先代社長は自動車販売業。友人の悩みから信州産ソバ栽培に乗り出す

長野県松本市に拠点を置く株式会社かまくらや。遊休農地や耕作放棄地を活用し、ソバ、大豆、麦、タマネギ、ニンジン、野沢菜、リンゴ、薬草、おかわさびなど12品目を栽培する農業生産法人だ。直営の販売店や飲食店も経営し、現在は32名の社員で、220ヘクタールの農地を管理している。

耕作放棄地から再生したソバ畑で、ソバを収穫している様子(画像提供:株式会社かまくらや)

かまくらやの創業者である田中浩二(たなか・こうじ)会長は、松本市内で自動車販売会社を経営していた。しかし2008年、リーマンショックが起こる。
「自分で作ったものを売る事業をしなくては、将来厳しい経営になる」
世界的な金融危機や経済不況を目の当たりにして、経済の転換期にあることを痛感。次の事業を考え始めた。

そんなとき、地元信州そばの製麺所経営者から、ソバ農家が減り、信州そばの原材料がなかなか入手できない実情を聞いた。この課題はビジネスになる。田中さんは長野県産信州ソバの栽培・製造を事業化するべく、2009年、株式会社かまくらやを立ち上げた。

創立記念式典でスピーチをする創業者の田中浩二会長(画像提供:株式会社かまくらや)

農地を借りることもできなかった創業時。どんな荒れ地でも、小さな土地でも、なんでも断らないでやってきた。今や毎年10~20ヘクタール単位で農地が増えていく

しかし、事業が軌道に乗るまでは苦労の連続だった。創業当初のかまくらやに転職して14年、2代目社長に就任した藤本さんは、当時のことをこう振り返る。

「創業当初は、農業の知識もなく、当然、農地も所有していませんでした。地縁も血縁もありませんから、警戒されて農地を貸してもらえませんでした。ようやく借りられても、荒れ放題で条件の悪い耕作放棄地ばかり。条件のよいきれいな農地を借りることはできませんでした。
それでも、貸してもらえるなら、どんな荒れ地でも、小さな土地でも、なんでも断らないでやってきた。開墾して、ソバ畑にして、という努力をずっと続けてきました」(藤本さん)

創業当初のかまくらやに転職して14年、2代目社長に就任した藤本孝介さん

地道な努力で耕作放棄地をソバ畑にする姿を、地域の人たちはしっかり見ていた。引退する農家から遊休農地や優良農地をかまくらやに託したいという話が出るようになったのだ。次第に多くの農地がかまくらやに集まってくるようになり、困ったらひとまずかまくらやへ声をかける、という流れができ上がった。

今では優良農地も含めて、直接かまくらやへ打診があるほか、JAや農業委員会を通じてかまくらやに貸したいという依頼が後を絶たないという。現在では、毎年10~20ヘクタールほど農地が増えていくため、安定した事業拡大ができるようになった。

どんな荒れた農地でも、断らずに受け入れる。かまくらやの姿勢が地域課題の解決につながっている

かまくらやの概要

■事業概要(2022年実績)

■作付面積

■経営面積

休みも給料も安定したサラリーマン農家として定年まで働く。そんな社会を実現したい

かまくらやの努力と存在感が地域に浸透した今、毎年増えていく農地を事業化するための人員採用も欠かせない。かまくらやでは、アルバイトや中途社員ではなく、新卒採用に比重を置いている。従業員数 33名の平均年齢は 29歳だ(うち新卒延べ人数 24名:73%)。

「農業高校を卒業しても、農業関係に就職できないという子が多いでしょう。農業をやりたくて農業高校に入ったのに、卒業したら違う業界に就職して都会に出て行く。そんなことを続けていたら、地域から若い人たちがいなくなってしまうし、農業も進展しない。若い人たちが地域に根付いて農業を仕事として選択できるよう、雇用就農を進めているんです」(藤本さん)

かまくらやに継続して人材が集まる背景には、農業に対する田中会長の信念がある。
「創業当初から、田中会長には、“農業だからしょうがない”を変えなければ、という強い思いがありました。農業だから休みがなくても、残業代がなくてもしょうがない。そんな環境では、安心して働くことができませんよね」

藤本さんは田中会長の思いを受け継ぎ、サラリーマンとして就農する選択肢が当たり前になる社会を作りたいと考えている。
「非農家出身者でも、農業を職業として選び、休みも給料も安定したサラリーマン農家として、定年まで働いて退職金もしっかり出る。これを農業で実現したいんです。
農業に携わろうとすると、家元就農か独立就農か、その二択が中心になります。それだけではいずれ担い手が足りなくなり、農地が守れなくなる。この先、独立就農者だけで日本の農業を守るのは困難になるかもしれないですから。日本のため、地域のため、誇りと経済性を持って活動できる企業に成長させたいですね」(藤本さん)

雇用環境を整えることが経済性のある企業の必要条件と考える同社は、松本市内の一般企業並の労働条件を整えている。年休は105日、有給休暇も年次によって10~20日で100%取得可能な環境だ。親が安心して子どもの将来を預けられる会社にすることで、保護者の間でも評判となり、継続して若い人材が集まるようになった

現場の若手社員は、栽培管理や利益計画を行う「品目リーダー」に!

