「働き方改革」という言葉が広まり、職場=オフィスの在り方を見直す企業も珍しくないです。その波は「激務・長時間労働・アナログ」のイメージが強い出版社にも及んでいます。

先日、昭和然とした『マイナビニュース編集部』のオフィスがABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)化すると社内に通達! フロアに激震が走りました。

新オフィスのレイアウトを見ると、フリーアドレスの座席と合わせて、「コアデスク」なるエリアが用意され、「ココはA編集部、ソコはB編集部です」と場所が指定されているのです。

  • 昭和なスタイルの編集部の職場がついに!

ここであれ? と思ったのです。

ABWオフィスを何社か取材してきた筆者の認識では、ABWは固定席が無く、オフィス内のどこで仕事しても自由というものでした。それなのに、基点エリアが決まっている?ABWとは何なの? と頭が混乱する筆者。

そこへ「働き方改革の旗手」と言えるコクヨから、「東京品川オフィス及び東京ショールーム『THE CAMPUS(ザ・キャンパス)』の大規模改装」というアナウンスが届きました。

オフィスの在り方を検証する同社なら、疑問も解消できるね! と考え、リニューアルした同社オフィスを尋ねてきました。

コクヨの「THE CAMPUS」がリニューアル

今回の大規模改装は2024年7月~2025年1月にかけて段階的に実施され、第1弾として、北館1階、2階がリニューアル。

社内外のチームやユーザーと、「ともに、つくる」ための共創スペース「CREATION PLACE "BOXX"(クリエイションプレイス "ボックス")」や、1人ではなく、誰かと「ともに、つくる」ライブラリー「HIVERARY(ハイブラリー)」を新設するなどのアップデートを行いました。

  • 今回見学できたのは赤丸で囲ったエリア 提供:コクヨ

と同社のリリースでは説明されています。では実際の様子は? 働き方改革室の江崎舞さんが案内してくれ、まずはその理由と意図を明かしてくれました。

「コロナ禍に伴うテレワークの強制からWeb会議の頻度が激増しました。ところが出社を解禁して出社率がコロナ禍前の水準に戻ったにもかかわらず、Web会議の数は変わらないというデータが社内調査からわかったのです」

  • 2020年1月~2023年9月の「THE CAMPUS」における出社率とWeb会議数の推移 提供:コクヨ

出社するけど「みんなWeb会議をずっとやっている」という印象を江崎さんたちは持ったそうで、実際その時間を調べたところ、1日のうち半分をウェブ会議で費やし、対面式のリアル会議よりも比率が高い結果だったと言います。

「リアルに集まったから何かしましょう、という自律的な考えというよりは、Web会議の利便性に少し頼っているのではという懸念点。また、出社率が高い人ほどWeb会議も多く、出社していない人はWeb会議もしないという歪みもある状態でした。効率化を求めすぎているのでは?という危惧、またコラボレーション機会や情報を得る機会において偏りがあるのではという課題を感じたのです」

これらを解消するため、「リアルな場に来ることにこだわった」リニューアルを実施したそうです。

休憩時間はしっかり取る

1階の「CREATION PLACE "BOXX"(クリエイションプレイス "ボックス")」では、地域の方やワーカーを巻き込んだ新商品のテストマーケティングやサステナブル活動を行うポップアップスペースで、社会課題解決に向けて社内外のパートナーとワークショップやブレストなどを行う滞在型の共創スペースとして活用されます。

  • CREATION PLACE "BOXX"

  • 滞在型の共創スペースとして活用

このエリアで、特に筆者が注目したのが、「健康管理室のリニューアルとリフレッシュ専用スペースの新設」でした。

休憩したり、誰かとランチを取ったりできる場として用意され、業務はできない場所。そのため電源も取れないなど、徹底しているのが印象的です。

  • リフレッシュ専用スペース

  • 仕事は持ち込まないエリアなので、電源も用意されていない

「労務時間の見直しを徹底し、残業時間の削減を進めていますが、同時に労働基準法で定められた通り、休憩時間もきちんと取得しようとし、15時のティータイムにはここで珈琲が提供され、仕事から離れて休憩するという文化もこれから作っていきたいですね」

社内外を交えた共創スペースを用意しつつ、健康経営の文脈から社員の健康づくりも後押しできる場もある。こうした取り組みが社員のパフォーマンスに影響するのは想像に難くないでしょう。

Web会議以上、会議室未満

続いて2階にできた「HIVERARY(ハイブラリー)」へ。出社が前提だったコロナ禍前は、一人で没頭できる場として使われた「DIVERARY(ダイブラリー)」をアップデートしたそうです。

