本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。

前回までのあらすじ

新規就農者を呼び込もうと説明会を開き、3人の呼び込みに成功した僕、平松ケン。しかし、その頑張りとは裏腹に「新人のくせに出しゃばっている」と、地域の先輩農家のお叱りを受けることもしばしば。地域のPRになればと思って新聞やテレビに出演すると、さらに地元の農家をまとめる“ラスボス”、徳川さんの逆鱗(げきりん)に触れ、一触即発の事態となってしまった。

「異世界では先輩農家を差し置いた行動をするとヤバい」。幾多の失敗を経て対処法を身に着けてきた僕だったが、いつしか先輩農家たちの攻撃のターゲットは、新人たちに移っていくことに……。

新人に対して良からぬうわさが!

地域の農家の減少に歯止めを掛けるべく、新規就農者の獲得に向けて動いた僕は、説明会の開催をきっかけに3人の呼び込みに成功した。本格的に農業をするのは初めてだが、分からないことはすぐに電話で質問するなど、熱心さが伝わってくるいい人たちばかりだ。僕も初めての後輩たちにしっかり定着してもらおうと、説明会に参加してもらって以降、一生懸命にフォローをし、交流を深めていた。

「これでしばらくは安泰だな」
地域の農家の大半が80代。今後に不安を感じていた僕は、説明会で思わぬトラブルに巻き込まれたものの、40〜50代の新人が加わってくれたことにひとまず安堵(あんど)していた。

ところが、異世界での平穏な日々は、そう簡単にやって来るわけではなかった。

「おう、ケン! 元気でやってるか?」
畑作業をしていると、地域の農家のリーダーである徳川さんがいつものように声をかけてきた。

「徳川さん、おはようございます!」
挨拶を返すやいなや、徳川さんの表情が曇り始めた。

「なあ、あの新人、ちょっと問題があるんじゃないか?」

詳しく聞いてみると、徳川さんが話しているのは、3人の新人のうちの一人、上杉さんのことのようだ。自営業の旦那さんは別の仕事をしていて、農作業は奥さんが一人で行っている。

「え? 上杉さんが何か問題を起こしたんですか?」
徳川さんに尋ねると、その表情が一段と険しさを増した。

「いや、あの人、全然畑に出てきていないじゃないか。俺が見回りにいっても、見かけたこことはほとんどないぞ。本当にやる気があるのか?」

あれ? この話、どこかで聞いたことがあるな。そういえば、僕が農業を始めた時にも同じようなことでうわさになっていたことに気づいた。

「そうですか。僕から上杉さんに、きちんとするように言っておきます」
「頼むぞ、ケン。ちゃんとやってもらわないと困るんだから」

徳川さんを見送ってしばらくすると、入れ替わるように地域のベテラン農家、織田さんが畑にやって来た。徳川さんと同じように、その表情はどこかさえない。

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「なあ、平松さん。あの新人だけど、俺はちょっとどうかと思うなぁ……」
「え? 織田さん、誰のことですか?」
「新人の本多さんだよ。お世話になってる業者さんが作業を手伝ってやったらしいけど、お茶も出さなかったみたいでさ」
「そうだったんですか……。僕からそういうことがないように言っておきます」

本多さんは実家が農家で、サラリーマンを経て本格的に農業を始めた40代の独身男性だ。以前はIT関係のエンジニアをしていて、自分でも「周りとコミュニケーションを取るのはあまり得意じゃない」と話していた。

ひとしきり愚痴をこぼして去っていく織田さんの背中を見つめながら、「これは早めに対処しないとまずいかもしれない」と悟った僕。早速、新人農家を招集することにした。

驚きの表情を浮かべる新人たち

「平松さん、どうしたんですか?」

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笑顔でやって来たのは、もう一人の新人である島津さんだ。もうじき60歳になる女性で、農地を相続したのを機に「本格的に農業がしたい」と加入してくれた。ご主人を早くに亡くしているため、今はお子さんたちの力を借りつつ、小規模ながら農作業を頑張っている。

「なんだか、新人の皆さんがうわさになっているみたいで……」

島津さんに事情を説明していると、ほどなくして上杉さん、本多さんもやって来た。

「この前、徳川さんと織田さんが畑にやって来たんですけど、上杉さんと本多さんに対してなんだか文句を言っていたんですよ……」

「全然心当たりがないんですけど……。なんておっしゃってるんですか?」
すぐさま本多さんが表情を変えて聞いてきた。

「この前、収穫のお手伝いに来てくれた業者さんがいなかったですか?」
「ええ、斎藤農産の方ですね。僕が大変そうに作業していたら手伝ってくださって」
「その時にちゃんとお礼をしました?」
「もちろん、ありがとうとは言いましたけど、特に……」
「お茶も出さなかったとうわさになっているんですよ」
「ええっ? そんな話が広まっているんですか?」

