鉄(鉄鋼)はテレビやエアコンといった家電から自動車、ビル、橋まで私たちの身の回りのありとあらゆるものに使われています。汎用性に優れる鉄は金属生産量の大半を占めており、その需要も高いです。そのため、鉄は現代社会において必要不可欠で、私たちの生活の基盤を担う存在と言えるでしょう。
しかし、鉄や鉄鋼を取り扱う具体的な仕事内容や鉄鋼メーカーを取り巻く環境などについては、わからない方も多いのではないでしょうか。そこで本記事では、鉄鋼業界の仕組みや仕事内容、生産動向や今後の課題などを徹底解説していきます。
鉄鋼業界とは
鉄鋼業界とは、鉄鉱石や鉄スクラップを原料として鉄を製造・加工する鉄鋼メーカーと、それを流通させる販売会社で構成される業界です。
鉄鋼メーカーでは、現代社会において欠かせない重要な鋼材を製造しています。鉄鋼メーカーが製造した鋼材はさまざまな産業に供給され、以下のような物や建築物に形を変えて私たちの生活を支えています。
- テレビ・冷蔵庫・エアコンなどの家電製品
- ビル・マンション・橋などの建造物
- 船・自動車などの乗り物
鉄鋼業界の主なメーカーの種類
鉄鋼業界は、それぞれ原料や製造方法の異なる「高炉メーカー」「電炉メーカー」「特殊網メーカー」に大別できます。ここからは、鉄鋼業界のメーカーの種類について、詳しく解説していきます。
高炉メーカー
高炉メーカーとは、鉄鉱石を熱処理して鉄を取り出す高炉と呼ばれる大規模な設備を使い、鉄鉱石やコークス(石炭を蒸し焼きして炭素部分だけを残したもの)などから鉄を生産する企業を指します。原料から加工することで、高品質な鋼材を生産できるのが特徴です。
まず、高炉で鉄鉱石やコークスなどの原料を溶かし、炭素を多く含む銑鉄(せんてつ)を作ります。次に、その銑鉄から不要な成分を取り除き鋼にし、冷やし固め、加工することで鉄鋼製品が完成します。高炉メーカーが生産する鋼材は自動車や造船、建築など幅広い分野で使用されているため、日本の産業を支える重要な存在です。
高炉は建設や運用に多くの費用がかかるため、2025年3月時点で日本の高炉メーカーは日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼所の3社のみとなっています。
電炉(電気炉)メーカー
電炉メーカーとは、鉄スクラップを原料として扱い、電気炉で溶かして鋼材を生産する企業のことです。電気炉を使うため「電炉メーカー」と呼ばれます。 高炉メーカーは鉄鉱石から鉄を作るのに対して、電炉メーカーはリサイクルされた鉄スクラップを利用するため、設備や運営にかかるコストが低く、二酸化炭素の排出量も少ないのがメリットです。
ただ、成分の調整が難しいため、自動車用鋼板のような高品質な鋼材の生産には不向きで、建設用の資材などに使われる普通鋼の生産を得意としています。 2025年3月時点における日本の代表的な電炉メーカーには共英製鋼、東京製鐵、合同製鐵があります。
特殊網メーカー
特殊鋼メーカーとは、一般的な鋼より硬度や耐摩耗性、耐熱性、耐腐食性などに優れた特殊鋼を生産する企業です。特殊鋼の一例として自動車の部品やキッチンのシンクに使われるステンレスなどが該当します。
製造工程はまず、電炉メーカーのようにリサイクルされた鉄スクラップを溶かします。次に、不要な成分を除去。さらにマンゲルやニッケル、クロムなどの合金元素を加えることで、性能が向上された鋼材を生産しています。
高度な製造技術が必要で、品質管理も重視される特殊鋼は輸送機器や建設、精密機械、医療機器など幅広い分野で使用され、産業の発展に欠かせない重要な鋼材です。
2025年3月時点における日本での主な特殊鋼メーカーは大同特殊鋼や山陽特殊製鋼、プロテリアルなどがあります。
鉄鋼業界の仕事内容
鉄鋼業界の仕事は、「製造」「技術・開発」「営業・販売」「物流・調達」「管理・経営」など、幅広い分野によって成り立っています。業務間で互いに連携をとりながら、効率的な生産と顧客満足度の向上を目指しています。さらに、環境規制や市場の変化に対応するために、それぞれが進化を求められているのです。
ここからは、鉄鋼業界の仕事内容について、詳しく解説していきます。
製造
鉄鋼業界の製造部門は、鉄鉱石やコークスなどの原料の準備や処理、製鉄、加工、品質管理など、多くの役割分担から成り立っています。
