"モンスター"井上尚弥(大橋)のスーパーバンタム級転向初戦が目前に迫っている。7月25日、東京・有明アリーナでいきなりの世界タイトル挑戦、相手はWBC&WBO2団体のベルトを腰に巻くスティーブン・フルトン(米国)だ。
無敗同士の対決。階級をアップしても井上は、やはり"モンスター"なのか? それともフルトンのテクニックに翻弄されてしまうのか? 世界が注目するタイトルマッチの行方を占う─。
■揺さぶりをかけるフルトン陣営
「今回の試合でふたりのファイターがリングに上がるにあたり、もっとも大切なことは何か? 誰か、この質問に答えて欲しい」
決戦3日前の7月22日、横浜ベイシェラトンホテル&タワーズで開かれた記者会見で、フルトンのトレーナー、ワヒード・ラヒームが、そう言った。
フルトンへの代表質問が終わり、司会者が話を井上に向けようとする。その時に「話させてくれ!」と司会者の声を遮ったラヒームは、神と大会関係者への感謝の言葉を発した後に上記の言葉を口にしたのだ。
誰も答える者はいない。沈黙の後、ラヒームは続けた。
「私がこのように発言しているのは、試合をクリーンに行いたいからだ。試合そのものが選手たちの質を下げないことを祈っている。問題は改善されねばならない。安全な方法でテープ(バンテージ)が巻かれることを願う」
最初は、フルトン陣営が何を言いたいのかわからなかった。だが、その後の質疑応答で井上へのクレームだと判明する。
「イノウエのハンドラップ(バンテージ)に関する記事を見た。危険なやり方で拳を覆っている。いま、そのことで論争が巻き起こっているんだ。私は『お互いにフェアで安全なテーピングをしましょう』と言いたい。それが、イノウエの過去の試合を見て思ったことだ。パンパンのグラブで試合をすることは許されない。公平でなければいけない。それが、もっとも大切なことだ」
つまり彼は、井上が過去の試合でバンテージに細工をしていたと主張したわけである。
これに対して井上は、苦笑いした後に言った。
「何か、凄くナイーブだなと思います。自分はこれまでに24戦やってきて、すべての試合を正々堂々と闘ってきた。何の記事を見たのかわからないけど、(今回も)正々堂々と闘う、心配しないでください」
バンテージに細工を施すことで、井上の強烈なパンチが実現していた?
そんなはずはない。なぜならば、拳にバンテージを巻く際には必ずオフィシャルが立ち会う。加えて相手陣営が確認することも認められている。
あり得ない話だ。フルトン陣営の井上に対する揺さぶりだと感じた。
■両者ともに最盛期─「珠玉の闘い」を
さて、試合の最終予想だが「井上優位」は変わらない。
両者の間には、小さくない力の差があると私は見ている。
だが海外の報道に目を向けると「フルトン優位」を唱える識者も少なからずいる。その根拠は次のようなものだ。
「井上は自分の距離を見出し、それを保てた時はパワフルだ。でもフルトンのテクニックは秀逸で試合運びも巧い。井上に距離とペースを摑ませぬままラウンドを進めフルトンが判定で勝つのではないか」
「井上とフルトンではフレーム(骨格)が違う。試合で井上はスーパーバンタム級の壁にぶち当たる。バンタム級の闘いではなかった圧力を井上は相手から感じることになろう」
そうだろうか?
私は、パワーのみならずテクニック、試合運びにおいて井上が上位と見る。加えてスピードも。スタミナは互角だ。
また、フレームの違いを指摘する向きもあるが、これも当たっていない。スーパーバンタムは井上にとって適正階級。バンタム級で闘っていた頃から、将来に向けてのカラダ作りを怠ってこなかった。そのため無理なくパワーアップを実現しており、フルトンに圧力負けするとは考えにくい。
それでも、「もしフルトンが勝つとすれば…」を念頭に彼の過去の試合を幾度も見直したが、井上が負けるパターンを私はイメージできなかった。
ただ闘いでは、当日のコンディションが勝敗に大きな影響を及ぼすこともある。フィジカルはもちろん、メンタルにおいても。
たとえば、2019年11月・さいたまスーパーアリーナ、ノニト・ドネア(フィリピン)との第1戦。相手を過剰に警戒し慎重になり過ぎたことで井上はリズムを崩し苦戦を強いられた。
僅かな心の揺れが、展開を際戸いものへと変えてしまったように思う。
「井上優位」の見立ては変わらない。だが、両者にとって過去最強の相手との対峙であり、ゆえに独特な緊張感が醸されている。
そんな時は、漂う空気をも味方につけたい。
だからこそ、フルトン陣営は記者会見で仕掛けた。また互いに「手の内は見せない」と公開練習を僅か数分で切り上げたが、これも心理戦。すでに闘いは始まっている。
フルトン、井上ともに、いまが最盛期─。
互いが肉体と神経を研ぎ澄ませての「珠玉の闘い」を7月25日は、堪能したい。
▼井上尚弥選手、試合前記者会見。試合を前に自信に満ちたコメント
文/近藤隆夫