「登山鉄道」と聞けば、多くの人が、アルプスの美しい山並みを走るスイスのユングフラウ鉄道や、日本の箱根登山電車(小田急箱根)を思い浮かべるだろう。登山鉄道はそれ自体が観光資源であり、多くの旅人たちを引き寄せている。そんな登山鉄道が、富士山に建設されるかもしれないという、夢のような構想があるのをご存知だろうか。
富士山北麓の山梨県富士吉田市と富士山五合目を結ぶ富士山登山鉄道の敷設は、山梨県の長崎幸太郎知事が2019年の知事選に出馬したとき以来の公約であり、2021年2月に「富士山登山鉄道構想」としてまとめられた。その後、技術面などについて実現可能性が検討され、2024年10月28日に「中間報告」が公表された。
当記事では技術面を中心に、「富士山登山鉄道構想」とは、どれくらい実現可能性のあるものなのか検証してみたいと思う。
富士山登山鉄道とはどのようなものか?
「富士山登山鉄道構想」が持ち上がった背景には、富士山のオーバーツーリズムがある。2013年6月に富士山が世界文化遺産に登録されたことなどから、山梨県側の富士スバルライン五合目を訪れる観光客数は2012年の231万人から、2019年には506万人と倍増。このままでは富士山の自然環境が破壊されるとの懸念から、有料道路の富士スバルライン上に登山鉄道を敷設し、バス・タクシーを含む一般車両の乗入れを規制することで入山者数を管理しようという意図がある。
では、具体的にどのような路線を走るのか。「富士山登山鉄道構想」に記載されているところによれば、五合目行のシャトルバス発着場がある富士山パーキング(富士山北麓駐車場)付近に、起点となる「山麓駅」を設ける。ここから富士スバルライン上に軌道を敷設し、路線の拡幅等の改変は原則行わず、五合目まで約25~28kmの区間にLRT(次世代型路面電車)を整備。4カ所に途中駅を設置する。
今回出された「中間報告」で注目すべき点として、往復1万円という高額な運賃を設定することから、「乗車する客層は一定程度のミドルアッパー層が高い割合を占めることが想定」されるとし、五合目駅付近にラクジュアリーホテルなどを建設。また、山麓駅周辺にもリゾートホテルやMICE施設などを建設するといった付帯事業にも言及していることが挙げられる。県がどのような開発を想定しているのか、全体像が見えてきた感じだ。
しかし、この1万円という運賃は、現在の富士急行のシャトルバスが往復2,500円であるのと比較すると大幅な値上げとなるため、「富士山に一部の富裕層しか登れなくするのが妥当なのか」といった意見は、今後、当然出てくるであろう。
LRTの運行・輸送面についても見ると、複線軌道で整備し、6分間隔で運転すると仮定した場合、1日10時間、年間280日運行すると、年間の輸送人数は336万人になるとしている。だが、これはかなり無理がある数値と言わざるをえない。
富士スバルラインの五合目までの全線が営業できる日数は、積雪・路面凍結などによる通行止めの日を除く年間223日程度(2012~2017年度における平均値)である。ゴムタイヤの自動車に比べて粘着係数の低い鉄車輪の鉄道であれば、さらに営業日数は減らさざるをえず、280日間フルで営業するのは困難だ。
また、運賃1万円のLRTを6分間隔で運転しても、2両編成(定員120名)の車両の乗車率が100%になることはまずありえないだろう。夏期はともかく、閑散期に都心のJR線並みの運転間隔でLRTを運行するほどの需要をどのようにして創出するのか。
「中間報告」では、利用者数(年間約300万人)・設備投資(合計1486億円)・営業費用(年額約35億円)の3要素いずれの数値も37%悪化した場合に合計収支がゼロになる(損益分岐点)としているが、少なくとも利用者数に関しては、もっと低く見積もるのが妥当であろう。
技術的な課題は多岐にわたる
次に、技術的な課題について見てみよう。最も気になるのは、富士スバルラインには急カーブ(ヘアピンカーブ)と急勾配が競合する場所が複数あり、こうした場所では脱線の危険性が高まるということだ。
まず、勾配について見ると、富士スバルラインの平均勾配は52パーミル(1km進むごとに52m上昇する)、最急勾配は88パーミルとなっている。80パーミル前後という数値は、箱根登山電車の最急勾配(80パーミル)と同等であり、実績がないわけではないが、箱根登山電車では勾配の緩和と、あまり長い急勾配が続かないようにスイッチバックが複数設けられている。
