー今回の来日公演にはアダムとショーンの他に、サポート・ミュージシャンも率いる予定だと聞いています。
アダム:うんうん、曲を書いたり、バンドの顔としてのメインは、僕とショーンの2人。でも、今回は5人編成のバンドで日本に行く予定で、5人編成でツアーをするのはこれが初めてなので、なおさら興奮してるんだ。サポートメンバーは、ギターがジョシュア・デ・ラ・ヴィクトリア(Joshua De La Victoria)。彼は信じられないほど素晴らしいプログレッシブギタリストで、卓越したピッキングテクの持ち主。作曲も最高なんだ。彼はヴィクトリア(Victoria)とポートレイツ(Portraits)という別のバンドもやっている。サックスは、長年一緒に活動してきたジャレド・イー(Jared Yee)。彼はソロでアヴァン・ジョージ(Avant George)というプロジェクトでも活動しているけど、ずっと僕たちとも一緒で、たぶんもう5〜6年になるかな。ボタン・マッシャー(Button Masher)ことジェイク・シルヴァーマン(Jake Silverman)は、優れたキーボード奏者で、古いビデオゲームの音色を使って演奏する。スーパーファミコンやセガジェネシス(メガドライブ)などの音色を、ジャズやフュージョンの文脈で解釈している。この3人と一緒に行く予定だよ。過去3〜4年ぐらい一緒に演奏してきたメンツだから、すごくいいステージになると思うんだ。
ジョシュア・デ・ラ・ヴィクトリア、ジャレド・イーが参加したパフォーマンス映像
ボタン・マッシャーの演奏。『ソニック・ザ・ヘッジホッグ3』より「Hydrocity Zone Act 2」ピアノとファミコン音源で奏でるジャズ・フュージョンアレンジ
ー最新アルバム『Against The Fall Of The Night』の楽曲をメインしたステージになるのではないかと思うのですが、サンゲイザーを始めた頃はEDMと紹介されたり、今ではエレクトロジャズというのが多いようですが。実際どのような呼び方が相応しいと思われますか?
アダム:それって僕たちにとってもずっと悩みの種なんだよね(笑)。すごく多様なジャンルの音楽から影響を受けているから…ジャズ・フュージョン、ジャズ・フュージョン・プログレなどと分類されてきた。実際、ジャズやフュージョンからの影響は多大だからね。それがコアとなっているのは確か。でもプログレッシブロックやメタル、それに電子音楽からの影響も受けている。ファンの中にはロックやメタル寄りの人もいれば、ジャズやフュージョン寄りの人もいて、そっちの方が多いかな。ジャズとメタルという2つのコミュニティを繋ぐ架け橋という気も。電子音楽のテクスチャーとジャズのインプロを兼ね備えるというアイデアは、ジョジョ・メイヤー(Jojo Mayer)や彼のバンドのナーヴ(Nerve)からの影響が大きいんだ。あとエヴァン・マリエン(Evan Marien)とダナ・ホーキンス(Dana Hawkins)のバンドからの影響も。分類するなら、とりあえず僕たちはエレクトロジャズでもいいかな、という気がしている。でも、あとメタルも少々ね(笑)。
ーメタルとジャズの要素を融合させているアーティストといえば、他にはどんな人が?
アダム:ティグラン・ハマシアンがそうだよね。僕たちがすごく尊敬しているアルメニア人ジャズピアニストで、メタルバンドのメシュガーから多大な影響を受けている。おそらく彼が、僕たちのやっていることに最も近いアーティストじゃないかな。あとルイス・コールもメタルじゃないけど、ノウワーというバンドでやってることは、僕たちと近い気がする。一般的なジャズじゃないけど、ジャズミュージシャンがジャズとは聴こえない音楽をやっているという意味で……ああ、それが僕たちのジャンルかな(笑)。
YouTuberとしても大人気、アダム・ニーリーの半生
ーアダムは、どのような音楽的背景からベースを持つことに?
