スズキが軽スーパーハイトワゴン「スペーシア」のフルモデルチェンジを実施した。ライバルのホンダ「N-BOX」も新世代になったばかりだが、スペーシアの新型は何で戦う? 装備や走りはどうなのか。新型スペーシア/スペーシアカスタムに試乗してきた。
新型スペーシアのデザインは?
軽自動車の世界では今、車高1,785mmに達する背の高い車種(スーパーハイトワゴン)が新車販売で鎬を削っている。スペーシアの競合はホンダ「N-BOX」とダイハツ工業「タント」だ。特にN-BOXは、登録車を含めた日本の新車販売台数で1位を堅持する強敵であり、フルモデルチェンジを実施したばかりでもある。販売台数でN-BOXを追うスペーシアは、今回の刷新でどのくらい商品性を向上させられたのか。
スーパーハイトワゴンは「標準車種」と派生車種の「カスタム」を用意するのが慣例のようになっている。スペーシアも「スペーシア」と「スペーシアカスタム」を取りそろえる。
カスタムは他社も含め、メッキを多用してギラギラする押し出しの強い顔つきとする傾向にあったが、新型スペーシアカスタムは、えらの張ったようなはっきりとした顔つきではあるものの、メッキの加飾はやや少なめになった。標準車は前型の印象を残す顔つきである。
新型の証は車体側面に後ろへ流れるような凹凸を持つ外観だ。貨物用コンテナを連想させるデザインで、屋根の造形も車体後半をより角張った造形としている。室内空間の広さを想像させるような見た目が、スーパーハイトワゴンの購入検討者には魅力的に映るのではないだろうか。
初代スペーシアが誕生したのは2013年のこと。その前は「パレット」という車名のスーパーハイトワゴンだった。車名変更には空間(スペース)の広さを想起させる狙いがあった。今回のフルモデルチェンジでは外観をより四角くし、見た目でも広さを強調している。
新型スペーシアは使い勝手のいい装備が充実
運転席に座るとダッシュボード全体に凹凸が目立ち、メーター部分、中央のナビゲーション画面、シフトレバー部分、空調の調節部というように、操作内容によって立体的に区分された造形となっている。この点は、平らなダッシュボードを基本とする簡素な造形のN-BOXと対照的だ。
実際に試乗してみると、ふちが囲まれたメーターが見やすいと感じた。カーナビゲーション画面はやや手前にせり出しており、タッチ操作などがしやすい。空調の操作部分にはシートヒーターのスイッチもあり、室内環境の操作が集約されている。ただし、ハンドルヒーターのスイッチは行き場がなくなったとのことで、ハンドル右下に追いやられてしまったのが残念だ。とはいえ、シートヒーターとハンドルヒーターは、スズキとして軽自動車では初の装備ということで、寒い季節にはありがたい機能である。
豊富な装備と細かい工夫が新型スペーシア/スペーシアカスタムの特徴だ。スーパーハイトワゴンを使う消費者のさまざまな使い方を支える装備や機能が車内各所に用意してある。
後席には「マルチユースフラップ」という座席の調節機能がある。座席の先端部分が可動式となっていて、そのまま前へ出せば走行中にふくらはぎを支え、着座姿勢を安定させる「レッグサポートモード」に、より前へ出して先端を斜めに持ち上げると「オットマンモード」になる。駐車中、後席に座って背もたれを倒して休憩する場面ではオットマンが活躍してくれそうだ。さらに、先端を上へ向けて折りたたむと、座席に置いた荷物が前にズレ落ちるのを防ぐ「荷物ストッパーモード」となる。
前席背もたれ裏手には折り畳み式のテーブルがある。スマートフォンなどを立てかけやすいストッパーや手提げ袋をひっかけるフックなどを備えていて、使い勝手は良好だ。
近年の軽ハイトワゴンは後席を前後に移動調節できるため、着座した際の空間が広々として心地よい。一方で、室内の空調の効きが前席と後席で差が出る懸念がある。それを補うのが、天井に設けられたサーキュレーターだ。まだ採用例は多くなく、これもスペーシアの長所のひとつになっている。家の中で、エアコンのほかに扇風機などを併用して冷暖房効果を高めるのと同じように、サーキュレーターで車内の空気を循環させることにより空調効果を高め、前後の席にまんべんなく冷暖房効果をもたらす仕組みだ。
新型スペーシアの走りは?
装備面は充実のスペーシアだが、走りはどうなのか。
試乗したのは自然吸気(NA)エンジン搭載車とターボエンジン搭載車の2車種。どちらもマイルドハイブリッド車(MHEV)だ。NAエンジンがスペーシア、ターボエンジンがスペーシアカスタムだった。ちなみに、標準車種のスペーシアにはターボエンジンを組み合わせられない。
先代スペーシアはマイルドハイブリッドの効果もあり、静粛性に優れた上質な走りが印象的だった。一方で新型は、ややエンジン音が気になる走りであった。
NAのマイルドハイブリッドエンジンで25.1km/Lの燃費はN-BOXのNAエンジンを圧倒するが、燃費を高めるほどにエンジン騒音がうるさくなる傾向は、スズキに限ったことではない。ことに、NAエンジン車は加速の際にエンジン回転数が高くなりがちなので、エンジン騒音に気づかされる場面が多くなる。
しかも、スペーシアとスペーシアカスタムとでは、防音のための装備に差があるそうだ。スズキは車格の上下の違いはないとするが、エンジン音が気になりやすいNAエンジンこそ、防音効果を高めるべきではないだろうか。
それでも、山間の屈曲路であえてエンジン音を気にせず走らせてみると、活気のある俊敏な走りを楽しむことができた。全体的に堅めな印象の乗り心地だが、それがハンドル操作に効果をもたらし、爽快な走りにつながっている。
ターボエンジンは十分な動力性能で文句のない走りだが、全体的にエンジン音が大きく感じるのはNAエンジンと同様だった。ただし、ターボエンジンは動力性能にゆとりがあり、あまりエンジン回転を上げずに走ることができるので、その面で静粛性は高まる。
フロントウィンドウを支える支柱を細くした効果もあって前方の視界は良好だ。車体剛性を高め、同時に軽量化にも貢献する高張力鋼板を支柱に使ったことで、衝突安全と前方視界の改善を両立できている。ただし、硬い鋼板は曲げ加工が難しくなるので、造形で苦労したという。
スペーシアは競合のN-BOXとは違った持ち味のスーパーハイトワゴンである。開発者たちは使う人の立場に立って、どのような装備や機能があれば喜んでもらえるかを必死に検討したのだろう。その姿勢が細部の作り込みに表れている。
最後に、N-BOXの試乗記事でも触れたが、新型スペーシア/スペーシアカスタムも「テレスコピック」を採用していなかった。テレスコピックはハンドルの前後位置を調整する機能だ。安全運転の基本である運転姿勢を正しく調節しきれない懸念が残る。電子制御の運転支援装備で衝突しにくいクルマとする以前に、基本を正しく作り込む志を忘れてはならない。万一の衝突を回避するだけでなく、日常の快適さと安心が損なわれてはならないからだ。
スズキは1955年に初の軽自動車として「スズライト」を売り出し、それに続いてスバル「360」やホンダ「N360」が時代を築いた。軽自動車の時代を創世したスズキであればこそ、軽自動車界の規範を示すべきではないだろうか。