2022年11月、3年ぶり4回目となる「ANAウインドサーフィンワールドカップ横須賀・三浦大会」が開催され、初めて日本でワールドチャンピオンが誕生した。
本大会の「陰の立て役者」とも言えるのが、レース状況の「見える化」を可能にしたトラッキングサービス「HAWKCAST(ホークキャスト)」だ。
「HAWKCAST」を展開するN-Sports tracking Lab合同会社 代表 CEO 横井愼也氏、そして大会事務局の横須賀市、大会に協賛したNTT東日本の担当者に「HAWKCAST」の導入効果や反響、今後の展望などを聞いた。
<インタビュイー>
・N-Sports tracking Lab合同会社 代表 CEO 横井愼也氏
「スポーツパフォーマンスの分析事業」「広域スポーツのリアルタイム観戦を可能にする技術の開発」に取り組む。ANAウインドサーフィンワールドカップ横須賀・三浦大会にトラッキングサービス「HAWKCAST」を提供。
・横須賀市 文化スポーツ観光部企画課 エンターテインメント推進担当 内藤一也氏、加藤広大氏
イベントの企画・開催等を通して横須賀市の発信・魅力向上に取り組む。横須賀市は本大会の事務局を担当。
・NTT東日本 神奈川事業部 地域ICT化推進部 坂本一平氏
神奈川県内の地域活性化がミッション。NTT東日本は本大会に協賛。
■ワールドチャンピオンが初めて日本で誕生
――2022年11月に開催された、ANAウインドサーフィンワールドカップ横須賀・三浦大会はどのような大会だったのでしょうか。
内藤氏:世界のウインドサーフィンのトッププロが集まる大会で、2022年11月11~15日の5日間、横須賀市の津久井浜海岸で開催されました。今回は、2019年以来3年ぶり、4回目の開催です。
ウインドサーフィンのワールドカップは、毎年ヨーロッパを中心に、1年をかけて約10カ国で転戦します。2022年は、横須賀大会が世界ランキングが確定する最終戦となったため、ワールドチャンピオンが初めて日本で誕生した記念すべき大会になりました。
――NTT東日本は今回の大会にどのように関わっていたのでしょうか。
坂本氏:当社は今回、「協賛」という形で大会を支援させていただきました。加えて、放送設備や映像配信のための通信環境の整備という形でも大会に関わりました。
――本大会の支援のきっかけと今後の連携についてお聞かせください。
坂本氏:背景に、研究所が50年前にできて以来、NTT東日本と横須賀とのつながりが深かったことがあります。これまでも横須賀市とさまざまな取り組みをしてきましたので、今回も「横須賀を盛り上げよう」ということで、協賛が決まりました。
N-Sports tracking Lab様のサービスと「通信」は切っても切れない関係性にあるので、今後ともお互いを補うような形で、さまざまなスポーツ競技の下支えに取り組んでいければと考えています。
■レース状況のわかりにくさ解消に向けて
――大会にトラッキングサービス「HAWKCAST」を導入した経緯を教えてください。
内藤氏:過去3回の大会を開催する中で、観覧者がレースの状況を把握しづらいという課題がありました。
ウインドサーフィンは海岸から離れたところでレースが行われることも多いのですが、その場合、浜で観戦しても遠くて見えません。また、ウインドサーフィンを初めて観戦する人にはルールがわかりづらい点も課題でした。
今回の大会では、ウインドサーフィンワールドカップを運営しているPWA(Professional Windsurfers Association)がドローンで撮影した映像を国際配信することがあらかじめわかっていました。そこで私たち事務局としては、ドローンで撮影した映像に日本語による実況解説とCG映像を加えて、観覧者にレースの状況をわかりやすく伝えられないか、検討を始めました。
そんな中、N-Sports tracking Lab代表の横井様が2022年の「スタートアップオーディションin YOKOSUKA」に入賞され、横須賀市としても同社を支援したいという思いがありました。NTT東日本様から大会への協賛をいただけることになったこともあって、「HAWKCAST」の導入が決定しました。
■レース状況の「見える化」で観戦スタイルが一変
――トラッキングサービス「HAWKCAST」の導入によって、大会にどのような変化がありましたか?