アダム:育ったのはけっこう音楽一家で、母が歌手で歌唱指導をやっていたり。僕も子どもの頃からピアノを習っていたよ。13歳の時に学校でバンドをやることになり、ベーシストが必要だったので「僕がやるよ!」って引き受けた。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのベースラインをコピって勉強したよ。その後、ギターも少しやったけど、結局ベースの方にどんどん嵌っていった。父から貰ったジャコ・パストリアスのデビューアルバムに、ぶっ飛んだのを覚えている。父はミュージシャンでもないし、よく分からずに買ってくれたようなんだけど(笑)。以来、ずっとベースを学んで弾いてきた。
ーバークリー音楽大学を卒業されたのは、どのような将来像を描いていたからですか? ロック/ポップアーティストにはバークリーで学んだ人がけっこういるけれど、あまり卒業した人は多くないような……。
アダム:アハハハ! 僕はバークリーでジャズ作曲科という小さな学部で学んだよ。多くの人はパフォーマンス、音楽ビジネス、音楽エンジニアリングなどを学ぶかな。僕はそこで作曲を学び、ビッグバンドの作曲に夢中になったり、刺激も多かった。エヴァン・マリエンをはじめ、いろんな人たちとも出会えたし。実際には早期卒業で、ジャズ作曲を教えたり聴覚訓練の教師になりたいと考えていた。今でもその気持ちは変わらないけど、全然違う音楽の道に入って、今に至るわけだけど(笑)。機会があれば教師もやってみたいと、今でもその夢は抱いているよ。
ー代わりにYouTuberとして教師をやっている感じもあるのでは?
アダム:確かにそう。大学で得た知識や修士号を活かしたいと思っていて、多くの人たちと共有したいんだ。もう10年以上やってるけど、未だにすごく情熱をもっている。ただオンラインだと対面と違って、フィードバックがほとんど得られないのが悩ましいところ。知識を伝えることはできても、学生から学んだり、深い関係性を築けないのが問題なんだ。その点、僕には多くの素晴らしい先生がいてくれて、励ましてくれて、影響を与えてくれて、僕はすごく先生たちに憧れていた。そんな僕の体験を、YouTuberとして少しでも継承したいんだ。
アダム・ニーリーによる人気動画の一例。サンゲイザーの楽曲を含めて、ベース奏法の解説動画を多数アップしている
「The 7 Levels of Jazz Harmony」──ジャズにおける和声技法を7つのレベル(辛さ)に分類、様々な楽曲を取り上げながら解説する人気シリーズ。上掲の動画では、リゾ「Juice」のサビをリハーモナイズしながら分析して480万回再生を突破
ー今やYouTubeチャンネルの登録者数は200万人近くに上ります。動画を観てライブに来てくれる人も多いのでは?
アダム:そもそもサンゲイザーを始めた頃、ライブを観に来てくれる人の大半が僕のYouTubeチャンネルの視聴者で、バンドとしてもありがたかったよね。でも、ここ数年、急激にチャンネル登録者数が増えたのも確かだけど、Spotifyで聴いた人、いろんなツアーに参加してきたから、それで知ったという人などもいて、いろんなパターンがあるようなんだ。YouTubeの僕のファンは本当に熱心で、なんでもよく知っている。ライブ中にジョークを飛ばすと、ミームみたいにすごくウケるんだ。内輪ネタって感じで。そういうのも嬉しいかな。
ー元々サンゲイザーのためにYouTubeを始めたとか?
アダム:いやいや、そうじゃない。サンゲイザーを始めたのは2014年で、YouTubeは2006年から。まあ、最初の頃はランダムに動画をアップしていただけで、定期的にやり始めたのは2016年頃から。サンゲイザーは僕とショーンのサイドプロジェクトとして始めたもので、最初はそれほど活発に活動していなかったんだ。ショーンはチュニジア出身のエメル・マトルティ(Emel Mathlouthi)というシンガーのバンドに参加していたし、けっこう頻繁に世界中をツアーしていたから。僕たちがサンゲイザーの活動に集中し始めたのはコロナ禍が明けてから。そして1stフルアルバム『Perihelion』をやっと発表したのが2021年。結成から7年も掛かっている。それまでに短い作品集のEPは幾つか発表してたけど。
2018年のライブ映像。アダムとショーンの二人で演奏
ーショーンとサンゲイザーを結成したのは、2人でどのような音楽をやりたかったからですか?
