伊藤園お~いお茶杯第65期王位戦七番勝負で藤井聡太王位に挑戦し、タイトル獲得とはならなかったものの好勝負を展開した渡辺明九段。時代の流れに合わせて柔軟に変化しつつも、指し手に一本筋が通っているという本質は変わらない渡辺将棋は、昔も今も将棋ファンを魅了しています。

2024年9月3日に発売された『将棋世界2024年10月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)では、渡辺九段と旧知の仲である、村山慈明八段と戸辺誠七段が、渡辺明九段の名局を語った特集「渡辺将棋を大いに語る~印象に残る厳選20番~」を掲載しています。本稿では、本特集よりお二人が感じた渡辺九段の印象的なエピソードなどを抜粋してお送りします。

  • 【撮影】中野伴水

(以下抜粋)

3人の出会い

戸辺 渡辺九段にスポットを当て、将棋史におけるその足跡を振り返りつつ、戦い方の特徴や棋風の変遷について改めて読者の皆さんに紹介しようというのが企画の趣旨です。プライベートでも付き合いの長い私たち2人に、これまで間近で見てきた渡辺将棋を存分に語り尽くしてほしい、というのが編集部からの依頼内容ですね。村山さん、よろしくお願いします。

村山 戸辺さんと知り合ってからも長い歴史がありますね(笑)。(中略)では、まずは渡辺将棋の特徴を思いつくままに挙げてみますか。玉を固めてドンといく攻め将棋で、踏み込みよく細い攻め筋をつなげる技術にたけていますよね。パワフルであり、ここはこんなもんでしょ、という感じで無駄な読みを省略できて、非常に見切りがいいです。

戸辺 それに何より将棋がきれいですね。構想力に優れているうえに、いいところに指がいく。本筋を見据えていて、途中で変な手を拾いにいくことはしません。

村山 渡辺さんとの出会いは小学生大会で、9歳のときでした。親しくなったのは中学生からで、奨励会は初、二段が重なりました。棋士になって数年間の渡辺さんはまだ本腰を入れている感じではなく、将来の竜王名人としてはあるまじき棋譜も残しながら、余裕で遊んでいました。渡辺さんが将棋会館にぶらっとやってきて、カラオケとかゲームセンターとか、戸辺さんとも3人でよく遊びました。

戸辺 2003年頃ですかね。渡辺さんが高校を卒業して一人暮らしを始めて、「今度ムラ遊びにおいでよ」と村山さんが声をかけられたときに僕も隣にいたんでした。渡辺さんが王座戦本戦で勝ち始めた頃、村山さんが記録係を担当していて対局終了後、別な将棋の記録を取っていた僕も便乗してタクシーで渡辺邸にお邪魔する流れになったこともありました。

明快!渡辺将棋

村山 私は四段デビュー戦が2003年11月17日の新人王戦だったんですが175手で負け、終了が午後9時5分。気合が入っていたのにがっくりきて渡辺さんに連絡したら「じゃあ、おいでよ」「ハイいきます」ということになったんでした。そのひと月ほど前、渡辺さんは羽生さんに初挑戦した王座戦五番勝負の第5局で敗れ、まだその傷が癒えてはいなかったと思うんですが、へこんでいる私にとても気を遣ってくれて「じゃあ、映画でも見にいきますか」と。2人とも深田恭子が好きだったんで、深キョン主演『陰陽師Ⅱ』を見にいったのをよく覚えています。

戸辺 あれ? そのときの記録係って僕じゃないですか。なんで一緒にいっていないんだろう。あ、思い出した。なんか村山さんは僕にむかついてたって、あとから言ってましたよね。イラっときていて、そのせいで負けたとか言ってたから、それで誘ってくれなかったんだ(笑)。

村山 戸辺さんの秒読みが、語尾が間延びしてあまりにも鼻についたんだよね。「秒読みは10分からお願いします」って言ってたんだけど、途中で「もう読まなくていいです」って断ったくらい(笑)。

戸辺 将棋が長くて、僕もだるくなって飽きちゃったんでしょうね。A級のカードとかならまだしも、四段と三段の将棋ですし、僕自身も参加している三段リーグの延長みたいなもんじゃないですか。早く終わらせてよ、みたいな気分だったんだと思います(笑)。村山さんは長考派でしたし、相手も小刻みに時間を使っていま思えば内容自体は力が入った好局だったんですけど(笑)。まあ、基本的に渡辺さんは我々には優しかったですよね。結構ほかの人については「あの人こうだよね」みたいに辛辣なことも言ってたじゃないですか。そのノリで自分も酷評されているんじゃないかと疑ったこともあったんですけど(笑)。でも、しょうもない負け方をして落ち込んでいるときは「そういうこともあるよ」といつも慰めてくれましたよね。「見ちゃおれない将棋だった」と言われたことはありません。

村山 確かに将棋に関して厳しいことを言われた記憶はないですね。私は三段時代、渡辺さんの記録は追っかけでかなり取っていたんですが、序盤こそやや粗削りだったと思いますけど、月並みですが終盤力には目をみはるものがありました。奨励会時代だと私がトン死負けを食らったり、大逆転の将棋も何局かあります。

戸辺 勝ち方がうまかったですよね。私も渡辺さんが四、五段の頃は頻繁に記録を取っていましたが、作戦勝ちから実際に勝ちきるまでの手際のよさが抜群でした。時間をかけてもたもた勝つなら誰でもできると思うんですけど、勝ちパターンに持ち込むまでが速かったです。いまの将棋はベタ読みでいい手を見つけなくてはならない傾向も強いので、渡辺さんのフォームも変わったとは思いますが。

村山 渡辺将棋は、昔は玉が堅いので感覚的に攻めまくれば十分だった側面はあるでしょう。いまはバランス型の将棋が多く、自玉周辺にも気を配らなくてはいけない設定が増えました。でも「指し手の筋道が通った骨格がしっかりしていて模範になる将棋」という渡辺さんの本質部分は変わっていないように思います。

戸辺 渡辺将棋はそのつど目指すゴールが非常にはっきりしているので、見ていてわかりやすいですよね。攻めるときは鋭く斬り込みますし、今回たくさん棋譜を並べ直して思ったんですけど、裏芸で玉サバキも巧みなんですよ。堅い玉で攻めるのと薄い玉で逃走を図るのは、見かけは逆でも目的がはっきりしている、という点は共通ですよね。指し手のコンセプトがきちんとしているのは、渡辺さんのさっぱりした性格や盤外での合理的な考え方にも通じていると思います。プランがちゃんとしていないと納得しません。

村山 シンプルですよね。プロっぽく細かく小技を使うという発想にはなりにくく、道筋が鮮明でいい意味でストレート。

戸辺 総合的に強いので、ごちゃごちゃした局面でも考え抜けば読みきれますけど、好きか嫌いかで言えば、そういう展開は好みじゃないんですよね。ずっと長手数で粘って最後の一刺しを狙ってくるようなタイプとは指していてつまらなそうですし、将棋の質が違う(笑)。多くの方に渡辺将棋を手本にしてほしいです。

(渡辺将棋を大いに語る~印象に残る厳選20番~/【構成】住吉薫)

『将棋世界2024年10月号』では、全編を掲載しています。ぜひご一読ください。

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