ただ鉄鋼を製造するだけでなく、板状・棒状などの形に加工することや強度・耐久性を高める処理をすることも製造作業の一つです。最後に品質検査を行い、基準を満たしていれば出荷できます。コストや時間などの細かい管理も徹底することで、効率的に安定した供給を目指しています。
技術・開発
鉄鋼業界の技術・開発部門では、新商品の開発や既存商品の改善など、よりよい商品を求めて、日々研究しています。また、成分の調整や製造過程の最適化を目指すことも重要です。試作や評価、改良を繰り返し、性能を高めていきます。
現在の鉄鋼業界では、脱炭素化が大きな課題となっているため、二酸化炭素の排出量を抑える水素還元製鉄の開発などが進められています。
営業・販売
鉄鋼製品は、自動車や建築、造船など幅広い業界で使用されているため、鉄鋼業界の営業・販売担当者は、各業界と取り引きを行います。
それぞれの業界の要望に応じ、鋼材の種類や数量、納期の調整や、用途に適した製品の提案を行うことが主な仕事です。そのため、顧客との良好な関係を築きながら、最適な製品を適切な価格で提供することが求められます。
物流・調達
鉄鋼業界の物流・調達部門の仕事内容は、鉄鉱石や石炭、鉄スクラップなどの原料を国内外から安定的に確保することです。
調達面は工場の生産計画に基づいて必要な量を把握し、取引先と価格交渉・契約を行います。市場の価格変動や供給バランスのリスクを考慮しながら、最適な調達先を選定し、コスト削減や安定的な供給の確保を目指す必要があります。
物流の仕事は、調達した原料を工場へ運び、製造された鉄鋼製品を顧客に届けることです。船舶や鉄道、トラックなどを使い分けながら、毎日大量の鉄鋼を輸送しています。
管理・経営
鉄鋼業界の管理・経営の仕事内容は、安定した生産と供給を維持しながら、コスト削減や競争力の向上を図ることが重要なポイントです。
管理業務は原料の調達管理、生産管理、品質管理、在庫管理などがあり、効率的な運営ができるよう管理を徹底する必要があります。
経営業務は、グローバルな鉄鋼市場の動向を分析しながら、競争力を維持し向上させる戦略を立てていきます。コスト面や技術面で、ライバル企業よりも優れたものを取り入れることが重要です。
鉄鋼業界と他業界の関わり
鉄鋼業界は、「自動車業界」「建設業界」「造船業界」「家電業界」「エネルギー業界」など多くの業界を支えている重要な産業です。どの業界も鉄鋼業界とは密接な関係にあり、お互いに影響を与え合いながら、進化を続けています。
ここからは、鉄鋼業界と他業界の関わりについて、詳しく解説していきます。
自動車業界
自動車は重量の7割以上を鉄が占めていることから、自動車の主要な素材として、鉄鋼は欠かせない存在です。車体やエンジン部分など、多くの部品に鉄鋼素材が使用されています。
鉄鋼業界は自動車業界のニーズに応じて、新しい技術を開発し、自動車の性能向上にも貢献。近年では、より軽く強度のある素材が求められ、高付加価値鋼材にも力を入れています。
建設業界
鉄鋼は、さまざまな建設物にも欠かせない素材です。道路や橋梁などのインフラ設備には、高強度で軽量な鋼材が使用され、鉄鋼技術の発展によって長大な吊り橋の建設も可能になりました。
また、ビルやマンションの構造にも鉄鋼は必要不可欠です。建物の骨組みとして活用されるだけではなく、地震の揺れを軽減する鋼材や火災に強い鋼材の導入によって、建築物の安全性向上に貢献しています。
鉄道業界
鉄道業界でも、鉄鋼は大きな役割を果たしています。車両の車体はステンレスが主流ですが、車輪やレールなどは鉄製です。
造船業界
日本の造船業界は、戦後の経済成長を支える重要な産業として発展し、世界トップクラスの技術力を築いてきました。その高度な造船技術を支えているのが、鋼材です。
船舶は厳しい海の環境にも適応する必要があり、高い強度と粘り強さに優れた特殊な鋼材が欠かせません。鉄鋼メーカーは、船の安全性や耐久性を高めるために、高品質な鋼材の開発・供給を進めています。また、燃費の向上や環境への影響の低減を目指し軽量化技術にも力を入れています。
家電業界
私たちの身の回りにある家電製品にも、鉄は重要な役割を果たしています。たとえば、冷蔵庫やエアコンなどのモーターには、電磁鋼板と呼ばれる特殊な鋼材が必要不可欠です。電磁鋼板は、電力の効率的な利用を可能にし、省エネルギー化にも貢献しています。
今後もさらなる省電力化や高効率化を目指し、高性能な電磁鋼板の開発が進められ、鉄鋼技術が多くの家電の進化を支え続けるでしょう。
