主要7カ国中最下位となった"非タイパ国"日本

日本人はこれまで働き方について「長時間働く=良いことである」という価値観で働き続けてきたことは、多くの人の知るところでしょう。

ですが、それが時代に合わなくなってきたことが、IMFが昨年発表した世界の1人当たり名目GDPにおいて、改めて明らかになりました。

国の経済力を示すGDPでは、アメリカ、中国に次いで日本は第3位をキープしていますが、1人当たりのGDPを見ると、じつは主要7カ国で構成されるG7では最下位に位置しています。

とくにイタリアに抜かれたことは衝撃的でした。イタリアといえば夏と冬に長期のバカンス休暇をとることでも有名な国。そんなストレスフルな働き方をするイタリアよりも、「働きづめの日本のほうが成果をあげていない」ことが分かったからです。

そのような流れを敏感に感じ取る若い世代を中心に、2022年ころから「タイパ」と言われる時間的な効率を意識する考え方が広まってきました。

この考え方自体はとても喜ばしいことですが、効率を重視するあまり、大切な情報を見落としてしまったりしていないでしょうか。

例えば、動画やニュースを倍速で見る「倍速視聴」や、多くの情報を早くインプットするための「速読術」など、とにかく時間を意識した行動がタイパの代表例として挙げられますが、果たしてインプットした情報が頭の中に残っているのかには疑問が残ります。

そこで大切になってくるのが時間効率を意識しつつ、大切な情報を聞き逃さない、見逃さない集中力の高さです。

タイパを実現するためには高い集中力が不可欠ですが、これまでの日本人の働き方は、1人当たりGDPの順位からも分かる通り、長い時間、悪く言えば非効率的に仕事をしてきました。

そんな感覚が身に付いた多くの日本人が、時代の流れから「時間的効率が大切なんだ」と思っても、すぐに考えを改め、急に集中してなにかをし、効率を上げようとしても難しいでしょう。

朝早く起きることはいいことだ、と分かっていてもなかなかできない人が多いのと同じ、と私は考えます。

ではタイパを上げるための高い集中力はどうすれば手に入るのでしょうか。気になる方のために、今回はそのコツを3つご紹介します。

イタリア人が考案した時間管理型集中法

ポモドーロ・テクニックをご存じでしょうか。

集中する時間と休憩時間をくり返すことで、仕事のペースを生み出す時間管理術のひとつで、1980年代に当時学生だったフランチェスコ・シリロ氏によって考案されました。

「ポモドーロ」はイタリア語で「トマト」の意味。シリロ氏がトマト型のキッチンタイマーを愛用していたことから、この名前がついたそうです。

ポモドーロ・テクニックの手順は、以下の通りです。

(1)タイマーを25分に設定し、作業を開始する
(2)タイマーが鳴ったら、5分程度の休憩をとる
(3)4~5回に1回は、15~30分の長めの休憩をとる

ポモドーロ・テクニックは、「今から25分間はこれをやればいい」と時間を区切ってタスクを絞ることで集中することができ、結果、生産性も上がるという時間管理術です。

シンプルだからこそ実践しやすく、効果につながりやすいといわれています。

「見ざる・聞かざる・言わざる」で心に余裕を作る

集中するためには感情のコントロールが欠かせません。

心に余裕を作るためのポイントとして、早起きのほかにお伝えしたいのは、さまざまな情報をシャットアウトすることです。

その手本として見習いたいのが、「見ざる・聞かざる・言わざる」の三猿。

江戸初期に彫刻家・左甚五郎によって作られた日光東照宮のレリーフが有名ですが、この三猿の教えは古代エジプトや中国、インド、アフリカなどにも見られ、いずれも不必要に見たり、聞いたり、言ったりすることが、人間にとって害になることを説いているそうです。

これを今の時代に当てはめるのであれば、現代病とされるスマホ依存、とくに情報があふれかえっているSNSは最たる例といえるかもしれません。

ことあるごとに誹謗や抽象が問題となるSNSですが、仮に正論であったとしても、厳しい口調で書かれている文言を目にすると人はストレスを覚えます。

また、見たくない、知りたくない情報が、意図せず目に入ってしまうのも困りもの。

SNSは対人関係のストレスに自ら飛び込んでいくようなものなので、まずは見ないこと。集中力を妨げる通知音もオフにして聞かないこと。反応が気になってしまうので、自分も言わないこと。そして集中し、効率を上げたいときにはスマホ自体を手元に置かない。

これを徹底すべきでしょう。

タイパを今すぐ上げたければガムを噛めばいい

噛むという行為は、脳にある海馬を刺激して血流量を増やし、前頭葉を活性化することもわかっています。

前頭葉は、集中力や注意力をつかさどる部位です。この点からいっても、咀嚼には直接的に集中力を高める働きがあるのです。

手っ取り早く集中力を高め、タイパを上げたいのであれば、ガムを噛むことをお薦めします。

医学的にもガムと集中力に関する実験はさまざまな論文で紹介されています。

東京歯科大学の研究者らが発表した論文にて、健康な男女13名がガムを噛んでいないときと、ガムを噛んでいるときに、問題への反応速度や正答率に違いがあるかを調べた結果、ガムを噛んでいるときのほうが、反応速度も正答率もよくなることがわかったそうです。

また、ガムを噛んでいるときのほうが、前頭葉が活性化されているというデータも出ました。

少し古い論文になりますが、2009年の『Psychological Reports』に掲載された実験では、小学3年生83名をガムの咀嚼の有無に分けて、記号を判別させる集中テストを実施しています。

最初は咀嚼の有無にかかわらず集中力が向上したのですが、終盤になるとガムを噛んでいる子どものほうが好成績を維持しました。こちらも、ガムを噛むことが集中力維持に役立つことを示唆しています。

似たような研究では、ガムを噛みながら14週間勉強した中学生と、噛まずに14週間勉強をした中学生に勉強の前後で数学のテストを受けさせたところ、ガムを噛んだ中学生の点数の伸びが大きく、高齢者に写真を記憶させたところ、噛まない場合よりガムを噛んで覚えたときのほうが記憶力が高かったという報告もあります。

このように、今回紹介をした3つの方法や、拙著『自律神経の名医が教える集中力スイッチ』(アスコム)も参考に、時間的効率を上げつつ、実のあるインプット、そしてアウトプットができる人になっていってくださったら幸いです。

著者プロフィール:小林弘幸(こばやし・ひろゆき)

順天堂大学医学部教授。日本体育協会公認スポーツドクター。
1960年、埼玉県生まれ。87年、順天堂大学医学部卒業。92年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属医学研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学小児外科講師・助教授を歴任する。自律神経研究の第一人者として、プロスポーツ選手、アーティスト、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上指導に関わる。