さいたま市長は1月5日の年頭記者会見で、「埼玉高速鉄道に対し、2023年度のなるべく早い時期に延伸を要請する」と抱負を語った。ただし、収支状況は厳しく、埼玉スタジアム駅設置と快速運転、中間駅まちづくりなど課題が多い。同日、さいたま市は「地下鉄7号線(埼玉高速鉄道線)延伸計画案の概要及び中間駅まちづくり方針案の説明会」の開催を告知した。1月20~28日にかけて岩槻駅、浦和美園駅などで実施する。市民の理解を深め、期待を高めていく。
埼玉高速鉄道は東京メトロ南北線と相互直通運転を行う路線で、現在は赤羽岩淵~浦和美園間(14.6km)で列車を運行する。この2つの路線は「地下鉄7号線」として計画されていた。1962(昭和37)年の都市交通審議会答申第6号で目黒~赤羽間が示され、1968(昭和43)年の都市交通審議会答申第7号で埼玉県内の延伸を検討すべきと示された。
この答申を受けて、1969(昭和44)年に沿線自治体が「地下鉄7号線誘致期成同盟会」を結成し、埼玉県や国などに対して陳情活動を続けた。その後、目黒~赤羽岩淵間は営団地下鉄(現・東京メトロ)南北線として開業。延伸部分は1972(昭和47)年の都市交通審議会答申第15号で浦和市東部まで示された。このうち赤羽岩淵~浦和美園間について、2001(平成13)年3月に埼玉高速鉄道の路線として開業した。
期成同盟会はさらなる延伸を求めて陳情活動を継続した。国としても重要性を評価し、2000(平成12)年の運輸政策審議会答申第18号で、浦和美園~岩槻~蓮田間について2015(平成27)年までの開業が適当とされた。2016(平成28)年の交通政策審議会答申第198号では、「地域の成長に応じた鉄道ネットワークの充実に資するプロジェクト」と評価されている。「埼玉県東部と都心部とのアクセス利便性の向上を期待」としつつも、「事業性に課題がある」という厳しい但し書きが突きつけられた。
事業性とは「コストに見合った受益があるか」である。さらに答申は「事業性の確保に必要な需要の創出に繋がる沿線開発や、交流人口の増加に向けた取組等を着実に進めた上で、事業計画について十分な検討が行われることを期待」と記載している。蓮田駅はJR宇都宮線の駅、岩槻駅は東武野田線(東武アーバンパークライン)の駅で、都心に向かう交通手段は確保されている。同盟会と埼玉県は、各駅間の鉄道空白地帯を解消したい考えだが、沿線は農家が多く、鉄道需要を満たす十分な人口もない。このままでは赤字路線になってしまう。
筆者は2003(平成15)年に浦和美園駅を訪れたことがある。当時は駅前に商業施設がなく、住宅が散在するという風景だった。サッカーW杯開催のために建設された「埼玉スタジアム2002」が存在感を示しており、「なぜあそこに駅を作らなかったか」と不思議に思ったほどだった。
■浦和美園~岩槻間の先行開業、利用者を増やす「3つの柱」
「事業性を確保」するために、同盟会は延伸区間の全線同時開業ではなく、浦和美園~岩槻間を先行開業する方針に切り替えた。岩槻駅から都心方向は大宮駅を経由する必要があり、都心直行ルートの利点が大きい。埼玉スタジアムの最寄り駅を設置すれば、サッカーやイベントでの波動的な輸送手段になる。さらに中間駅を設置し、ニュータウンを開発すれば、利用者を増やせる。鉄道路線の周りに「乗客増=運賃収入のタネ」を蒔ける。
