
ボーイジーニアスの一員でもあるジュリアン・ベイカー(Julien Baker)と、過去6作のアルバムが高く評価されてきたトーレス(TORRES)。共に南部出身である2人のシンガーソングライターがタッグを組み、デビュー・アルバム『Send a Prayer My Way』を〈Matador Records〉から発表した。それぞれの故郷で暮らした幼少期、カントリー・ミュージックにおけるクィア・アーティストの居場所について二人が語る。
ジュリアン・ベイカーとマッケンジー・スコット(トーレス)が南部を離れて恋しく思うものの中で、食べ物は間違いなく上位に入る。スコットはまだ恵まれている方だ。彼女の妻はノックスビル出身のアーティストで、絶品のビスケット&グレービーを作ってくれるし、彼女が住むブルックリンには近くに美味しいキャットフィッシュ(ナマズ)を出す店もある。一方で、ロサンゼルス在住のベイカーは、まともなキャットフィッシュを手に入れることさえできない。「本当に残念」と、29歳のインディーロックシンガーであり、ボーイジーニアスのメンバーでもある彼女は、首を振りながら嘆く。
スコット(34歳)がキャットフィッシュについて「このお店では、注文を受けてから調理するから、アツアツでサクサクに仕上がるんだよ」と話すと、ベイカーは故郷の味を思い出し、切なそうな表情を浮かべる。「なんで私たち、リハーサルの後にそこでご飯食べないの?」と彼女は、トーレスというステージ名義で活動するスコットに不満そうに問いかける。私たち3人は、Zoomインタビューで、2人の素晴らしいカントリー・アルバム『Send A Prayer My Way』について話している。「なんでいつもタイ料理なの?」と冗談っぽく言っているが、たぶん半分本気だろう。
ベイカーとスコットが南部について語るとき、その食文化や言い回し、音楽への理解の深さは群を抜いている。それもそのはず。2人は南部で生まれ育ったのだから。テネシー州メンフィス(ベイカー)と、ジョージア州メイコン(スコット)。2人はそれぞれの環境で、幼い頃からカントリー・ミュージックに親しんできた。
ベイカーにとってのカントリーとの出会いは、教会と家族の集まりだった。彼女のいとこたちはギターを弾き、カーターファミリーのようなハーモニーを奏でながら、牧師だった祖父の屋外礼拝で歌っていた。また、子供の頃、父方の親族を訪ねるためにアーカンソー州へ行くと、地元のダンスホールでスティーヴ・アールの「Copperhead Road」に合わせてツーステップを踊る人々の姿を目にしていた。かたやスコットの場合、90年代のメイコンを車で走りながら聴いたカントリー・ソングが原体験だった。彼女の2人の兄姉は、よく車に乗せて色々なところへ連れて行ってくれたが、その道中は常に、フェイス・ヒル、ティム・マグロウ、ザ・チックス、ジョージ・ストレイトといった当時のトップ40カントリー・アーティストの曲が次々とラジオから流れていた。
キャットフィッシュへの愛着、故郷への郷愁、カントリー・ミュージックとの深いつながり。そのすべてが、二人の物語においては欠かせない。カントリーほど肩書きに厳格なジャンルはないからだ。「オーセンティックであることに対してこだわりが強いジャンルといえば、過激派のパンクをイメージする」とベイカーは言う。「けど、カントリーはもっと厳しい」。だが、「オーセンティック」なカントリーとは一体何なのか? 2025年、この問いは多くの人の脳裏をよぎったはずだ。ヒップホップ出身のジェリー・ロールとポスト・マローンが今ではカントリー界のトップスターになり、ビヨンセは最優秀カントリー・アルバム部門でグラミー賞を獲得したばかり。ナッシュビル郊外アンティオーク出身の白人ラッパーがカントリーに転向できるなら、クィアなインディー・ロッカー2人にできないわけがない。
カントリー音楽は、歴史的に排除されてきた人々が、自分たちを受け入れてほしいと要求することで常に力強く進化してきた。だから、スコットとベイカーを新しいアウトローと呼ぼうではないか。二人は現代のウェイロン・ジェニングス&ウィリー・ネルソンだ。いや、何も名付けなくていい。ただ聴いてほしい。『Send A Prayer My Way』で聴こえてくるものは、純粋なカントリーだからだーーカントリーという言葉の、最も広い意味で。
カントリーというジャンルや文化に対する想い
『Send A Prayer My Way』の最初の構想は、スコットの幼少期を彩ったカントリー・ポップのサウンドを再現することだった。「ナッシュビルのミュージック・ロウみたいな、華やかでキャッチーなヒット曲をたくさん作ろうと思ってたんだ」と、ベイカーは語る。しかし、実際に完成したアルバムは、ナッシュビルよりも西テキサス寄りのサウンドになった。リトル・ビッグ・タウンというよりは、アンクル・テュペロ的な音楽に近い。結果的に、オルタナ・カントリーやアウトロー・カントリーが、2人にとって大きな影響源となった。さらに、スコット曰く「当時、カントリーのアーティストとして、正当に評価されていなかった」ルシンダ・ウィリアムズやリンダ・ロンシュタットといった、カントリー寄りなアメリカーナ・アーティストからの影響も色濃い。