この点、「富士山登山鉄道構想」では、「スイッチバックの採用は複線化の障害に加え、運転間隔の延長につながるので、できれば避けたい」(「令和5年度 富士山登山鉄道 技術課題調査検討結果」)としている。だが、あまりに長い急勾配が続くと、仮に凍結等でブレーキが効かないような事態が生じた場合のリスクが大きくなるし、運転乗務員のストレスもかなりのものになると想像される。
また、富士スバルラインには半径30m以下のヘアピンカーブが5カ所あり、いずれも44~54パーミルの急勾配と競合している。急カーブと急勾配が競合する場所は他にもあり、こうした場所では、当然のことながら脱線のリスクが高まる。
「中間報告」には、脱線リスク軽減のため、噴射装置による増粘着剤の散布(セラジェット)や、レールへの脱線防止ガードの設置により対応すると記されている。だが、そのような努力をするのであれば、最初から脱線のリスクがなく、鉄車輪よりも粘着係数の高いゴムタイヤ式の車両を導入すればいいのではないか。海外にはゴムタイヤ式トラムの導入実績が複数ある。
ちなみに、ラック式(アプト式)鉄道やモノレールなど付加構造物を伴う方式は、緊急時に車両が通過することから導入が難しいという。
技術面でもうひとつ、不安要素となりそうなのが集電方式。「中間報告」では、第三軌条集電方式(架線レスシステム)を「実績があり優位性がある」としており、それ自体は景観保全の見地からも妥当であると考えられる。問題は途中駅周辺や人が線路を横切る区間、急曲線区間で感電等の危険性を伴うために第三軌条を用いることができず、一部でバッテリー走行を視野に入れる必要があるという点である。
バッテリーはどうしてもそれなりの重量になる。最近は総重量を過度に増やすことなく、容易に搭載可能な路面電車を想定したバッテリーも開発されているとはいえ、車両重量の増加は急勾配を上り下りする鉄道にとってマイナス要素にしかならない。
ここで思い出すのが、100パーミルの急勾配に対応するために強力なモーターを搭載した結果、車体重量が増加し、構造物への負荷による危険性の増大などから、開業後1年半で休業に追い込まれた横浜ドリームランドモノレールの事例である。今回のLRTは、登坂力確保のためオールM車にし、かつ大型モーターを搭載する必要がある。車両の制動性能(ブレーキ)や路盤・路床・橋梁への影響なども十分に考慮されなければならない。
こうした技術的な課題は多岐にわたり、ここには書き切れない。さらに雪崩、落石、噴火時の避難計画や、文化財保護法・自然公園法をはじめとする諸法令・規制への対応など、クリアすべき課題は他にも多い。
気象条件も、富士山五合目の標高は2,300mであり、平地では考えられないような強風が吹き、急な天候の変化も多く、今後、相当な検証の積み重ねが必要となるだろう。こうしたことを総合すると、富士山登山鉄道構想は、仮に実現するとしてもかなりの時間を要するのは間違いない(県は最短でも工事着工まで8年かかるとしている)。
「富士山登山鉄道構想」に反対「県の主張は誤っている」
さらに、今年に入って地元の富士吉田市を中心にいくつかの反対団体が発足するなど、「富士山登山鉄道構想」に対する反対の動きが活発化していることにも注視すべきだ。10月31日には、中心的な反対団体である「富士山登山鉄道に反対する会」(会長を務める上文司厚氏は北口本宮冨士浅間神社宮司)が、「富士山登山鉄道構想に反対するフォーラム」を開催した。
同フォーラムに登壇した元都留文科大学教授の渡辺豊博氏は、「富士山はユネスコからさまざまな問題点・改善点の指摘を受けているが、登山鉄道を建設すれば、それらの問題が解決するかのような県の主張は誤っている」と声を高くする。
富士吉田市は現在、自動運転EVバスの実証実験を進めている(11月10~19日に富士スバルライン二合目~四合目で実証実験を実施)が、渡辺氏はこれを前提に、「オーバーツーリズム対策ということであれば、海外の国立公園と同様、麓にゲートを設けて入山者の総量規制をすればよく、ゲートを通過した人たちはEVバスに乗って五合目へ移動してもらえばいい。登山鉄道などまったく必要なく、むしろ、オーバーツーリズムの対策として重要なのは、お客さんを五合目に集中させるのではなく、さまざまな散策コースを設定するなどして分散させ、自然への負荷を軽減する視点だ」と指摘する。
11月13日には、知事と反対団体による意見交換の場が設けられる。ぜひ、この場を問題解決の糸口にしてほしい。