西村ツチカ氏原作の映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』が、現在劇場公開されている。華やかで、どこか不思議な「北極百貨店」を舞台にした本作。訪れるのは、個性豊かな動物たち。そこで働く新人コンシェルジュの秋乃の奮闘ぶりが描かれる。

  • 大塚剛央、川井田夏海

    左より謎のペンギン「エルル」を演じた大塚剛央、新人コンシェルジュ「秋乃」を演じた川井田夏海 撮影:蔦野裕

本稿では、主人公である新人コンシェルジュ「秋乃」を演じた川井田夏海と、なぜか店内をいつも歩いている謎のペンギン「エルル」を演じた大塚剛央に、独特な世界観をもつ本作の魅力を語ってもらった。

――完成した映像を見た感想を教えてください。

川井田:本当に温かくて、色彩の鮮やかさも記憶に残る、どこを切り取っても全部感動するような作品でした。キャラクターの動きも、私が思っていた以上に秋乃はドタバタしていて、でも森さん(演:潘めぐみ)はヌルっと動いていたり(笑)、原作者の西村ツチカ先生の描く画がそうした動きを想像させるものだからこそだとは思うのですが、映像で見られるって素晴らしいなと改めて思いました。

大塚:仮に声や音楽を吹き込んでいなくても、北極百貨店の雰囲気が感じられるんじゃないかと思うくらい見事に表現されていました。動きも豊かで、そこだけに注目をしてもすごくおもしろいんじゃないかと思うくらいです。レストランなど、シーンで描かれる様々な施設もすごく細かく描かれていて、原作で想像していたものをさらにブラッシュアップしたような、そんな雰囲気が感じられました。

――私は映画で初めて拝見したのですが、温かいけどそれだけじゃない、独特な雰囲気と後味の作品でした。

川井田:温かい中にも突き刺さるものがありますよね。いいことばかりではなく、人生において向き合わなければならない瞬間であるとか、どうにもならないあきらめの部分もちゃんと描かれている。この北極百貨店の根本にあるものも、人間が向き合わなければならない、考えていかなければならないことを突き付けているんですけど、でもそれが押しつけがましくない。

――温かいのに不穏であるというのが、本当に絶妙な作品の雰囲気になっていますよね。

川井田:そうなんです。本当に絶妙なバランスで、でも同時にアンバランスであるという。そこがとても魅力だなと思いました。

大塚:全部を説明してしまう作品もけっこう多いと思うんですけれど、この作品はそこまで深く説明せずに余白を残しているところもあったりして、それが僕たちに考えさせる要素になっているのかなと。あのアザラシはあのあとまた店に来るのかなとか、そういうこちらの想像の余地がたくさんあって、見る人によって印象が変わるのかなって。

――今回演技をする上で苦労した点、難しかった点はありましたか?

川井田:秋乃がもつ、根っからの温かさだったり、誰かのために何かをしたいという気持ちは、本当に素晴らしい素敵なものだと思うので、そこを豊かに演じられたらなと思いつつ、ドジなところもかわいいなと思ってもらえるように意識して演じていました。

――秋乃がすごくわかりやすい一方、エルルはとても謎が多いキャラクターです。演じる上での難しさは? 踏まれるときのリアクションも印象的でした。

大塚:(笑)踏まれるときに、きっと痛いんだろうけれども、でもエルルが「いてっ!」っていうかといったらそんなこともないし、その痛さを出すよりもエルルだったらこうするんじゃないか……と想像したものがフィルムになった演技です。そういったリアクションひとつとっても、エルルってどこまで幅があるんだろうというところをすごく考えていて、一つひとつのセリフと向き合う時間が長かったなと思います。哲学的な発言も多いので、彼のこのセリフはこの場面でどんな意味をもつだろう、ということを考えながら演じました。

――作品は、考えれば考えるほどミステリアスな部分があります。

川井田:そうですよね。お客様たちはどこから来てどこへ帰っていくのかなど不思議なところはあります。でもミステリアスなところはミステリアスなままで演技をするようにしていました。

大塚:あくまでそこで生活をしている、そこで生きているということを意識していました。なので、ミステリアスなところに意味を持たせる、ということは意識していませんでした。たぶんこの映画で伝えたいことはそこじゃないのかなって。

  • 大塚剛央、川井田夏海

――お二人ならではの作品の見どころは?