横井氏:そもそも「HAWKCAST」導入以前は、陸の上からは海上でのレース状況を正確に把握する手段がありませんでした。
いまこの瞬間どのレースが行われていて、どの選手がトップなのか、陸上ではわからないので、実況解説すらできなかったんです。そのため、過去の大会では、会場に行っても「競技が行われている」という実感すら持つことが難しいというのが現実でした。
内藤氏:ドローンによる国際映像は、「その選手がどこの国の選手なのか」「どの選手が何位なのか」といった情報は一切画面に出ていない、生の映像です。ところが、「HAWKCAST」の導入によって、選手の国籍や名前、順位といった情報がリアルタイムで画面に表示できるようになりました。
また、ドローンによるライブ映像と、CG映像を切り替えることによって、観戦初心者の方でも、レース状況や競技のルールが把握しやすくなりました。CG映像は上空からレースを観戦しているかのような映像なので、レース全体の状況が俯瞰できますし、「どの選手がトップなのか」「どの選手が時速何キロで走っているのか」といったこともリアルタイムでわかります。
「HAWKCAST」の導入で、レースの臨場感、レース状況のわかりやすさが大きく改善されたと感じています。
■来場者の満足度は最高、選手からも感謝の声
――大会の盛り上がりはいかがでしたか?また、「HAWKCAST」の導入について反響があ ればお聞かせください。
内藤氏:観覧者数(来場者とオンラインのライブ配信の視聴者の合計)の目標を6万人に設定していましたが、目標を大幅に上回る8万6,000人の方々に観ていただくことができました。また、来場者にアンケートをとったところ、大会全体の満足度が過去最高を記録しました。
加藤氏:こうした成果については、「HAWKCAST」の導入でレースの状況が「見える化」できたことも大きく貢献していると思います。
横井氏:今回の大会でたくさんの方から言われたのは、「選手のスピードがわかるのが良かった」ということです。大会に出場した選手からも「自分とトップとの差が何キロだったのか、すぐに振り返りができたので、今後に生かせる」と感謝の声をいただきました。
■趣味で始めた「スポーツにおけるデータ活用」がライフワークに
――ウインドサーフィンワールドカップで「HAWKCAST」が大活躍したようですが、N-Sports tracking Labの事業内容を教えてください。
横井氏:当社はおもに「スポーツパフォーマンスの分析事業」と「広域スポーツのリアルタイム観戦を可能にする技術の開発」という2つの事業を行っています。後者の「広域スポーツを『見える化』する技術」にあたるのが、本大会で活用されたトラッキングサービス「HAWKCAST」です。
――横井様自身もウインドサーフィンをされているそうですが、起業に至った経緯をお聞かせください。
横井氏:2014年頃、前職の富士通在籍中にウインドサーフィンを始めました。レッスンを受けたり、レースに出場したりして徐々に上達していきましたが、これまでやってきたスポーツの中でも、ウインドサーフィンは上達に時間がかかったんです・
当時は会社員でトレーニング時間が限られていたこともあり、「もっと効率よく、速い乗り方を身に付けられないか」と考え、データを活用した乗り方の研究を始めました。最初は趣味の一環でしたが、富士通の新規事業として、スポーツにおけるデータ活用に取り組むようになりました。
ただ、さまざまな事情から、会社としてはスポーツにおけるデータ活用事業を継続できないことになったんです。「続けるなら独立してやってほしい」ということになったので、2019年に自ら会社を立ち上げて、スポーツにおけるデータ活用の事業をスタートしたという経緯です。
行きがかり上、何の準備もしないまま起業することになったのですが、「スポーツ界で必要とされる技術の開発を自分の都合でやめてはいけない」という一心でしたね。
■1秒単位で位置情報を正確に把握、技術はすでに世界レベル
――トラッキングサービス「HAWKCAST」は、競合と比べてどのような点が優れているのでしょうか?
横井氏:実は、国内には「HAWKCAST」と同じことができるサービスはありません。あったら買って使っていたところですが、なかったので自分で作らざるを得なかったんです。
「HAWKCAST」が優れている点は、GPSデバイスを装着することにより「1秒単位」の選手の位置情報を正確に把握できることです。
一般的なGPSは早くても1分間隔の情報しか送られてこないため、従来のGPS技術では、実際の競技状況とデータにズレが生じてしまっていました。このタイムラグをなくして、手に取るようにレース状況が把握できる環境を実現したのが「HAWKCAST」です。
――「HAWKCAST」のようなシステムは、世界ではほかにあるのでしょうか?
横井氏:技術的には、オリンピックでも使われているデンマークのTrac Tracが提供しているサービスとほぼ同じ水準です。ただ、Trac Tracの技術は」ある程度完成しているのに対して、我々は新しい技術を使って拡張ができるようにしている点が異なります。
「新しい機能を追加する」「CGで見せる」といったことは、拡張性が高いからこそ実現できることです。「すでに世界の企業と同じレベルにある」という確信を持っているので、これからは、スピード感を持って、さらにわかりやすく伝えるための新しいチャレンジをしていこうと考えています。
■データ活用や「見える化」でスポーツを「再生」
――N-Sports tracking Labとしての今後の展望を教えてください。また、それを実現する上での課題があればお聞かせください。
横井氏:当社では、広域スポーツの「見える化」に加えて、データを活用したトレーニングシステムの開発にも取り組んでいますが、競技のルールの制約により、思うようにデータ収集が進まないという現状があります。
我々が目指しているのは、こうした状況を変えて「データが効率よくトレーニングに生かされていて、かつ見える化もできている」世界観を作ることです。
ただ、トレーニングシステムや映像配信技術を理想的な形で取り入れるには、これまでの競技の延長線上では難しいのが現実です。そこで、いっそのこと新しい競技を作ってしまいたいと考えています。
そのためには、いかに興行として成立させられるかという点が課題になってきます。また、トレーニングシステムの開発においては、まだまだ研究すべき要素もたくさんあります。
世界的に見ても、「データを活用したトレーニングシステムの開発」と「広域スポーツの『見える化』」に同時に取り組んでいる企業は当社以外ありません。
オリンピック種目に採用されて一気に人気が高まったスケートボードのように、現状はマイナーでも、魅力が広まれば人気が出るスポーツはまだまだたくさんあると思います。
とはいえ、広域スポーツは競技の状況が見えづらく、これまでのやり方では流行らないという現実があるので、データ活用や競技の「見える化」を通して、スポーツの「再生」に取り組んでいきたいです。