アダム:エヴァン・マリエンとダナ・ホーキンスのバンドを観たのがきっかけだった。ブルックリンのシェイプシフター・ラボ(ShapeShifter Lab)というクラブで、マット・ガリソン(Matt Garrison)という優れたベーシストが経営しているんだけど、そこでエヴァンとダナの演奏を数回観て、彼らのサウンドや、そのシーンに惚れ込んだんだ。さっき話したジョジョ・メイヤーやナーヴなんかもそうだし、ミスター・バリントン(Mister Barrington)なんかもそう。ニューヨークのジャズミュージシャンたちが集まり、電子音楽やジャズを融合させているのを観て、僕たちもそういうのをやりたいって始めたものなんだ。
当時ショーンと僕は、ブルックリンのサウスウィリアムズバーグの地下アパートに一緒に住んでいて、いろんなバンドやプロジェクトで一緒にプレイはしていたけれど、そろそろ自分たちのバンドを作って本気で打ち込みたいなと。そういう思いでサンゲイザーの前身バンドのインサイド・アウトサイド(inside//outside)を始めたんだけど、メンバーだったベルギー人ピアニストのウィム・レイセン(Wim Leysen)が母国に帰ってしまって、ショーンと僕の2人でサンゲイザーを結成した。いろいろ試したいこと、探求したいことはあったけど、特に目標は定めずに。それにしても、ここまで来るのにけっこう時間が掛かっているよね。サンゲイザーとして10年以上も。でも日本に行って演奏できるなんて思ってもみなかった。
日本の音楽について、来日公演の抱負
ー今回の東京公演はツアーの一環ではなく、アジア全域でこの1回のみのようですが(後に中国公演が追加された)。
アダム:そうそう、でも僕たちはツアーと呼んでいる(笑)。実際には1回きりだけど、公演の4〜5日前には日本に入ってブラブラする予定。時差ボケとか体調を整えたりする必要もありそうだし。
ーツアーといえば、YouTubeのギグVlogが個人的に大好きなんですが、日本滞在中に何か撮影する予定は?
アダム:絶対何か撮影するとは思うけど、まだ決めてないんだ。ショーンもYouTuberだし、僕より小規模だけど、同じようなスタイルで撮影しているよ。ギグVlogは、僕たち自身もやってて楽しいし、僕らの日常や出来事を実際に観てもらえるのは、とても嬉しいんだ。あとツアーはライブと移動の連続だから、こうして記録しておくと、後から観直せて僕たちも忘れないし。ツアー中は、素晴らしいこと、興奮することがいっぱいあるけれど、とにかく遂行しなきゃと必死だから。東京でも絶対何か撮影したいな。
「ツアー中のミュージシャンが過ごすリアルな一日を覗いてみよう」という趣旨のVlog
「カオスだった」というヨーロッパツアー(2023年11月)を記録したギグVlog
ーブルックリンの桜祭りでJ-Music Ensembleのステージに参加したエピソードも、とても興味深かったです。
アダム:僕自身はそれほど日本の音楽を知らなくて、知ってるのはカシオペアとT-SQUAREくらいかな。しばらく東京に住んでいたパトリック・バートリー(Patrick Bartley)からいろいろ教えてもらっている。動画の中でも彼が話していたけど、言語と言語特有のリズム感が音楽に大きく影響しているという指摘は、日本の音楽のリズム感が、僕の知ってるジャズとは何か違うと感じていた僕にはとても興味深かった。あと日本のメロディのハーモニーの素晴らしさは特筆ものだよね。東京ではあちこち行きたいし、もしジャムセッションとかやってる場所があったら参加したいな。お薦めの場所とか知ってる人がいたら、是非とも教えてほしいな。
「J-Music Ensembleと一緒に演奏をする機会があったので、フロントマンのパトリック・バートリーにインタビューをしました。アメリカ人のジャズミュージシャンである彼が、何故J-Popやアニソンにハマっていったのか、そして演奏家として感じる2つのジャンルの類似点や相違点について話を聞きました」(2019年の動画)
ーサンゲイザーはロックバンドが出演するようなクラブをツアーすることが多いようですが、ジャズミュージシャンの中に、こういう会場で演奏するアーティストは多いのですか?