大塚:いろんな動物が出てくるのですが、秋乃たちが話をしている裏で、いろいろしゃべっていたりするんです。そこにもぜひ注目していただきたい。チーターのお客様が「骨粗鬆症で……」みたいなことを言いながら通り過ぎていったりとか。そういったものが重なって百貨店の雰囲気を作り上げているのだと思います。この映画は、まるで自分が百貨店にいるような感覚で、秋乃の目線で応援したくなる作品。秋乃の頑張っている姿には、刺さる人も少なくないんじゃないでしょうか。秋乃がいろんな動物のお客様と接する中に一つひとつテーマがあるので、どのシーンも目を凝らして見ていただきたいです。

川井田:お仕事ムービーとしてもとても楽しんでいただけると思います。秋乃が頑張る姿を通して、人のために何かをすること、そして喜んでもらうことが自分の生きがいになったりモチベーションになったり、結局は自分自身のためになるんだなって、どんな人にも刺さるんじゃないかなと思います。でも決して押しつけがましくないところがこの作品のすごいところ、魅力のひとつだと思うので、いろんなエッセンスがあるなかの一つとして、気軽に見に来ていただけたらと思います。

――劇中で、秋乃は森さんに憧れてコンシェルジュを目指すことが描かれています。お二人は誰に憧れて声優を目指したのでしょう。

川井田:強いておひとりの名前を挙げるならば、事務所の社長である鈴村健一さんです。事務所に所属する前に、ワークショップ形式のオーディションがあったんです。そこに鈴村さんもいらっしゃったんですけど、先生としてではなく、「僕も一緒に学びたいから」と私たちと一役者として対等に向き合ってくださって、本当に人間的にもすごく尊敬できる方だなと思いました。ずっと少年のような好奇心を持ち続けていて、すべてに対してアンテナを張ってらっしゃる。私もそうありたいと思っています。

大塚:声優という仕事を意識するよりもっと前に、作品を見ていて「あっ、この人の声はあの人と同じだ」と気づいたのは大塚明夫さんでした。苗字も一緒だからというのもあって特に目に留まったというのもあるのかもしれません。でもそれ以上に、声もお芝居も素敵だったので、そこで初めて声のお芝居を意識したという記憶があります。確かスティーブン・セガールやニコラス・ケイジの吹き替えの演技だったと思います。当時は毎日のように洋画が流れていたので、そこで聞いて覚えた声だったんです。その頃はぼんやりとですが、声優という存在を認識するきっかけになり、もちろん今でも憧れている方なので、声優として大塚さんと初めてご一緒した時は震えました。

――今回共演されてみて、お互いの演技の印象を聞かせてください。

川井田:エルルを大塚さんがやられると聞いたときは少し驚きましたが、実際にセリフを聞いて、大塚さんの落ち着いた雰囲気がぴったりで「あっ、エルルだ……!!」とすごく納得しました。最初に大塚さんと東堂役の飛田さんと一緒にお芝居をさせていただいたことで、秋乃としてどうあるべきかが自分の中でもはっきりしてすごく安心できたのを覚えています。

大塚:川井田さんが役に対して正面から向き合っていく姿が、まっすぐな秋乃に重なって見えました。だからこそ、エルルとしても秋乃に対する思いがしっかり作られたんじゃないか。一生懸命ぶつかっていく、川井田さんの元気さが、見ていてこちらも元気をもらいますし、そうやって一緒に収録できたというのはありがたいことだなと思っています。

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――あらためて本作の見どころは?

大塚:劇場版では、映像や音楽や声で、原作のもつ温かさがより強く表現されているように感じました。見終わったあとに、誰か自分の大切な人に会いたくなるような映画です。ご家族でも、恋人同士でも、友達とでも、もちろんお一人でも、ぜひ秋乃の頑張る姿と動物たちとのエピソードに心動かされてもらえたらいいなと思います。

川井田:今回は秋乃視点で描かれているんですけど、その背景にはほかのスタッフや動物たちの姿が生き生きと描かれています。その一つひとつをじっくり見ていただいて、ぜひ推し動物を探していただきたいです。そして、耳に残る百貨店のテーマを口ずさみながら帰路についていただけるとうれしいです。

(C)2023西村ツチカ/小学館/「北極百貨店のコンシェルジュさん」製作委員会