先日、4団体統一世界スーパーバンタム級王者・井上尚弥(大橋)にWBAから通達があった。指名試合の要請である。WBA世界ランキング1位のムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)との期限内(9月25日まで)対戦を求められたのだ。

だが、これに応えるのは難しい。すでに井上陣営は次戦の相手を定め交渉も最終段階に入っており、9月に首都圏会場でWBO世界2位、元IBF世界王者のテレンス・ジョン・ドヘニー(オーストラリア)と闘うことを決めている。指名試合を拒否した場合、井上はWBAのベルトを剥奪されるのか?

  • 9月に王座防衛戦に挑む井上尚弥。テレンス・ジョン・ドヘニーとの対戦が有力と見られている(写真:藤村ノゾミ)

■アフマダリエフを避けてはいない

まず「指名試合」について説明しておく必要があるだろう。
プロボクシングでは、基本的に世界チャンピオン側が次の挑戦者を決める。WBA、WBC、IBF、WBO各団体によって規定は多少異なるが、ランキング10位以内、或いは15位以内に名を連ねる選手の中から選ぶわけだ。

この場合、良くない事態が起こりかねない。
チャンピオンは、長くその地位を守りたい。そのためにランキング下位の勝ちやすい選手ばかりを選んで闘い、防衛を重ねる可能性が生じる。そんな状況を防ぐために各世界王座認定団体が設けているのが「指名試合」である。
つまり、王者には各団体が指名した選手(主にランキング1位の選手)と一定期間内に試合を行う義務があるのだ。

井上は9月にWBA世界1位のアフマダリエフと闘い、12月にIBF&WBO世界1位のサム・グッドマン(オーストラリア)と拳を交えるのだと私は思っていた。
すでにWBCの指名試合は5月6日、東京ドームでのルイス・ネリ戦で終えており、この後、アフマダリエフ、グッドマンの順に闘えば全団体の指名試合をクリアできるからだ。 しかし井上陣営は、9月にグッドマン戦を計画。そして交渉は難航、ドヘニーへと対戦相手を変更している。

なぜ井上陣営は、9月の対戦相手にアフマダリエフを選ばなかったのか?
そこには複雑な事情があったようだ。
実は9月21日(現地時間)に英国ウェンブレー・スタジアムでビッグイベントが開催される。メインエベントは、アンソニー・ジョシュア(元WBA、IBF、WBO世界ヘビー級王者/英国)vs.ダニエル・デュボア(IBF世界ヘビー級暫定王者/英国)になる模様で、そのアンダーカードに、井上vs.アフマダリエフを組み込むプランがあった。

この観客9万人規模のスーパーイベントへの出場にアフマダリエフは乗り気。一方で井上サイドは9月・日本開催のプランを進めていて、折り合いがつかなかったのだ。
言うまでもないが、井上がアフマダリエフを避けているわけではない。すでにドヘニー戦が水面下で決まっている9月は無理だが、12月なら闘うつもりだろう。

  • 5月6日、東京ドームでのルイス・ネリ(左)戦。1ラウンドにダウンを奪われるも逆転TKO勝利を収めた井上が4団体統一王座を防衛した(写真:藤村ノゾミ)

■王座剥奪の可能性は低い、それでも…

さて、井上陣営がWBAの指名試合要請を拒否した場合、ベルトは剥奪されるのだろうか?
その可能性は低いと思う。
理由は2つ。

まず、井上は単なるWBA王者ではない。WBAスーパーバンタム級の「スーパー王者」。これも歪なシステムだが、WBAは正規の世界王者の上に「スーパー王者」を認定している。スーパー王者の場合、指名試合の期間は猶予され、9月に行わなかったとしても12月に闘う用意があることを伝えれば剥奪はないだろう。

もう一つは井上の存在の大きさである。
WBAのみならず各団体の収入源は、世界タイトルマッチの認定料。この金額は一定ではなくイベントの規模、選手のファイトマネーに比例して決まる。そんな「金のなる木」を王座認定団体が、アッサリと手放すとは思えないのだ。

  • 井上尚弥が勝ち取った4本の世界チャンピオンベルト。左からWBO、WBA、IBF、WBC(写真:藤村ノゾミ)

それでも、WBAが「指名試合拒否」を理由に井上からベルトを剥奪する可能性もゼロではない。これに関して大橋ジムの大橋秀行会長は、こう話している。
「4団体の王座を統一したことに意義がある。場合によっては(WBA王座剥奪も)仕方がない。そう本人(井上尚弥)とも話している」
WBAのベルトを失ったとしても、井上尚弥がスーパーバンタム級最強であることに変わりはないのだ。

むしろ、WBA王座が剥奪された方がストーリー的には面白いかもしれない。
その場合、WBA世界スーパーバンタム級の新王者決定戦が、アフマダリエフと上位ランカーの間で年内に行われる。
そして来春、ここでの勝者と井上が「4団体世界スーパーバンタム級王座統一」をかけて闘うというのはどうだろう。
同一階級で2度「4団体世界王座統一」を果たしたなら史上初の快挙だ。その試合を最後にフェザー級へ転向。これもモンスターに相応しい珠玉のストーリーのように思えるのだが─。

文/近藤隆夫