
自ら「オルタナティブ・K-POPバンド」と名乗り、多文化的なクリエイティブ・コレクティブとして独自の表現を追求し続ける、Balming Tiger。プロデューサーからクリエイティブ・ディレクターまで、多様なスキルを持つ11名のメンバーを擁するかれらは、ルーツである韓国はもちろん、広くアジア圏の文化や音楽を西洋のポップ・カルチャーと融合させ、オリジナルで先鋭的なポップ・ミュージックを生み出し続けてきた。
ドラマ『東京サラダボウル』(NHK総合)の主題歌として新曲「Wash Away」を提供し、さらに2023年以来、2度目のフジロック出演も発表されるなど、ヨーロッパやアメリカ、アジア圏のみならず、日本でも存在感を増し続けているかれらが、今年2月に『RADIO SAKAMOTO Uday -NEW CONTEXT FES × DIG SHIBUYA-』出演のため来日。
本インタビューでは、Omega Sapien、sogumm、Mudd the student、bj wnjn、Leesuhoの5人に、かれらの表現に宿る、呪術的な儀式や神事にも似た神がかり的なアウラ、現代社会に根ざした批評的な視点、そして、真摯な楽曲制作の背景について話を聞いた。Balming Tigerが今考える、共鳴を呼び・人を救う・クールな音楽の作り方。
左からOmega Sapien、sogumm、Leesuho、Mudd the student、bj wnjn(Photo by Yukitaka Amemiya)
パフォーマンスは「見えない次元への叫び」
—2月10日に行われた、坂本龍一さんのトリビュートフェストでのライブを観て、パフォーマンスに圧倒されると同時に、どこか神聖さを感じました。以前、韓国の巫堂(ムーダン)が神下ろしをする映像を観たことがあるのですが、それに近い印象を受けて。Balming Tigerの表現には、あえて不気味さや異形感をユーモアやクールな要素に変換し、取り入れている部分があるのではないかと。
Omega Sapien:僕は、パフォーマンスって「21世紀の呪術」みたいなものなんじゃないかと思っているんです。例えば、音楽という文化の概念を持たない宇宙人が地球にやってきて、昨日のライブを観たとしたら——かれらは、特定の周波数に人々が共鳴して一体になっている現象であると認識するんじゃないかな。神事や呪術的な儀式とやっていることは変わらないと思うんじゃないですかね。僕は、それを現代的にアップデートしたものがライブやパフォーマンスだと考えています。でも、「21世紀の呪術をやるぜ!」なんて考えているわけではないですけどね(笑)。
sogumm:宇宙人が、昨日のライブの観察記録を書くところを想像すると面白いよね。「なんでこの人間たちはここに集まっているのか?」ってことについて、まず考えそう。「人間たちが一堂に会し、悲しみや喜びなど様々な感情を共有する場がある」とか「一緒に叫び、踊り、数人がステージに立ってその場をリードした」なんてことを書くんじゃないかな……と思うと、巫堂の儀式とも共通する部分があるのかもしれない。
Omega Sapien:韓国語には「신난다(興奮する、ワクワクする)」って言葉があるんですけど、この言葉にはもともと「神が来て去る」っていう意味があるらしいんですよ。ショート動画を観て得た知識なんで、正確な事実かどうかはわからないんですけど(笑)。僕たちのパフォーマンスって、見えない次元への叫びみたいなものかもしれません。
フジロック、2023年出演時のパフォーマンス
ー「音楽を介して、感情を共有する」というのは、Balming Tigerにとって重要な要素の一つですか?
sogumm:ステージに立つ立場の人間として、常にものすごく責任を感じています。「痛み」や「喜び」を共有するものとして、パフォーマンスの前には祈りもしますし……。ただ楽しんでいるだけじゃなくて、自分たちは人の人生を変えるようなことをやっているのだ、という想いを抱えながら舞台に立っている意識があります。
ーパフォーマー、クリエイターとして責任感を強く感じるようになったのは、何か理由があるんでしょうか?