本多さんはまさに寝耳に水といった表情を浮かべながら下を向いた。続けて僕は、上杉さんに話しかけた。

「上杉さんもうわさになっているんですよ」
「ええ? そうなんですか?」

こちらも全く想像すらしていなかったようだ。

「徳川さんが『あいつは、見回りに行っても畑にいない』って文句を言っていたんですよね」
「ええ? そんなことはないんですけど……」
「ちなみに上杉さんは何時ぐらいに作業していることが多いですか?」
「そうですね。家事が一段落して、お昼くらいから作業することが多いかも」
「徳川さんはとにかく朝が早いから、その時間にいないのが気になったのかもしれないですね」
「そんな……。それは徳川さんの勝手のような気がしますけど……」

一連の話を聞いた3人は、明らかに納得がいかない様子だった。僕もその気持ちはよくわかる。この地域に足を踏み入れたばかりの頃の僕も、全く同じ気持ちだったからだ。

ただ、ここはこれまでの常識が通用しない“異世界”。うまく適応しなければ、農業は途端に「ハードモード」に切り替わる。

僕は、3人にこれまでの体験を詳しく語ることにした。

これまでの体験を正直に伝える

農機具を借りたものの、返却時期を誤解して遅れたら、良からぬうわさが広まっていたこと。
「畑に行ってもいつもいない」と文句を言われたこと。
10分前に到着したにもかかわらず「新人なのに遅い」とお叱りを受けたこと。
さらに、手伝ってくれた人にお返しをしなかった農家が全員から総スカンをくらったのを見たこと……。
このほかにも、僕がこれまで理不尽に感じてきたさまざまなことを正直に話した。

「え? そんなことがあるんですか……。そりゃ大変だな……」
僕のこれまでの体験を聞いた新人3人は、一様に驚いた表情を見せた。

さらに僕は、これまで実際に経験したり見聞きしたりした、この地域特有のルールやしきたりを、余すところなく3人に伝えていった。

「中でも一番大変だったのが、夫婦強制参加の懇親会なんですけど……」

僕がそう話し始めると、上杉さんが身を乗り出すように「近いうちに相談したいと思っていたんですよ!」と切り出した。

「先日、案内状が届いたんですけど、『夫婦で参加』と書いてあったんで気になっていたんですよ。夫も参加しなきゃいけないんですか?」

上杉さんから予想通りの反応が返ってきた。

「そうですよね。上杉さんの旦那さんは別の仕事をしていますもんね。でも、この日だけは都合を付けて夫婦で参加してくれませんか? その方がうまく事が運ぶと思いますから」
「そうですか……。なんとか調整して参加してもらうようにします」

「僕は独身ですけど、参加して大丈夫ですよね?」
本多さんからも質問が飛んできた。
島津さんも不安そうな表情を浮かべている。

「もちろん大丈夫ですよ。そこは気にしないで下さい。ご主人や奥さんがお亡くなりになってお一人で参加されている方もいらっしゃいますから。むしろ参加しない方がまずいですよ」

心から納得しているわけではなさそうだ。それでも、先輩農家たちと良好な関係を築くため、しぶしぶ了承してくれたようだった。

後日、思いがけず感謝の言葉が!

その後、過去に僕が大変な目に遭った懇親会の日がやってきた。事前のレクチャーに従い、夫婦で参加してくれた上杉さんは、自営業のご主人も交えて徳川さんと意気投合。これなら今後はうまくやっていけそうだ。本多さんと島津さんも、先輩たちと会話しながら、周囲と打ち解けてくれているようで安心した。

後日、畑で出くわした本多さんからは、思いがけない感謝の言葉が返ってきた。

「先日はありがとうございました」

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「いやいや、特に何もしていないですよ。懇親会ではなんだか気を遣わせてしまってすみませんでした」

僕は懇親会の労をねぎらった。

「いえいえ、もちろん納得がいかない部分はあるけど、事前にいろいろと聞くことができて良かったです。心の準備ができているのは大きかったですね」

その後は、新人に対する先輩農家たちの見る目も変わり、自ら栽培技術を教える場面も見かけるようになった。僕が経験したような「大火事」の発生はなんとか回避できたようで一安心といったところである。

レベル9の獲得スキル「火種を消すため、新人に体験を伝えよ!」

農村という異世界には理不尽なことが多い。その地域でしか通用しない独自の風習や文化が根付いていることもある。僕自身、新たな「謎ルール」に出会うたび、その都度面食らってきた。ただ、地域の先輩農家との距離を縮め、農業を軌道に乗せるためには、この壁をうまく乗り越えていく必要がある。

新人は何かとターゲットになりやすい。それは僕自身が身に染みて体験してきたことだ。僕が地域になじんでくれば、今度は新たに現れた「新人」に矛先が向けられ、良からぬ火種を生むことになりかねない。大火事を未然に防ぐためには、過去の体験を新人に真正面から伝え、その対処法をレクチャーすることが大事だ。農業は地域の人たちとの連帯が欠かせない。だからこそ「異世界での処世術」を教えることは、時として栽培技術を指導することよりも重要になってくるのだ。

地域の担い手として新たに加わった3人に、自分の体験談を伝えることで「トラブルの火種」をなんとか消し去ることができた僕。ただ、グループの人数が増えたことが、予想だにしない大きな問題を生み出す結果になるとは、この時はまだ知る由もなかったのである……【つづく】