前坂さんプロフィール

一般企業を経て、岐阜県高山市にある実家の桃農家に親元就農。
2021年に合同会社つむぎ果樹園を設立して、10名ほどの従業員と共に桃を栽培し、直販する。近年は、桃のアイスなど、6次産業化にも力を入れている。

建築設計の道から桃農家へ

筆者:現在の栽培作物や規模を教えてください。

前坂さん:桃を約6ha栽培しています。
主な労働力は、私の他に社員が4名と、両親を含むパートや期間従業員が6名ですね。

筆者:24歳の時に親元就農されたとのことですが、就農される前は何をされていたのですか?

前坂さん:建築関係の大学を卒業した後、地元の設計事務所で働いていました。
昔ながらの実家に、コンプレックスがあったんですよ(笑)。
だから、自分の家は自分で設計したいという夢があったんです。
ただ幼少期から、農業にマイナスなイメージはありませんでした。
桃が実家の周りにある風景が当たり前でしたし、お客さんがうちの桃はおいしいと買いに来てくれる姿を見ていたので、いずれは桃農家を継ぐものだと思っていました。

筆者:なるほど!
そこから就農されるきっかけは何だったのですか?

前坂さん:建築設計の世界に足を踏み入れたのですが、日付が変わるまで働くことが当たり前の毎日に疑問を感じてしまったんです。「自分が本当にやりたかったことはこれか?」と、自問自答する場面が当時は多かったですね。

そんな中、父親から就農の提案を受けました。
「桃の農地を増やせる話が来ているんだけど、今お前が継ぐなら話に乗ろうと思ってる。どうする?」と、強制せずに提案をしてくれたんです。
私も今の仕事を続けていく未来に迷いが出ていて、実家の桃栽培も転換点が来ている状況。
建築業界に留まるか農家になるかの大事な決断の時期でしたが、もう農業に気持ちは傾いていました。

当初は1haしか農地が無かったのですが、ここからどう拡大してどうやって桃を売っていくか、農業経営を思案しているのが楽しくなっちゃって!
もう今やるしかない!ってことで就農しましたね。

筆者:なるほど、そんな経緯があったのですね。

冬は桃の木ごと雪に覆われる地域

桃栽培のこだわりと苦労

筆者:10年余りで5haも桃だけで増やすのは、なかなか例が無いことだと思います!
規模拡大していく中で意識したことを教えてください。

筆者:就農当初1haだった栽培面積から、現在の6ha規模までスピード感を持って拡大するために、作業効率を上げることに注力しました。
具体的には、農地を借り受けるにしても、機械が入れない傾斜地などは受けないよう徹底したこと、管理上邪魔な桃の木は引っこ抜いたり、手にすぐに届く範囲の樹形に仕立てるなどして省力化を図ったことです。

整えられた桃の畑

筆者:急速に規模拡大する中で、苦労したことはありますか?

前坂さん:
やはり、人材確保と育成ですね。
うちでは桃の木を植えてから5年で本格的に桃を採り始めるのですが、成木になって作業が忙しくなる前に、雇用や人材育成を先行させる必要があります。

そこで2021年に、合同会社を設立しました。地域の農業と従業員、そして消費者を紡いでいく糸のような農園にしたいと思って、「つむぎ果樹園」と命名。それでも桃がまだ採れないのに人件費に先行投資する怖さは常にありましたし、従業員が年々増えていく度に、従業員が安心して作業に打ち込める環境整備の重要性を強く感じていました。

更につむぎ果樹園を良くするために、GAP認証を活用して栽培マニュアルを作成しました。雇用に関する各種制度も、従業員と話し合って作成中です。
今後桃に関わりたい人にとっては、個人農家よりも法人の方が、働き手にとっては安心感があると思います。

従業員の人も活躍中

他産地よりも甘い桃を高単価で直販

筆者:現在の販路について教えてください。

前坂さん:
私の就農当初は、市場やJAが5割、直販で5割くらいでした。
桃の規模拡大が軌道に乗ってきた段階から直販の割合を増やし始めて、現状では市場出荷はゼロです。

筆者:市場出荷ゼロというのは、すごいですね!
直販を増やそうと思った狙いは何ですか?

