日本語入力システム「ATOK」などで知られるジャストシステム。11月17日、同社が再成長を遂げるきっかけのひとつとなった、タブレットで学ぶ通信教育「スマイルゼミ」に高校生コースが追加される。代表取締役社長の関灘氏に、スマイルゼミ誕生秘話と高校生コースの特徴について聞いてみたい。
ビジネスモデル変革で再成長を遂げたジャストシステム
1979年に創業した老舗ソフトウエア会社、ジャストシステム。日本語入力システム「KTIS (現:ATOK)」 と日本語ワープロソフト「一太郎」を創業事業としており、読者にも利用したことがある人は少なくないはずだ。だが、実は同社は2011年にビジネスモデルを大きく変えている。
この年、ジャストシステムは売り切りのライセンスモデルから、Webサービスを中心としたストックモデルへと商品の転換を図った。そして2017年3月期には、連結売上高194億円のうち30%が、そして2022年3月期には連結売上高416億円のうち75%がストックビジネス群となっている。
主なストックビジネスは、個人向けとして「ATOK Passport」のほか、タブレットで学ぶ通信教育「スマイルゼミ」、法人向けには、営業支援クラウドサービス「JUST.SFA」、チャットインタビューサービス「Sprint」など。さらに10月1日に発売されたノーコード クラウドデータベース「JUST.DB」や、11月17日にサービスインする「スマイルゼミ 高校生コース」もストックビジネスに該当する。非常に多種多様な商品群で構成されていることがわかる。
なかでも、同社の再成長を支えたのが教育分野だ。その中心となっている「スマイルゼミ」はどのように生まれたのか。2009年にジャストシステムの取締役に就任して同サービスを立ち上げ、2016年より代表取締役社長として辣腕をふるっている関灘恭太郎氏に伺った。
なぜ子ども一人で勉強が続かないのか?
2012年に発売された「スマイルゼミ」。だが教育分野に参入したのは1999年にまでさかのぼり、小学校のPC教室向けに「一太郎スマイル」という商品を発売したのが最初だという。その後統合的な学習ソフト「ジャストスマイル」として学校教育市場に広く普及し、実に23年もの間、教育業界での歴史があることになる。
そもそも、ジャストシステムはどうして家庭学習・通信教育市場に参入を決めたのだろうか。関灘氏は当時を振り返り、次のように語る。
「大きなきっかけは、2011年の小学校における学習指導要領改定です。いわゆる『脱ゆとり教育』が学校教育だけではなく、家庭学習に対しても影響を及ぼすことが明らかでした」
同社はこの変化に対してどのような貢献ができるかを知るため、「なぜ子ども一人で勉強が続かないのか」といった小・中学生の家庭学習における実態を調査。端的に言うと「わからなくなると続かない。だが子どもは"声"に出さない」ということがわかった。当時は女性の就業率が急上昇しており、家庭学習における保護者の負担が増していた時期だ。保護者も子どもの学習を助けたいが、共働きという環境ではかなえるのが難しくなっていた。
「そこで我々は『スマイルゼミ』の構想として、タブレット1台で学習が完結する仕組みを考えました。子どもが学習に取り組み、わからないところでヒントが出て、丸付けと自動採点もしてくれて、頑張ったぶん、ご褒美でアプリなどを楽しめる。そして学習状況は保護者がリアルタイムで確認できる。"学ぶ・見守る・楽しむ"、そしてまた学ぶ、というサイクルを実現するためにスマイルゼミを開発したのです」
スマイルゼミがこだわったのは「書く学び」
とはいえ、当時の学習スタイルは紙と鉛筆が"あたりまえ"。一方で当時のデジタルでの学びは、回答をクリックして選択する方式が主流だった。そのような中、国内で初めて"タブレットで学ぶ"というスタイルをとったスマイルゼミは、「書く学び」にこだわった。だが2012年時点での汎用タブレットではその実現が難しかったため、専用端末まで開発した。
「当時、世の中の"あたりまえ"は紙と鉛筆。やはり書く学びは捨てるべきではないと捉え、デジタルの良さと、書く学びをタブレット1台で実現することに注力しました。専用端末を自社開発する際に搭載したのが『パームリジェクション』機能です。これは画面に近づいたペンだけを検知し、タッチを無効にする機能です。紙と鉛筆のように手をついて書く事ができるようになりました。幼児コースでは適切な力で文字が書けるよう、筆圧検知機能も搭載しています」
やはり当時は「デジタルでは、紙と鉛筆で書く学びに敵わない」という見方もあったものの、保護者のデジタル教育に対する興味は非常に高かったという。「書く学び」にこだわったスマイルゼミは、保護者に好意的に受け入れられたそうだ。
学習習慣を身につけ、継続的に学ぶサイクルを