2005(平成17)年に施行された「都市鉄道等利便増進法」も追い風となった。日本の都市鉄道は収益性が高いこともあり、複数の事業者が参入した。しかし、事業者間の連携が進まないため、目的地までの乗換え回数が多い、乗換駅が離れているなどの弊害もある。都市の交通機能を強化するため、鉄道事業者間の相互直通運転や連絡線建設を推進したい。そこで鉄道事業者に対し、国と自治体が支援する枠組みが作られた。簡単に言えば、補助金によって鉄道事業者の設備改善や新線建設を支援するしくみである。
さいたま市が設置した地下鉄7号線(埼玉高速鉄道線)延伸協議会は、2017(平成29)年に輸送人員(千人/日)、費用対効果(B/C)、採算性(累積資金収支黒字転換年)の試算を発表した。線路は複線で、駅は浦和美園駅から1.5km地点に「埼玉スタジアム駅」、浦和美園駅から4.2km地点に「中間駅」を設置する。中間駅から岩槻駅までは3.0kmで、浦和美園~岩槻間は7.2kmになる。試算にあたり、「沿線開発」「埼玉スタジアム駅常設」「快速運転」の有無による5つのケースを想定した。
1.「すう勢ケース」
鉄道を建設するのみ。運行は各駅停車のみ。沿線の発展には直接関与せず民間開発に委ねる。埼玉スタジアム駅は臨時駅とし、簡易な施設とする。輸送人員は1日あたり2万3,100人。費用便益比は0.81(30年)、0.91(50年)。黒字転換まで46年かかる。
2.「沿線開発ケース」
鉄道の建設と合わせて、自治体による区画整理事業、不動産業や企業・学校などの誘致活動を実施する。運行は各駅停車のみ。埼玉スタジアム駅は臨時駅とし、簡易な施設とする。輸送人員は1日あたり2万4,600人。費用便益比は0.87(30年)、0.98(50年)。黒字転換まで38年かかる。
3.「沿線開発+埼玉スタジアム駅常設化ケース」
2の「沿線開発ケース」に加えて、埼玉スタジアム駅を常設駅とする。駅施設はエスカレーターや、駅事務室などの設置で2億円が追加される。運営費も年間1.3億円が追加となる。しかし、周辺の私立高校、公立高校の通学に便利になり、宅地開発も活発になる。輸送人員は1日あたり2万6,100人。費用便益比は0.88(30年)、1.00(50年)。黒字転換まで55年かかる。
4.「沿線開発+快速運転ケース」
2の「沿線開発ケース」で快速を運行する。快速は浦和美園~岩槻間ノンストップ。既存区間の停車駅は赤羽岩淵駅、鳩ヶ谷駅、東川口駅とする。赤羽岩淵~岩槻間の所要時間は21分。各駅停車の所要時間は埼玉スタジアム駅を通過する場合に26分と試算されており、快速運転によって5分短縮となる。輸送人員は1日あたり2万8,800人。費用便益比は1.07(30年)、1.23(50年)。黒字転換まで18年かかる。
5.「沿線開発+埼玉スタジアム常設駅化+快速運転ケース」
4の「沿線開発+快速運転ケース」に埼玉スタジアム駅の常設駅化を加える。駅の建設費と維持費が追加される。赤羽岩淵~岩槻間の各駅停車の所要時間は28分と最も長い。快速は埼玉スタジアム駅に停車しないため、21分のまま。輸送人員は1日あたり3万400人。費用便益比は1.07(30年)、1.22(50年)。黒字転換まで20年かかる。
費用が最も多いものの、5の「沿線開発+埼玉スタジアム常設駅化+快速運転ケース」が良さそうだ。埼玉スタジアム駅周辺の開発と乗客増に期待できる。
■なぜ快速運転が必要か
さいたま市長の年頭記者会見で、記者から「快速運転にあたり追い越し設備は必要ではないか」という趣旨の質問があり、市の担当者から「追い越し設備がなくても速達性は問題ない。快速運転は効果があり、追い越し設備によって効果は上がるが、設備の事業費が上がる」という回答があった。ここをもう少し詳しく調べてみた。