エネルギー業界
発電設備をはじめ、ガスや石油の精製プラント、オイルタンクやパイプ、さらには送電を支える鉄塔にいたるまで、エネルギー業界のさまざまな分野でも鉄鋼は欠かせません。
強度や耐久性に優れた鉄鋼製品がなければ、安全で安定したエネルギー供給は成り立たないでしょう。こうした分野では、厳しい環境にも耐えられる鋼材が必要であり、新技術の開発が進められているのです。
鉄鋼業界の動向と課題
鉄鋼業界は、環境の基準や需要などの変動に向き合いながら、生産や技術の向上を進めています。今後は、環境に考慮した生産体制への変更や競争力の維持などが重要なテーマになっていくでしょう。
ここからは、鉄鋼業界の生産動向と今後の課題について、詳しく解説していきます。
生産・景気動向
鉄鋼業界は、今後も持続的な成長が見込まれています。世界鉄鋼協会(worldsteel)によれば、2023年の世界全体の鉄鋼需要は17.6億トンで、2025年には18.2億トンに達すると予測されています。さらに世界的な人口増加と経済発展の影響を受け、2100年には約38億トンに達するとの試算も。世界的な鉄鋼需要は、ますます増加する可能性があるとされているのです。
一方、日本における粗鋼生産量は2023年時点で約8,700万トンで、世界では中国、インドに次ぐ第3位です。今後はインフラ整備が必要なインドなどのアジアでのニーズがますます高まると予想されています。
市場規模・今後の課題
温暖化対策が急務となる中で、日本の鉄鋼業界はすでに省エネルギー設備の導入が進められていて、普及率はほぼ100%に達しています。
しかし、鉄鋼は他の金属と比べて少ないエネルギーで生産できますが、生産される量が膨大なため、鉄鋼業界全体の二酸化炭素排出は多くなっているのが現状です。 排エネルギーの回収や有効活用においては高い成果を残していますが、さらなる二酸化炭素排出削減の取り組みが求められています。
そのような状況下において今後、鉄鋼業界全体が目指すのは「カーボンニュートラル」の実現です。カーボンニュートラルとは「温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡(ニュートラル)」にすることを指します。
2020年10月、日本政府が「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」目標を掲げたことを受け、鉄鋼業界もこの趣旨に賛同。日本鉄鋼連盟として、カーボンニュートラル社会の実現に向け、2013年を起点として二酸化炭素の総排出量を2030年までに2013年比で3割減、2050年にカーボンニュートラル達成を目指す行動計画を策定しました。
現在、各鉄鋼メーカーでは、製造過程で発生する二酸化炭素を削減する技術の開発に注力。これらの取り組みは、将来の鉄鋼製造を持続するための可能性に大きな役割を果たすと期待されています。とくに水素を活用した「COURSE50」などの新技術への期待が高まっており、実用化を目指しています。これらの技術開発が進めば、環境負荷の軽減に期待が持てます。
カーボンニュートラルは日本を含む先進国で行われており、製造過程の二酸化炭素排出を実質ゼロとした「ゼロカーボンスチール」の世界市場は、2050年には40兆円規模に成長すると予想されています。環境負荷の低減、新素材の開発や製造プロセスの最適化などをいち早く実現させることが業界全体の課題と言えるでしょう。
日本の鉄鋼業界は毎日の生活を支える重要産業!
鉄鋼は自動車業界や建設業界、家電業界など多くの産業を支え、私たちの生活の基盤となっている、現代社会になくてはならない重要な存在です。
鉄鋼をつくるメーカーには、鉄鉱石から高品質な鋼材を効率よく生産する「高炉メーカー」、リサイクル素材を使用して環境負担を軽減する「電炉メーカー」、先進的な技術を駆使し高性能な製品を提供する「特殊鋼メーカー」があります。それぞれのメーカーの特徴や技術力で、成長を続けています。
2023年に世界全体の鉄鋼需要が17.6億トンにまで増加しており、2100年には人口増加や経済発展の影響で、鉄鋼需要が約38億トンにまで増加する可能性があると言われています。
一方で製造過程における二酸化炭素の総排出量が懸念されているため、2050年にカーボンニュートラル達成を目指すべく、日本の鉄鋼業界は環境負荷の低減や技術革新に向けて日夜取り組んでいるのです。