sogumm:メンバーと話をしたり、ツアーを廻って寝食を共にしながら感じたことなんですけど、私たちの共通点って、みんな「音楽に救われた」ことなのかなって思うんです。孤独で、絶望して、死の淵に近づいたときに音楽があったからこそ生きてこられた。
Balming Tigerを始めた当初は責任感とか、そんなことは考えたこともなかった。でも、音楽って結局、本気にならざるを得ないもので。楽しみながらものづくりをしていても、本気じゃないとダメなものになってしまう。それは、私たちが音楽の持つ力を知っているからなんですね。音楽は人を救うことができる。ライブをするときも、その感覚があるんです。「私は、このライブを通じてここにいる人たちを救えるかもしれない。力を与えられるかもしれない」——そう思うからこそ、本気でやらなきゃなって思うようになったんです。
最初は、自分だけがそう思っているのかと思っていたんです(笑)。他の人たちはただ楽しいからとか、趣味的な気持ちでやってるのかなって。でも、みんなが本気で一生懸命に活動に取り組む様子を見ていたら、私と同じ気持ちなんだってことに気づいて。Balming Tigerのメンバーはみんな、本当に心の底から音楽に向き合ってるんですよね。
ーめちゃくちゃ素晴らしいお話ですね……(感激し、思わず、額を抑える)。Balming Tigerの先鋭的な表現の中に潜む、ヒューマンな温かみや真摯さの正体に触れたような感じがします。
全員:(爆笑&拍手)
Omega Sapien:どんどん質問してください(笑)。
新曲「Wash Away」と共鳴がもたらす「癒し」
ー新曲の「Wash Away」について聞かせてください。この曲は『東京サラダボウル』の主題歌で、多文化が混じり合う東京を舞台に繰り広げられる警察官と通訳人のバディもの、という作品のテーマと重なり合う部分も多く見受けられますね。
Mudd the student:この曲は僕とメンバーのUnsinkable(DJ/プロデューサー)が一緒にデモをつくったんですが、『東京サラダボウル』が東京の現代人の生活を描いた作品だったので、そのカオスな部分や忙しさや混乱の感覚を楽曲に落とし込もうというのが出発点でした。文化が複雑に折り重なった東京という都市で懸命に生きる人の姿を音として形にしたかったんです。でも、最終的には世界中の人々を癒せるような曲になったらいいなと思って作りました。
—サウンドの着想点はどこにあったのでしょうか? モータウン風のビートにインディーロックのヴァイブスの香る乾いたファンキーなギターが乗っていて、個人的には2000年代中期〜10年代のガレージ・ロック・リバイバルとかポストパンクを想起しました。ファレル・ウィリアムスの影響も感じますね。
Mudd the student:僕とUnsinkableはポストパンクがすごく好きで。「SOS」とか「Trust Yourself」とか、これまで出した曲にもその影響を受けたものが結構あるんです。「Wash Away」に関しては、Unsinkableがモータウン風のビートや、ザ・ストロークスのようなポストパンクのドラムを多く入れ込んできたので、僕も自然とそういうギターリフが出てきた感じです。メンバーそれぞれ音楽の趣味趣向は結構違うんですけど、共通して好きなアーティストが何人かいて。Balming Tigerでやる時は、その影響がかなり出てると思います。例えば、N.E.R.Dとかザ・ストロークスの影響は無視できないぐらい大きいです。
—リリックの〈Everything is different, Everyone is struggling〉というラインが素晴らしいなと思いまして。世界の複雑さに圧倒されながらもがき続けている、今という時代を真摯に生きる若者の飢餓感が描かれているな、と。
sogumm:そのラインは私が書いたんですけど、今の時代を批判とか批評しているというよりは「私たちはみんな違っていて、みんなもがいている。同じように悩んでいるんだから、安心して」って、メッセージを込めてます。
bj wnjn:僕はリリックを書く時は、自分への手紙みたいな気持ちで書いているんですよね。なので、僕自身も今を生きている人間ですし、自然と社会や時代に対する想いや考え方がそこに入ってくる。だから、それを批評や批判として受け取る人もいるかもしれない。でも「言ってやろう!」というよりは、もう少しパーソナルな言葉をシェアしているという感覚が強いです。個人的な体験を共有することで生まれる共感が「癒し」になるんじゃないかなって。
sogumm:ああ、たしかに。独り言に近いかもね。秩序は私を空腹にさせるし、もっと欲しがらせる。社会はどんどん働くことを私たちに求めてくる。本当にお腹が空いているのか、本当に求めているものは何なのかがわからなくなってくる——いろんな色の美しくて栄養たっぷりな野菜が並んでいる冷蔵庫というのが『東京サラダボウル』っていう作品に触れた時に、最初に思い浮かんだイメージだったんです。様々な人々が共存する美しい世界。そういう世界に生きる人たちを癒したいという思いがありました。
Photo by Yukitaka Amemiya
—「Wash Away」だけじゃなく、Balming Tigerの表現は現代社会を批評的に捉えているように思うんです。例えば、「UP!」のミュージックビデオは、スーパーマーケットで働く若者が描かれていて。高度資本主義社会における人間の疎外という批判と捉えることもできるな、と。この辺りのイシューはどのくらい自覚的に表現してらっしゃいますか?
Leesuho:「UP!」のMVは僕が監督したんですが、さっきbj wnjnが言ってたように社会に対する批評や批判というよりも、むしろ僕たち自身の姿を描こうとしたというのが近いですね。「お前らは間違っている」とか「お前らに教えてやろう」って主張したかったわけではなくて、「僕たちもこういうしんどさや苦しみを抱えているんだよ」っていうのを見せるっていうのが目的だったんです。自分たちのストーリーを物語っているという感覚に近いです。
—自分たちが感じている、苦しみは普遍的なものだと思いますか?