典型的なメインストリームのカントリー・アルバムの特徴もすべて備えている。例えば、許されぬ恋とそれを認めない親を描いた「Tuesday」は、南部ゴシックのレズビアン版、トリーシャ・イヤーウッド「Shes in Love with the Boy」のような曲である。砂漠の花を歌った愛らしい曲や、「フォー・ローゼズの川」に身を沈めて悲しみを紛らわすような切ない歌もある。また、前向きなラブソング「Goodbye Baby」は、大ヒット曲「Forever and Ever, Amen」でお馴染みのランディ・トラヴィスが耳にしたら「自分が作曲したかった」と思うに違いない。やめられない酒に溺れ、酒瓶の底を覗き込む歌や、そんな自分から立ち直る歌もある。これがカントリー・ミュージックというものだ。土曜の夜に何が起こったとしても、日曜にはみんな必ず教会に集まるのだ。
『Send A Prayer My Way』の曲はどれも聴きやすく、実に心地よい。アルバム全体に土の香りがするような温かみがあり、まるで深夜のキャンプファイヤーを囲んで録音したかのようだ。実際、このアルバムはテキサス州マーファで、多くの友人やコラボレーターたちと共にレコーディングされた。独特のヴァイオリンで、魅力的な「Bottom of a Bottle」を際立たせているのはアイーシャ・バーンズ。アルバムの全体に渡り聴こえるペダル・スティール・ギターは、J.R. ボハノンによるもので、本作を通して、ロイド・グリーンとジェイディー・マネスがザ・バーズの傑作『Sweetheart of the Rodeo(ロデオの恋人)』で成し遂げた功績を彷彿とさせる巧みな演奏を披露している。
つまるところ、このアルバムは、彼女たちが幼い頃に親しんだ音楽への誠実なラブレターであると同時に、長らくクィアの人々にとって寛容とは言えなかったジャンルへのラブレターでもある。スコットはそのことを身をもって知っている。2009年、ナッシュビルのベルモント大学を卒業した彼女は、メジャーレーベルに楽曲を売り込むべく、ナッシュビルの音楽業界に足を踏み入れた。当時、彼女はまだカミングアウトしていなかったが、「最も受け入れられないのはレズビアンである」という事実は明白だった。ベイカーの言葉を借りれば、「ユニバーサル・ミュージック・パブリッシングのオフィスに行ってシンク(楽曲のライセンス契約)を結ぶのに、わざわざカウボーイハットをかぶっていくような」男たちばかりの街。そんなミュージック・ロウで最も嘲笑の的となるのは、レズビアンだったのだ。「それが”ジョーク”ってことでしょ?」とスコットは言うと、ベイカーが身を乗り出して熱心に耳を傾けるなか、かすかに切ない笑い声を漏らす。「レズビアンであること以上に”笑われる存在”なんて、ほかにないってことでしょ?」
しかし、『Send A Prayer My Way』には、(保守的なジャンルに対する)敵意の影も形も見当たらない。スコットはこのアルバムが、自分を排除してきたジャンルに対する”ファック・ユー”ではないと断言する。ナッシュビルで起こったさまざまな経験を踏まえても、彼女は「パーティーに参加したいだけ」だと言う。とはいえ、彼女とベイカーは、ミュージック・ロウの重役たちから承認を求めているわけではない。アルバムのリードシングル「Sugar in the Tank」がカントリー・ラジオのトップ40ヒットになることを期待しているわけでもない。代わりに彼女たちは、「カントリー・ミュージックをすでに愛している人たちに音楽を届けていく」とスコットは言う。そして、故郷の地域を5カ月間ツアーし、その道中で可能な限り多くの酒場を訪れるつもりだ。具体的には、アラバマ州バーミンガム、ノースカロライナ州サクサハワ、さらにはミシシッピ州オックスフォードなど。
筆者が「ミシシッピ州、マジで?」と小声でつぶやいたのを聞いて、ベイカーはこう返した。「もちろん、あそこには私たちを苦しめるもの(差別的な風潮や保守的な文化)がたくさんある。でも、それだけじゃない。『マスコットをコロネル・レブ(※)から変えないでほしかった』って言ってる人たちだけが住んでる場所じゃないんだから」
※Colonel Reb:ミシシッピ大学のスポーツチームの公式マスコットだった白人紳士風キャラクター。南部の白人紳士風の姿が人種差別的とされ2003年に交代。
その通り。南部は一枚岩なんかじゃない。カントリー・アーティストたちが歌うようなこと――干し草を束ねたり、四輪バギーで走り回ったり、空き缶を撃ったり――ベイカーも深く共感している部分ではあるのだが、そうしたことをするのは、必ずしもカウボーイハットをかぶってトビー・キースを聴いてる人たちだけではない。ベイカーの親友マットは、干し草を束ねているが、スキニージーンズを履き、 (ポスト・ハードコアのバンド)フォール・オブ・トロイのシャツを着ているという。では、金曜の夜に川辺で空き缶を撃っている人たちは?「紛れもないレズビアンだよ」とベイカーは言う。「彼女たちが乗っていたのは、(典型的なカントリー・ボーイ仕様のピックアップトラックではなく)ナイロン製の布張りのシートが付いた2人乗りトラックで、後部には折りたたみ式の補助席が付いていた」。今、笑われているのはどっちだ、ナッシュビル?
From Rolling Stone US.
ジュリアン・ベイカー&トーレス
『Send A Prayer My Way』
発売中
日本盤ボーナストラック追加収録
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