長野県松本市は、「デジベース松本」を情報創造館庁舎に開設した。企業に対するデジタル化のサポートに加え、実際にデジタルに触れて、感じて体験してもらうことで導入を促し、地元企業の競争力向上を狙う。
若い世代が松本市で暮らすためには?
少子高齢化の進行に伴い、全国的に労働力人口の減少が続く中、とくに地方においては企業内における技術の継承が危ぶまれている。この課題を解決する一手として、いま国を挙げて進められているのがDXだ。
しかし、先行する大企業に対し、地方の中小企業ではDX化がまだまだ進んでいない現状がある。予算不足や人材不足などさまざまな要因があるが、とくに大きいのは「DXについての理解が進んでいない」という点だろう。長野県松本市もまた同じ課題を抱える。
「2030年頃には、学生時代からインターネットに親しんだ世代が50歳前後、生まれたときからスマートフォンやSNSがある世代が30歳前後となり、デジタルネイティブへと世代交代が行われます。しかし、仕事がなければ、若い世代は松本市で暮らせません。若者の定住化のためには、地元企業をデジタル革新によって存続させる必要があると考え、2022年2月にDX・デジタル化推進に関する骨太の方針を策定しました。我々はこのミッションを"「デジタルシティ・松本」のシンカ"と銘打っています」(松本市役所 宮尾氏)。
その内容は多岐にわたり、働き方を変えるものとしては、テレワークやオンライン会議、電子決裁(押印レス)、AI-RPAなどがある。また松本市内約70ケ所にキャッシュレス決済窓口を本年度に導入。さらに電力スマートメーターを活用したフレイルの予防、メタバースの活用研究など実験的な取り組みも進めているという。
松本市がデジタル実装促進事業を始動
「『デジタルシティ・松本』のシンカ」の一環として、長野県松本市は10月26日、デジタル実装促進事業「地元企業競争力UPプロジェクト」をスタートさせた。地元の企業に対し、まずは初期段階のデジタル化に向けたマインド醸成や伴走型支援を行うことで、DX実現を目指すという取り組みだ。デジタル田園都市国家構想推進交付金を活用しており、運営は事業委託を受けたNTT東日本 長野支店が担当する。
本プロジェクトの情報発信基地となるのは、情報創造館庁舎の5階に設けられた「デジベース松本」。名称の由来は、"企業のデジタル実装を促進するベースキャンプ"だという。情報創造館庁舎は、もともと2001年に市の情報センター、市民のICT体験コーナーといった役割を担うべく建設され、2014年からは市役所の庁舎として利用されていたという。
今回、5階の一室を改装し地元の企業がオンライン会議やテレワークといったデジタル化を実装するために必要なサポートを受けられるように生まれ変わったのがデジベース松本だ。
発表会において、松本市長の臥雲義尚氏は、「プロジェクトを通じてサービスの利用を企業に促し、デジタル化を実装するきっかけを積極的に作っていきたい。NTT東日本 長野支店には、このデジベース松本を拠点に、企業のデジタル実装に向けた取り組みを行っていただきます」と、その意気込みを述べた。
地元企業競争力UPプロジェクトには主に5つの取組みがあるという。まずは、初期のデジタル化や導入事例を知り、デジタル化推進に向けたきっかけを提供する「セミナーツール体験イベント」。2つ目は、企業の課題を探り、伴走してサポートを行う「個別相談・コンサルティング」。3つ目はより具体的な導入支援につなげる「IT企業とのマッチング」。4つ目は、デジベース松本のスタッフが丁寧に企業の相談に乗る「拠点施設運営」。最後が、プロジェクトの情報発信を行う「チャネル構築/周知広報」となる。
最新のICTを体験できるデジベース松本
「デジベース松本」は相談窓口の機能に加え、企業のデジタル化の”ヒント”を提供する設備を備えている。
例えば、プロジェクターや電子ホワイトボードを活用しながらオンライン会議を試したり、集中できる完全個室型、適度な開放感のある半個室型という2つの「パーソナルスペース」でのテレワーク体験が可能だ。マイクスピーカーシステム、Webカメラ、ヘッドセット、リングライト、グリーンバックといった配信機材も常備している。
「オンライン会議と一言でいっても、その中にはいろいろな活用の仕方があります。実際に体験、実践していただくことで、それぞれの企業に合った使い方わかるのではないかと思います」(松本市役所 深澤氏)
設備体験をサポートしてくれるのは、NTT東日本が雇用した専属スタッフ。シニアや女性といった人材も積極的にスタッフに加えているという。
「私は以前、NTT東日本に勤めておりまして、3年半ぶりの現場復帰です。自分も学びながら相談相手の経営に活かせるよう、橋渡しの役割を務めたいですね」(デジベース松本 槙石氏)。
さらに、映像通訳サービス、重さで在庫をデータ化するツール、コンセントにとらわれずに仕事ができるポータブルバッテリー、クラウド型カメラサービス、クラウド型ロボット、持ち運べるコンパクトなドローンなども必要に応じて体験できる。
NTT東日本は6月から募集が開始された公募型プロポーザルを経て、この事業の委託を受けている。そこには「私たちがやらなくては」という並々ならぬ思いがあったという。
「NTT東日本は"地域社会を支える総合サービス企業グループ"として、地元で活躍する企業や大学、自治体の皆さまとともに地域の発展を推進しています。最初に資料を拝見したとき、NTT東日本の活動と、松本市さんの方向性は同じだと感じました。大切なのは、DXに一歩踏み出そうとしているお客様に寄り添うこと。新しくても使い方が難しい設備ではなく、これから使っていこうと思える設備にしなくてはなりません。地域との関係性を大事にしながら進めていきたいと考えています」(NTT東日本 阪田氏)。
松本市もその思いを感じ取っており、NTT東日本の活動に対し期待を寄せている。
「NTT東日本さんには、9月に契約してわずか一ケ月足らずで松本デジベースの体制を整えてもらえました。ひとえに、担当者とのコミュニケーションを密にし、迅速なレスポンスをいただいたおかげです。我々と同じ意識で取り組んでいただけることに感謝するとともに、タッグを組んだ活動に期待しています」」(松本市役所 宮尾氏)。
デジタル革新の先鞭をつけた松本市
デジタル技術により産業構造を変化させるDX化は、企業を存続させるに当たりもはや避けられない流れだ。地方の中小企業がDX化を果たすことは、これからの日本に欠かせない力となるだろう。松本市の構造改革は、全国の地方自治体にとっても参考になるのではないだろうか。
「この事業の可能性を考えると、面白くてワクワクします。デジベース松本のような場所ができたことでいろいろな企業の考えや悩みを伺うことができますし、整理することで新しい話もたくさん出てくるでしょう。私たちにとっても考える機会になったので、ぜひ活用したいなと思います」(NTT東日本 阪田氏)。
最後に、松本市役所の宮尾氏から地元企業へのメッセージを頂いたので紹介しておこう。
「デジタル化したい気持ちはあるが取り組めない企業、いまはまだ関心がない企業、皆さんさまざまな考えがあると思います。ですが私たちの思いは地域の皆さんの発展であり、だからこそデジタルシティ松本として進化を目指しています。気兼ねせず、デジベース松本に足を運んでほしいと思います」(松本市役所 宮尾氏)。