こうして入社した社員の多くは、“現場に考えてやってもらう”という同社の考えのもと、品目ごとにリーダーを置き、栽培管理や作業管理のほか、利益計画や目標値の設定まで考える。

「品目リーダーは、適材がいるからリーダーにするのではなく、現場の人にやってもらうというスタンスです。任せっぱなしでもなく ある程度の距離感でコミュニケーションを取りながら。子どもに自転車を乗せるイメージですね。教えながら伴走して、振り返ったら一人でできている。役職が人を育てる感じですね」(藤本さん)

品目リーダーはどのようなサイクルで仕事に取り組むのか。
「新しい品目を担当する場合は、他の農家にうかがい、学びを得るなどして栽培に取り組みます。栽培がひと段落したら、1年間の営農の振り返りを行います。どんな課題があったか、その課題は来期どのように改善するか、人員計画は問題なかったか、決められた耕作面積で年間の栽培計画をどのように進めるのか、など。PDCAサイクルにのっとって見直していきます」(藤本さん)

現場の社員が中心になって、作業管理のほか栽培の振り返り、次年度の栽培計画立案や目標値の設定を行う。経営陣や管理層は中途採用の社員が多いが、現場のリーダーや責任者の大半が新卒社員だ。現場の平均年齢は25歳前後。農業の現場として考えると非常に若いといえるだろう

経営指針書で決めた目標を達成できたのか、栽培管理や作物の出来はうまくいったのか。経営層だけではなく、現場レベルでも栽培管理を振り返り、翌年の栽培計画や管理方法を自分たちで考えるのが、かまくらやの方針だ。

生産部門で働く長岩さんは、まさに農業大学校卒業後に新卒で採用された社員の第一号。長岩さんは、入社後、生産部門に配属されソバや小麦などの栽培に携わり、これまでに40ヘクタール以上の耕作放棄地を農地に変えてきた。今では生産部門の中で係長を務め、現場で栽培管理や営農計画の立案を行っている。

長岩佑弥さんは栽培の現場でリーダー職を務めている

かまくらやでは、役が人を育てるという方針のもと、若いうちから役を担い、リーダーとして必要なことを学んでいく。リーダーとして育った人間が増えれば、その背中を見てリーダーになりたいと思う若い人材が育つ。いずれ、会社を背負って立つ社員もその中から現れるようになることを黒田さんは期待している。

黒田晄生さんは途中入社組の社員。前職での経験を生かし、管理職として活躍している

また、かまくらやでは、毎年3月、次年度に向けた「経営指針発表会」を開催している。金融機関、JA、リース会社など外部取引先を招き、会社としての経営方針を発表する場だ。

壇上にて経営指針を発表しているのは、課長の黒田晄生さんだ

この会においては、品目リーダーも、経営層が示した数値目標に対して、品目ごとにどのくらい売り上げるのか、そのためにどのような方策をとるのか、収支計画を発表する。さらには、品目リーダーだけでなく、社員一人一人も意思表明を行う。定めた経営目標を実際にどうやって実現していくか、出資者に向けて会社全体で意思表明する場でもあるのだ。

今や、売上高2億4000万円。経営リスク分散と、地域からの声に応えて多品目化を実現

ソバ栽培から始まったかまくらやだが、現在はソバと加工用トマトを中心に12品目の作物を栽培している。売上高は2億円(2023年)となった。ソバ単品だとソバ栽培が不作だった場合、経営に大きなダメージを受ける。多品目化はリスクを分散するための企業経営術なのだ。

しかし、単に経営リスク分散のために多品目栽培を行っているわけではない。地域の食品加工会社や飲食店からの要望をもとに、あまり利益に結びつかない作物でも、地域の役に立つのであればと挑戦することもあった。

「ソバは、自社経営のそば屋で販売し、安心して食べられる地元産のそばとして名物となっています。加工用トマトは、地元企業からのジュースやケチャップ用のトマトがほしいとの声で栽培を始めました。今ではソバに次ぐ売り上げになっており、第二の基盤になりつつあります。大豆などの穀物類は、地元のみそ屋と一緒にオリジナルのみそを作って自社店舗で販売しており、6次産業化もしてるんですよ」(黒田さん)

松本城近くに店舗を構える、そば処(どころ)かまくらや。自社産のソバ粉を使った手打ちそばを提供している

ソバや大豆を使ったお菓子やみそ、ソバ茶などさまざまな食品を販売している「信州SOBA農房かまくらや」

収穫中の加工用トマト。近隣の工場に運ばれ、ジュースやケチャップに加工される

地元で困っていることがあるなら、一緒に解決しよう。かまくらやモデルはビジネスとして成立

地元で困っていることがあるなら、一緒に解決しよう。かまくらやの気概を頼りに、新しい品目栽培の依頼だけでなく、地域からさまざまな相談が持ち込まれる。
近年多いのは「息子や孫が農業をやらないので、農地が管理できない」「農地が荒れてしまう」といった農地に関する困りごと。農地を借りることができず苦労した時代から一転、今では地主から声がかかることが多いという。

これには、地域の方々が、どんな土地でも受け入れる同社を頼りにしているからだけでなく、JAとの協力も関係しているという。
「うちは、自分で耕作しますし、JAさんとの協力関係もあります。だから、地主さんも安心して土地を預けてくださっているのです。ただし、開墾や土地管理など、本来地主さんの役目でもあります。あくまでも地主さんと一緒にやっていくスタンスです。ささいなことでも相談に乗る町医者みたいな存在ですかね」

地域のどんな悩みごとでも真摯(しんし)に受け止め、一緒になって解決策を探していく。特筆すべきは、かまくらやがボランティアや非営利事業ではなく、ビジネスとして成立している点だ。かまくらやのビジネスモデルは、ソーシャルビジネスの理想形であり、農業と地域社会の関わり合い、人材の確保という面でも、同じ課題を抱える地域の指標となる取り組みだろう。

【取材協力・画像提供】株式会社かまくらや