bj wnjn:普遍的だと思います。人間的な悩み、若者特有の悩み、技術の進歩による影響、様々な普遍性を扱っているように思います。でも、僕が思うのは苦しみは目の前にあるにも関わらず、多くの人はそれに気づかないということです。意図的にそれを表そうとしたわけではなくて、高度資本主義社会の中で生きている人間の日常を描こうとすると、自然とそうしたイシューが現れてくるということなんだと思います。
sogumm:いくら高潔なことを言っていても、お金を稼ぐことは生きていく上では無視することはできない。いいアルバムを作ったり、いい洋服を着たり、美味しいものも食べたい……っていう欲望はあるわけで。でも、「本当に大事なことは何なのか?」ってことはずっと悩み続けなきゃいけないなって思ってます。様々な混乱の中にいながら、その問いに対する答えを常に探し続けている感じですね。
bj wnjn:僕はBalming Tigerのメンバーの共通点の一つは、みんな反骨精神を持っていることだと思うんです。自分を制限するルールや足枷から自由になりたいと、思っている気がする。
sogumm:そうだね。何かを「ダメだ」って決めつけられたり、挑戦する前に自分で諦めてしまったり、意味のない伝統とかルールに縛られるのは無意味だなって思いますね。
「俺たちがクールだから、アジアもクール」
—Balming Tigerはキャリアの初期から、西洋のカルチャーと東洋的なエレメントを、サウンド面だけでなくヴィジュアル面でも巧みに融合させてきたグループだと思います。伝統的あるいは典型的な意匠とポップ・カルチャーの融合は、やり方によってはダサくなってしまうことも多いですが、何か秘訣のようなものはあるのでしょうか?
Omega Sapien:僕の考えでは、ある文化の中で「あんまりカッコよくないよね」とか「ちょっとダサいよね?」って思われるような部分こそ、逆に深く掘り下げることでカッコよくなるんじゃないかなって思うんです。ダサさを受け入れて、もっとその本質を探るみたいなことなのかも。
sogumm:韓国には「最も韓国的なものが世界的なものだ」っていう言葉があるんですけど、日本にもこういう言葉ありますか? つまり、極度にローカルなものはグローバルなものなんだってことなんですけど。
—そういう考え方は世界に進出していこうとするイノベーターたちの、多くの人たちが持っている気がしますね。
Omega Sapien:あ、でも、今「アジアがクール」みたいな考え方って世界中でいろんな人が思っている気がするんですけど。個人的には、そうじゃなくて「俺がクールだから、アジアもクールなんだ」って心構えでいたいとは思ってます。色んな国で活動してきた今思うのは、それぞれの国に一長一短あるということ。韓国には韓国の、日本には日本の「厳しさ」がある。自由だと思われているアメリカにだってかれらなりのルールがある。だからこそ、自分という軸が大切だなと思うんです。その「厳しさ」に向き合うのは自分だから。
ミュージシャンなら誰しも「最高にカッコいい音楽を聴きたいし、つくりたい」って思っていると思うんです。僕自身、アメリカに住んでいた時はヒップホップを死ぬほど聴いて「これがカッコよさのスタンダードなんだ」って思っていた時期もありました。でも、様々な回り道をしながらも、やっぱり、自分たちのルーツに戻ってきた。「俺がクールだから、俺が作るものはクールなんだ」って気持ちは、やっぱり大事だと思います。
Photo by Yukitaka Amemiya
—先日のライブの最中には「もっと日本で活動がしたいです!」とMCで仰っていましたが、この夏にはフジロックへの出演も決定しているとか。めちゃくちゃ楽しみですね!
Omega Sapien:はい、楽しみにしていてください。そして、期待してくれる人が増えれば増えるほど、僕たちももっと活動できると思います。
—最後に、日本のファンの皆さんにメッセージをぜひお願いします。
sogumm:私は日本で一緒に共演したいアーティストがたくさんいるんです。アキツユコさんとか。今後ぜひご一緒できたら嬉しいですね。
Leesuho:最近ほぼ毎日、日本のアニメを観ているんですけど、日本に来るとそのアニメの世界に実際に入っちゃったみたいな気分になって楽しいんですよ。訪れるだけで気分が上がるので、もっと頻繁に来たいなって思ってます。
Omega:Leesuhoと似てるけど、僕は日本のバラエティ番組を字幕付きで観るのが好きで。今日みたいに取材を受けて、タクシーで六本木に移動してラジオに出演するっていうのが異世界とか違う宇宙に転生して、日本の芸能人になったような感じがしてめちゃくちゃ面白い(笑)。Balming Tigerとして、もっと日本で活動できたらなって思いますね。
Mudd the student:僕たちは、日本文化から大きな影響を受けたグループだと思うんです。僕自身、日本のインディーロックシーンにずっと憧れを抱いていて、影響を受け続けています。今回、「Wash Away」を起点に本格的に日本での活動を始めたので、そういう音楽を聴く人たちにももっと身近にBalming Tigerの音楽を感じてもらえたらすごく嬉しいですね。
bj wnjn:すごくいいスタートを切れたと思うので、一生懸命頑張ります。みなさんの愛、しっかり届いてます!
Balming Tiger
「Wash Away」
再生・購入:https://lnk.to/BalmingTiger_Wash_AwayPR
7インチ ヴァイナル:2025年4月12日リリース
詳細:https://recordstoreday.jp/item/less-003
FUJI ROCK FESTIVAL '25
2025年7月25日(金)、26日(土)、27日(日)
新潟県・湯沢町 苗場スキー場
※Balming Tigerは7月26日(土)出演