アダム:いや、ジャズバンドでは珍しいかな。普通のジャズバンドは、こういうツアーはなかなか難しいと思うんだ。大抵アコースティックピアノが必要だから。インディロックバンドが出演するようなクラブにピアノはまずないし。だったら電子ピアノで演奏すればいいと思うかもしれないけれど、全然違ってる。PA周波数が特定の音域だけ強調されていたりして、ジャズバンドに向いていないんだ。一般的なジャズバンドは、それ用に音響が整備された小さなジャズクラブの方が適している。でも僕たちはアコースティックピアノを必要としないし、こういうロッククラブで大丈夫なんだ。僕たちの周りには、けっこうこういうツアーをやってるミュージシャンも少なくないよ。マイケル・リーグのスナーキー・パピーも、僕たちが欧州ツアーで演奏したのと同じクラブを回っていたし。彼のバンドもジャズやファンクを大音量で演奏するから、ジャズ向きの会場じゃない方が適しているんだ。
ー少し漠然とした質問になりますが、なぜジャズの人気が広がらないと思われますか? 特に若い人たちの間ではあまり聴かれていない……。
アダム:うんうん、僕が思うには、ニッチな音楽であることは確かだから。あと音楽は、聴いた時に心情的に繋がりを感じられることが必要だと思うんだ。音楽は単なるサウンドではなくカルチャーであり、人々にコミュニティの一部に属する感覚を与えてくれるものだから。でもジャズの場合、多くは歌詞がなくて、人との繋がりを築きにくいんだよね。僕たちの音楽は一般的なジャズと違ってはいるものの、僕のYouTubeチャンネルと併せて、若い人たちがジャズを聴くきっかけになれば嬉しいよね。
ー自分たちの音楽が難解にならないように心掛けていたりは?
アダム:うん、心掛けはする。でも、自分たちのやりたい音楽は変えないよ。
ーええ、それを聞きたかったんです(笑)。
アダム:ハハハ! 自分たちの音楽を変えずに、どうすれば皆を引き込めるかは、常に考えている。僕とショーンはミュージシャンだけど、バンドとして如何に魅せるかも大切だと思っている。観客と一緒になって手を叩いたり、カウントしたり、ジョークを飛ばしたり。そもそもシリアスなバンドではないし、楽しくやりたいんだよね。スナーキー・パピーのメンバーも参加するゴースト・ノート(Ghost-Note)は最高のファンクバンドだけど、彼らと短期間ツアーをした時、すごく影響を受けたんだ。ドラマーのスパット(Robert ”Sput” Searight)がしょっちゅう観客に話しかけたり、いじったり、ジョークを飛ばしまくるんだ。観客を踊らせて、観客がパフォーマンスの一部になっている。僕たちも同じように人々を僕たちの世界に招き入れたいんだ。
ー最後に日本のファンにメッセージをいただけますか?
アダム:もちろん! 日本に行くのがとても楽しみです。東京では僕たちが得意とする変拍子プレイをたっぷり披露するので、みんなも奇妙なリズムに合わせてカウントしたり、踊ってください。僕たちも、できる限りいっぱい音符を詰め込んで弾きまくるつもりなので(笑)。
Sungazer Live in Tokyo 2025
GUEST:Button Masher (Key)
日程:2025年5月23日(金)
会場:代官山UNIT
東京都渋谷区恵比寿西1-34-17 ザ・ハウスビル
OPEN 18:00 / START 19:00
前売りチケット:¥8,500(税込・ドリンク代別途)
公演詳細:https://smash-jpn.com/live/?id=4332
アダム・ニーリーによる人気動画の一例。サンゲイザーの楽曲を含めて、ベース奏法の解説動画を多数アップしている
「The 7 Levels of Jazz Harmony」──ジャズにおける和声技法を7つのレベル(辛さ)に分類、様々な楽曲を取り上げながら解説する人気シリーズ。上掲の動画では、リゾ「Juice」のサビをリハーモナイズしながら分析して480万回再生を突破