前坂さん:
市場やJAもすごくお世話になったのですが、やはり飛騨地域の桃のおいしさを価格に反映しきれてないように感じていたんです。
飛騨地域は決してメジャーな桃の産地ではありませんが、市場の評価や消費者の人の評判はいいんですよ。

寒暖差のおかげで桃が糖度を蓄えるので、他産地よりも甘いといってもらえるので。
それならば、自分たちで価格を決めて売りましょうと。

桃の最盛期は出荷調整に追われる

筆者:なるほど。
直販に力を入れる中で、苦労したことはありますか。

前坂さん:
消費者の方に納得してもらえるような、高単価足り得る根拠を提示し続けることに、常に神経を使っていますね。直販って、JA出荷より出荷経費を格段に安く出来るわけじゃないんですよ。

出荷調整

配送

パッケージなどのデザイン

SNSやメディアでの情報発信

アフターサービス

このように、直販ならではの色々なコストがあるんです。
お客さんに価格以上の納得感がなければ、リピート買いは絶対にしてもらえません。
だから、つむぎ果樹園では全量糖度を測って甘さをPRしている他、直売所でしか買えない品種や商品を用意したり、桃の詰め放題や収穫体験など、お客さんが楽しめるようなイベントを実施するなどの施策を常に行っています。

ブランディングのための努力はかなり大変ですが、お客さんの喜んでいる表情を見ると、苦労も報われますね。

直売所で行われる、桃の詰め放題

桃のアイスの開発の背景

筆者:ブランディングと言えば、桃のアイスをクラウドファンディングで出資者を募集したことは、SNSで話題になっていました。
桃のアイス開発には、どのような背景があったのですか?

前坂さん:
元々6次産業化には興味があって、桃の廃棄品を試しにジュースにしたりはしていたんです。だけど、似たような桃のライバル商品は既にたくさんあるじゃないですか。
それに、廃棄品を加工するより正品の生の桃を増やした方が利益が出るのは、肌感覚で分かりますし。

転機となったのは2022年、ご縁があって知り合ったアイス専門のパティシエの人に試しに作っていただいた桃のアイスにビビっときました!「こんなおいしい桃のアイスは初めて出会ったから面白そうだ!」と。一気に商品化に向けて動いて、2023年に発売したという流れです。

筆者:意地悪な質問ですが、桃を使った商品は他にもたくさんありますよね?
ライバル商品との差別化ポイントはありますか?

前坂さん:
桃の果汁を使ったジュースやアイスは、確かにたくさんあります。
だけど、桃の果肉ごと使った、桃そのものを味わえるような商品はほとんどありません。
そして、品種ごとに6種類のアイスがあります。
通常1種類の桃の品種の商品しか無かったはずなので、桃の品種の違いを食べ比べする楽しみ方ができると思います。

筆者:桃の果肉ごと使ったアイスが6種類!
確かに他には無い商品ですが、開発も簡単ではなかったのでは?

前坂さん:
たしかに桃のアイス開発には、やっかいな壁がありました。
桃の果肉は桃の収穫シーズンしかないから、年中製造ができないという壁です。
しかし、市内の近くの加工業者と提携して冷凍加工してもらうことで、年中桃アイスの製造が可能になりました。
お蔭さまでお客さんにも好評で、累計で10000個以上売れていますね!

筆者:発売から一年足らずで10000個以上!?
人気が爆発してますね!

品種ごとの味の違いが楽しめる桃の果肉入りアイス

果物への思いごと発信できる直売所をリニューアルオープン

筆者:あと最近では、直売所を新しくしたと伺いました。
以前の直売所も十分に奇麗だったと思いますが、新しくされた狙いは何ですか?

前坂さん:
農家の軒先販売って、知り合いでないと気軽に立ち寄って買いにくいじゃないですか。
だからまずは、消費者の人に気軽にふらっと立ち寄ってもらえる場所にしたかったというのがあります。
桃だけでなく、私たちの思いも合わせて売りたいという、ブランディングの一つでもありますね。

筆者:なるほど!
新しい直売所の将来のビジョンはありますか?

前坂さん:
いずれは桃だけではなく、地域の果物や自分が良いと思って取り寄せた果物を並べたいと考えています。
他の地域にも、農家が思いを込めて作った素晴らしい果物がありますからね!
農家が小さくやっている軒先販売のイメージを越えた、新しい直売所のスタイルを作りたいです!

思いごと発信できる直売所をリニューアルオープン

今後の目標

筆者:今後の目標を教えてください。

前坂さん:
まずは、会社の売上目標である年間1億円を達成したいですね。
あとは、独立を目指す若い桃農家も育てたいです。
農業法人で働いて独立するという事例はまだまだこの地域には少ないので、つむぎ果樹園がロールモデルになれたら、と考えています。

筆者:え、桃農家を育てたい!?
ライバルを地域に増やすことになりませんか?

前坂さん:
新規就農者はライバルではなく、地域で同じ志を持って農業をする仲間だと思っています。
やっぱり一農業法人が頑張るよりも、地域の農家も一緒に盛り上げてこそ、影響力も波及するじゃないですか。
飛騨地域の桃の良さを、飛騨地域の農家や企業と連携しながら、全国へ広めることが最大の目標です!
それこそ恵那川上屋さんの栗きんとんのような、地域を代表する名産品を目指したいですね。

筆者:応援しています!
取材させていただき、ありがとうございました!

仲間と共に飛騨の桃をメジャーへ