  • 「HIVERARY(ハイブラリー)」

ちなみにダイブラリーは、「DIVE(没頭)」×「LIBRARY(ライブラリー)」の造語で、社員が自分の課題に向き合い、解決に没頭することができることを目指していて、その解決のアイデアの種となる高さ3.3mのブックウォールが配置されています。

少し独特なのは、二人三脚で「Web会議以上、会議室未満」のワークが可能なエリアもあり、座席も2人で利用する仕様となっていました。

  • 椅子2脚にモニター1台で共同作業を促す仕様

  • フラットな関係でアウトプットを「ともに、つくる」タンデムワークを促す

「従来の施設がコロナ禍前のコンセプトでできたもので、コロナ禍を経て『オフィスに集う』という意味が変化した今、コンセプトも変わる必要があるだろうという判断のもと、人とちゃんと関わり合いながら『ともに、つくる』場という意味を持つ、HIVE(ハイブ)=巣とライブラリーを掛け合わせたハイブラリーという場所にアップデートしました」

  • モニターには社内コミュニケーションを可視化するデジタルコンテンツが配信される

アップデートに伴い、前は黒で塗装されたラックも白に上書きされ、社内のコミュニケーション状態を可視化するデジタルコンテンツを投影するモニターが加わっています。

このデジタルコンテンツ、コクヨの社員が社内ツールのSlackで投稿すると変化し、情報量が増えるほど線が太くなるなど、実際のコミュニケーション量をビジュアルで可視化したもので、コミュニケーションの「今」を把握できると江崎さんは説明します。

「本当はリアルタイムでデータを取りたかったのですが、技術上の制約があり1週間前の状況が投影されます。コミュニケーション量以外に、社屋内の社員の位置情報を可視化もし、誰がどれぐらいどの場所にいるのかも価格的に分かるようにしています。これを見て、社員やお客様が一緒に自分たちのコミュニケーションのあり方を考えるきっかけになればと願っています」

これは面白い試みすよね。例えばコミュニケーション量とアウトプットした成果物の2軸をみて、社員の評価に紐付けるなどもできそうです。実際、今はできないので評価軸を外しているが、将来的にはそうしたことも考えたい様子の江崎さんでした。

ABWでサボる社員がいたら?

今回のリニューアルで「リアル」にこだわるコクヨの姿勢がよくわかりました。でも、なぜそこまでこだわるのでしょう。

そんな疑問をぶつけると、「そもそもお客様のオフィスを作っている会社ですから、リアルな場所の価値を信じていますね笑」と非常に明快な回答が直ぐに返ってきます。

そのうえで、他企業より2歩先を見ながら「こうなのでは」という仮説を元に取り組んでいるので、その考えが世の中に浸透する可能性はあるが、逆に仮説が誤っていてまったく必要とされない可能性もある。それも含めコンセプトの実験場だと言うのです。

  • 働き方に関するコンセプトの実験場

ここで編集部のABW化の疑問点についても尋ねると、意外な答えが出てきました。

「働きやすさ、効率だけを重視するなら、昭和のオフィスである関係性の深い部署が集まり、出社すると座席があるのは良いかと思います。ただ、そこから働きがい、新しい価値、視野の広がりなどが生まれるかというと、そんなことはないのかなと思うのです」

となると、編集部に導入される「コアデスク」という試みは時代に逆行している?この恐ろしい疑問も聞いてみました。すると……。

「コクヨでも同じようなことがあり、すべてABWだと、オフィスに居場所というものがなくなり、居心地が悪い、愛着を持てないみたいな声もあるのです。実は第2弾のリニューアルではグループアドレスという、業務のハブになる社員は固定席を持ち、そこに行けば当人がいるという安心感を作る仕組みを予定しています」

なんと!編集部の考えに近しい施策を同社も考えていたのです。これは目から鱗が落ちる衝撃でした。ちなみに、エグゼクティブシートというものがあり、意思決定できる人はそこに必ずいるという仕組みもあると説明してくれました。

ここで天邪鬼な筆者、「ABWをいいことに、出社したフリをする社員はいる場合はどうするのでしょう」を聞いてみたのです。

「コクヨの場合だと、前提として出社率を一律で決めず、社員がそれぞれ選べます。現状はオフィス中心で働く、在宅中心で働く、その中間でバランスを取って働くの3つの選択肢です。そして承認の過程で必ずチームで対話し、上長が最終の承認を出すというフローです」

こうしたプロセスを経ているので、チームの中で「この人は子育てが軸なので在宅ワーク」「この人は出社して●●を軸に働く」など、信頼関係があるうえでABWが運用されていると言います。

これは「誰がどこにいる、いないといけない」というマイクロマネジメントではなく、もっとゆるい関係だと、その違いを江崎さんは強調するのでした。

最終的には働く人たちの問題なので、相互理解を進めるしかないのだろうな、と原点を確認する機会となりました。