はしがき

竜王戦で挑戦者に躍り出て、王将戦ではリーグ入りを遂げ、順位戦でも好調な滑り出しを見せている佐々木勇気八段。 宿願である「打倒・藤井聡太」を旗印に、己が進むべき道をしっかと見据え、意気上がるのはいうまでもない。 この特集記事では、佐々木八段自らに過去の激闘譜の中から印象深い20局を厳選していただいた。 それらを昵懇の間柄にある伊藤匠叡王に深く掘り下げてもらい、佐々木将棋の魅力と神髄に迫ろうというのがコンセプトだ。 勝った将棋もあれば、負けた将棋もある。 勇気凛々「らしさ」がほとばしる、ハイライトシーンの数々をご堪能あれ。

【構成】住吉薫【解説】伊藤匠叡王※本文中の段位、記事内容等は将棋世界誌面作成時のもの

  • 今回の主役、佐々木勇気八段(写真は第37期竜王戦挑戦者決定戦、撮影・本誌)

    今回の主役、佐々木勇気八段(写真は第37期竜王戦挑戦者決定戦、撮影・本誌)

伊藤叡王から見た佐々木勇気

勇気さんに目をかけてもらうようになったのは、15~16歳。奨励会三段のときでした。私が参加していた研究会にぶらっと現れて声をかけてくださったのが始まりです。記録係の仕事や新人王戦の対局なんかが終わるのを勇気さんが待ち構えていて、それから練習将棋を指したり、思いついたように呼び出されたり。8歳年上の先輩である勇気さんからはもちろん学ぶ点が大いにあり、励みになりました。そういう関係はいまも続いています。 

勇気さんは、時間があれば誰かと電話しているイメージです。私の場合は対局終了後に電話がかかってくることがよくあり「中継を見ていたんだけど、あの局面はどうだった?」とか気さくに話しかけてくださいます。少し心配性のところもあり、最近はタイトル戦の話題が増えました。和服のことや近々出場する竜王戦に関する質問などですね。「2日目の夕食休憩はあるのか?」とか「対局中にお腹がすいたら好きなときに好きなものを頼めるのか?」とか「夕食のときは隔離されて一人にならなくちゃいけないのか?」などなど。ひとたび電話がかかってくると、話があちこち突拍子もない方向に飛ぶので楽しいです。一緒にいるときも、明るい性格で自由奔放なので気持ちがいいですね。ただ勇気さんは多趣味ですけど、遊びの共有はありません。断られるのがわかっているので、私には無駄な勧誘はしてこないのだと思います。

勇気さんは筋に明るい鋭い攻め将棋で、奇抜な手や華麗な手、カッコいい手を好みます。駒の損得よりも効率重視で、むしろ駒を捨てるのが好きなようにも映ります。筋が悪そうな手やもたもたする手が嫌いで、斬り合いでスパッといくのを理想としています。とはいえドロドロした展開も多いのですが、最後まで光る手を放って勝とうとする雰囲気を感じます。  今回、調べて改めて思ったんですけど、初期の頃の勇気さんはごちゃごちゃした終盤で冴えた手を指して抜け出すような棋譜が目立ちました。自分と出会った頃から序盤を重視する傾向が強まり、指し手の精度が高まって安定感が増してきました。攻撃一辺倒ではなく丁寧に受ける展開も苦にしないようになった印象です。 

勇気さんの形勢判断は非常に楽観的で、自分のほうが常にいいと思っている節があり、研究会の感想戦で驚かされることもたびたびです。こっちが言っていることのほうが大抵のケースで正しいはずなのですが(笑)、自らの指し手に対する信念がそれだけ強固なのだと思います。 最近は「自分の指した手が定跡になるとうれしいので、この順を試してみたかった」というようなセリフをよく聞くようになりました。未知の局面で派手な手がひらめく才能肌なのは相変わらずですけれど、いまの勇気さんは綿密な事前研究を軸に、前例のない新しい将棋を開拓していこうという進取の気性にあふれています。私にとっては身近にいて背筋が伸びる、いちばん刺激的な存在です。

第1番・▲西尾明六段―△佐々木四段(13年9月・第72期順位戦C級2組)

西尾七段は、序盤から工夫を凝らすバランスのいい棋風かと思います。本局は横歩取り・先手青野流。勇気さんは、以前は後手番の横歩取りを得意にされていましたが、この当時は青野流はそれほど流行していなかったので互いに長考合戦になって激しい形に進みました。形勢の揺れ動きはありましたが、終盤に入ると後手にとって苦しい状況が続き、第1図は絶体絶命に見えます。

  • 第1図…89手目▲5二成桂まで

    第1図…89手目▲5二成桂まで

飛車取りをかわすには△6三飛しかないようですが、勇気さんは△2一飛とあえて1手かけて馬の利きに飛び込みました。手の善悪でいえば△6三飛がまさるのかもしれませんが、局面自体が悪いので評価値上の最善手に意味はありません。▲5四馬と引かれると活路が見いだせなくなります。△2一飛は派手な手を好む勇気さんらしい勝負手段でした。玉の安定度が大きく違い、先手が圧勝するムードでしたが、飛車のタダ捨てで流れが変わります。この手は2一で飛車を取らせることで、▲6一成桂~▲4一馬の厳しい追撃を阻止するところに狙いがありました。本譜は△2一飛▲同馬以下、△3七歩▲9六飛△3八歩成▲9四飛△同歩▲5四馬△8四玉▲3六馬△4九とという進行で、後手が逆転に成功です。△3七歩にはここでも先手は▲5四馬と引き、△3八歩成に ▲7六歩と打てば後手の負け筋でした。以下△4九とには▲6四馬と寄れば、△同玉は▲6五歩で詰み、△8四玉は▲8六飛△8五香▲同桂で、先手は玉の脱出路を開きながら手順に後手玉に迫れます。しかし7六に冷静に歩を打つ手は、なかなか気づきにくいと思います。図の局面で残り時間は▲2分△19分。△6三飛は粘るだけの手だと切り捨て、△2一飛を決断した佐々木流の勝負勘が冴えました。こういうビビッドな手が浮かぶこと自体が才能だと思います。とっさのひらめきだったのでしょうけれど、自分だったら全然見えずに△6三飛かもしれません。

第2番・▲阿部光瑠四段―△佐々木五段(14年10月・第45期新人王戦決勝第1局)

阿部七段も才能派の棋士で、よく手が見えるタイプです。横歩取りから第2図の直前に後手が△2四飛と飛車交換を挑んで▲同飛△同角と進み、先手は角取りに▲8四飛と打ちました。

  • 第2図…37手目▲8四飛まで

    第2図…37手目▲8四飛まで