10月11日(水)に行われた、第71期王座戦五番勝負(主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟)第4局に勝利し八冠を制覇した、藤井聡太八冠(21)。誰もが驚き、号外ニュースがでるほどの偉業を達成しながらも、自らを「実力不足」と評する彼の謙虚さは、どこからくるのでしょうか。その一端が垣間見える、過去の記事がありました。

『師匠の言葉』 藤井聡太 四段昇段の記(将棋世界2016年11月号より)

今となっては非常に珍しい自身の執筆による文章で、プロ昇格を懸けた過酷な奨励会時代を振り返っています。7年後に、全タイトル棋戦の王者に君臨するという前人未到の戦果をあげることになる彼も、14歳だった当時は、慢心からの油断につまずき、師匠からの言葉を頼りに、勝負に、将棋に、必死にしがみついていたのです。

今回は、『将棋世界2016年11月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)に掲載された、この文章を再度掲載したいと思います。将棋界にとって歴史に残る今日だからこそ、ぜひお読みください。

(以下『将棋世界』誌面より、段位などの記載は執筆当時のもの)

『師匠の言葉』

 正直、負けないと思っていた。

 平成27年8月第一例会、ぼくは編入試験者の城間春樹さんと当たった。相手の先手で、変則的な矢倉戦。中盤の早い段階で双方持ち時間を使いきって、その後は延々と一分将棋が続いた。迫りくる秒読みの音、慌てた様子で着手する城間さん。一方ぼくは、57秒のあたりでそれなりに余裕をもって着手していた。傍目からはぼくが勝っているようにも見えただろう。だが、二転三転の末、最後に間違えたのはぼくだった。対局開始から4時間半、ぼくの玉は敵陣の一段目で詰まされていた。

 3月に二段に上がったとき、師匠からは「10月の三段リーグまでに上がるように」と激励していただいた。そして実際ぼくは、6月からほぼ負けなしの8勝1敗、昇段はもうすぐそこというところまできていた。そんな状況で迎えたのが前述の一戦だ。結局その日は連敗。三段に上がったのはリーグ開始にぎりぎり間に合わない10月18日だった。

 そして今期、初参加だが、実質2期目だと思って、最初から昇段を目指そうと思っていた。しかし、気合を入れて挑んだ初日は1勝1敗。内容も悪く、三段リーグの厳しさを思い知らされた。リーグは長丁場で、序盤に負けが込むと昇段争いに絡むことが難しくなってしまう。そのことを意識しすぎて、少し硬くなっていたのかもしれない。そこで、「勝敗は指し手についてくるもの。対局中は最善手を探すことに集中しよう」と決めた。それがよかったのか、それから星が伸び出した。その後、何度かつまずいたが、最終日は自力で迎えることができた。その数日前、師匠にお会いしたとき、「心配はしていないから」と言われた。師匠はぼくを信じてくれている、その信頼に応えたいと強く思った。1局目は敗れてしまったが、幸い自力の目が残って迎えた大一番。ぼくは師匠の言葉を思い出し、落ち着いて指すことができた。昇段が決まったときは、ほっとした。しかし半年間の遅れを取り戻すつもりで気を引き締めて進んでいきたい。

 最後に、どんなときも温かく見守ってくれた家族、子ども教室の文本先生、奨励会に入る前から面倒を見てくださった稲葉聡さん、師匠の杉本先生。本当にお世話になりました。そして支えてくださったすべての方々。これからも日々精進していきます。ありがとうございました。

~記事内プロフィール~
四段 藤井聡太

平成14年7月19日生まれの14歳。愛知県出身。平成24年9月、杉本昌隆七段門下で奨励会入会。棋士番号307。得意戦法は角換わり。

  • 掲載当時の誌面より、日本将棋連盟HP内には、彼が昇段した「第59回奨励会三段リーグ戦 2016年4月~2016年9月」の記録が残っており、「【昇段者】藤井聡太・大橋貴洸」と記載されている

    掲載当時の誌面より、日本将棋連盟HP内には、彼が昇段した「第59回奨励会三段リーグ戦 2016年4月~2016年9月」の記録が残っており、「【昇段者】藤井聡太・大橋貴洸」と記載されている

藤井聡太八冠の軌跡を振り返る特設サイトがオープン

マイナビ出版は今回の偉業を記念した特設サイトをオープンしました(サイトはこちら)。彼の対局をつぶさに追いかけてきた将棋世界編集部ならではの特別なコンテンツが揃っています。簡単にサイトをご紹介します。

・八冠までの軌跡

2020年7月の棋聖誕生の対局から、昨日の王座戦まで、歴代タイトルを奪取した対局をレポートした戦記集です。

・藤井聡太の鬼手

後世まで語り継がれる、常人には思いもつかない鬼手の数々が、盤面を使って解説されています。AI超えといわれた手、誰もが驚いた驚愕の封じ手など、その比類なき棋力を感じることができます。

・GALLEY(ギャラリー) 西へ東へ、全国を対局行脚してきた彼を撮影した名場面をギャラリーにおさめました。あどけない一人の少年が、傑出した王者の貫禄を漂わすまでに成長する過程が楽しめます。

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