スマイルゼミのキャッチフレーズは「夢中になる! だから、続く」。これは発売当初から一貫して使用されている。その想定通り、小学生コースや幼児コースでは「学習習慣が身についた」という声が多く寄せられているという。
「保護者からの『勉強しなさい』という言葉を無くす、その実現方法をずっと考えていました。スマイルゼミには、学習履歴を参照し、今やるべき教材を提案する『今日のミッション』があります。そして『みまもるネット』で保護者が学習状況をリアルタイムに把握でき、『みまもるトーク』によって保護者のスマートフォンからスマイルゼミタブレットにはげましたり褒めたりするメッセージを送り、お子さまのやる気をアップさせます。さらに、勉強したぶん、ご褒美としてアプリや読書を楽しめるようにして、子どもが自発的に取り組む仕組みを実現しました」
小学生用のスマイルゼミに確かな手ごたえを得たジャストシステムは、2013年に「スマイルゼミ 中学生コース」を提供開始。これは、最終目標である高校受験、その過程である定期テストという、明確なゴールに向かって学びが構成されている。
「『今日のミッション』は、今取り組んでより効果が上がる教材を提示します。定期テスト対策で範囲を設定すると、14日前から学習プランを配信してくれます。ですが中学生になると課外活動などの時間も増え、気がつけば1週間前になってしまうこともあるでしょう。スマイルゼミは、学習状況を提示してやり残しを未然に防いだり、前日に押さえておく問題をピックアップしたりといった支援を行い、試験直前まで中学生をサポートします」
「戦略AIコーチ」とともに志望大学合格を目指す「高校生コース」
このような幼児~中学生までの家庭学習のノウハウをもとに、2022年11月17日より提供開始されるのが、「スマイルゼミ 高校生コース」。そのキャッチフレーズは「塾に行かずにつかむ、タブレット1台で志望大学合格」だ。中学生コースが提供されてから約9年かけ、満を持しての開講となる。
「一番の特長は、24時間365日動く『戦略AIコーチ』です。学習履歴を分析して、単純に正解したか間違えたかだけではなく、問題を解くためにかかった時間、解くプロセス、そのデータを集約することで、学習計画をプランニングし、教材を配信する。その開発に時間をかけてきました」
高校生になると、1年生で考えていた進路が2年生、3年生で変わっていくことも当然起こり得る。志望大学や学部を変更した場合でも、学習計画をリプランニングしてくれるため、迷わず入試対策に専念できるという。
高校の学習指導要領改訂に伴って、2025年からは国立大学入試に「情報」が追加され、5教科7科目から6教科8科目に変更される予定だ。学ぶ対象が増え、良くいうと選択肢が広がる一方で、学ばなければいけないことが増え、さらに時間効率が問われるだろう。
「そもそも忙しい高校生が、どのように学習すればよいかを提示できるサービスを実現する必要がある、と考えました。世の中に教材は沢山ありますが、今どれを選び、どのように学べばよいか分からない。戦略AIコーチは1人ひとりに合った適切な学習を提案し続けます。高校生活は3年間しかありません。学校の勉強以外でも学んだり吸収することは本当に沢山あり、その世代でしか学べない、得られない経験が数多くあります。そのどれも諦めず、かつ志望大学も妥協することのないように『スマイルゼミ 高校生コース』でまっすぐ導いていきたいと考えています」
次の「あたりまえ」をつくる
「スマイルゼミ 高校生コース」の提供を開始することで、ジャストシステムの教育事業は幼児・小学生・中学生・高校生の15学年が対象となった。同社は今後、事業をどのように発展していきたいと考えているのだろうか。
「我々は、個人のお客様、法人のお客様の何の役に立っているか、役立つべきかを考え続けています。15学年の子どもたちの成長と学力の向上に貢献するのは当然として、学校教育の分野でも、GIGAスクール向けの学習クラウド『スマイルネクスト』によって、先生方のICTを活用した授業を推進していきます」
関灘氏は、教育市場を「教材の種類、コースの拡充、対象となる世代の拡大、そういった意味で我々の商品を通じて、貢献できる余地が非常に大きい市場」と捉えているという。あらゆる「学び」に対して、顕在化しているニーズにとどまらずインサイトにあたる部分を抽出し、商品、サービスを開発することで、"次のあたりまえ"を創造する。これがジャストシステムのものづくりだ。
「スマイルゼミの企画を進めていく中で、保護者のみなさまやお子さまにいろいろ話を聞かせていただきましたが、決して『タブレットで学習を完結させたい』という声があったわけではありません。我々の商品企画・開発の進め方の特徴は、言葉にならない要望、言語化できていない思考の部分をソフトウエアの技術で形にする、商品化することです。これからもそこにこだわって事業に取り組んでいきたいと思います」