まず、全線の所要時間を21分とする快速運転の効果とは何か。快速停車駅にとっては目的地に早く着けるから良いに決まっている。しかし、需要増につながる駅は岩槻駅だ。現在、岩槻駅から飯田橋駅までの最短ルートは東武野田線に乗り、大宮駅で湘南新宿ラインに乗り換え、池袋駅で東京メトロ有楽町線に乗るルートである。乗換え2回で所要時間1時間10分程度。一方、埼玉高速鉄道の延伸区間を利用した場合、各駅停車で47~49分。快速で42分になる。各駅停車で約20分、快速で約30分早く着く。
岩槻駅から新宿駅までを比較すると、現在は大宮駅乗換えで55分前後。埼玉高速鉄道の延伸区間に乗れば、各駅停車の四ツ谷駅乗換えで63~65分。快速で58分と拮抗する。その他の区間でも、乗換え回数や乗換駅の利便性、運賃など、埼玉高速鉄道の延伸区間が有利となる駅が多くなるだろう。快速運転によって東武野田線から移行する乗客が増える。したがって快速運転が重要ということになる。
「追い越し設備がなくても速達性は問題ない」は、「快速運転がなくても良い」ではない。「追い越し設備を新設しなくても快速を運行できる」である。試しに現行ダイヤに延伸区間を追加し、快速を設定してみた。快速は現在の急行とする。この急行は埼玉高速鉄道線と東京メトロ南北線の各駅に停まり、直通先の東急目黒線内で急行運転を行う。
平日、岩槻駅と赤羽岩淵駅の7~8時台の列車で快速を設定してみると、下り列車は各駅停車にほとんど影響しない。しかし、9時台の急行が各駅停車に追いついてしまう。これは浦和美園駅で追い越すように調整できそうだ。
浦和美園駅は島式ホームが2面あり、現在は1面のみ使っている。隣のホームは片側を臨時のりばとし、埼玉スタジアムでのサッカー開催日などに使用する。延伸時はこの駅を正式に2面4線化すれば追越し可能な駅になる。
上り列車は急行3本とも各駅停車に追いつく。これも各駅停車の時刻を繰り上げ、浦和美園駅で追い越せば解決できそうだ。赤羽岩淵駅で南北線に車両を渡す時刻さえ維持すれば良いので、埼玉高速鉄道線内で解決できる。
懸念があるとすれば、急行が一部の駅を通過することで、通過駅の乗車機会が減る。しかし、埼玉高速鉄道は東急新横浜線直通をきっかけに6両編成から8両編成にしているところだから、輸送力は保てるだろう。
各駅停車の本数を維持し、急行を増便するとなれば、鳩ヶ谷駅あたりに追越し設備が欲しいところ。しかし、ダイヤを工夫すれば浦和美園駅の追越しで対応できる。少なくとも、延伸区間に追越し設備は不要という考え方は間違っていない。将来、蓮田駅まで延伸したときは必要になるかもしれないが、蓮田駅には宇都宮線があるから、都心への到達時間で勝ち目はなさそうに思える。蓮田駅延伸は、岩槻駅で東武野田線に乗り換え、千葉方面に向かう需要がありそうだ。
懸念されるところとして、他の新線構想でも見受けられるが、事業評価のデータがコロナ禍前およびロシアのウクライナ侵攻前であることが挙げられる。コロナ禍で通勤需要は変化しており、ロシアのウクライナ侵攻と円安傾向で建設のための輸入資材などが高騰している。市長会見では1月から9月まで、新たな調査を実施するとのことだった。
したがって、市長から埼玉高速鉄道への延伸要請は早くても10月以降になると予想される。そこから具体的な建設計画、鉄道事業許可、環境アセスメントなどの手続きがあるから、開通はかなり先になるだろう。
この延伸構想に関して、埼玉スタジアムを本拠地とする浦和レッズ、中間駅予定地付近にある目白大学からも延伸計画の早期実現を求める要望書が出ている。この声も追い風のひとつだ。首都圏の各地で人口獲得の競争が起きている。延伸構想はさいたま市と埼玉県の未来を担う事業と言えるだろう。