サントリーといえば誰もが知る飲料メーカーだ。ミネラルウォーターやコーヒー、お茶、炭酸飲料、スポーツ飲料など、扱う商品は幅広く、日本だけでなくグローバルに事業を展開している。
一方で、サントリーが取り組んでいるのは「生産」だけではない。あまり知られていないが、実は昔から飲料の容器であるペットボトルのリサイクルにも力を入れているのだ。特に近年、同社が取り組んでいるのが「水平リサイクル」である。
水平リサイクルとは、ペットボトルを新しいペットボトルに再生する「ボトルtoボトル」のリサイクルのこと。当たり前のように思うかもしれないが、これまではペットボトルのリサイクル先はトレイやシート、繊維などが多く、ペットボトルへの再利用は難しかった。技術の進歩により、ペットボトルが水平リサイクルできるようになったのは、実はここ10年ほどの話なのである。
そんな水平リサイクルに携わっているのが、サントリーホールディングス サステナビリティ経営推進本部の細川智弘氏だ。細川氏は2009年にサントリーに入社し、物流や調達、包材に関する業務を担当し、現在は水平リサイクルに関する仕事を担っている。時には自らごみ収集車についてまわり、収集現場の課題にも向き合ってきたという。
サントリーが取り組む水平リサイクルの現状と、同社が目指す未来。そして、同社の取り組みが社会にどのような影響を与えているのかについて、細川氏に伺った。
■ペットボトルからペットボトルへのリサイクル技術
現在、プラスチックごみ問題が社会を賑わせていることは多くの人が知っているだろう。できるだけプラスチックごみを減らし、カーボンニュートラルや海洋プラスチックなどの課題に取り組むことが社会全体で求められているのだ。
もっとも、プラスチックといっても素材はさまざまである。有料化されたレジ袋に使用されるポリエチレンも、発泡スチロールに使われるポリスチレンもプラスチックだし、タッパーなどに使われるポリプロピレンや、CDケースに使われるポリカーボネートもプラスチック素材である。
実は、ペットボトルはそういったプラスチック素材の中でも、昔から高いリサイクル率を維持している素材なのだ。特に日本のペットボトルの回収率・リサイクル率は欧米と比較しても圧倒的に高い水準にあり、いくつもあるプラスチック素材の中でもペットボトルはリサイクルにおいて、"優等生"だといっていいだろう。
それにも関わらず、プラスチック問題を語る際にペットボトルがやり玉に挙げられがちなのは、日常的に目にしやすいからだと細川氏はいう。実際、投棄されているプラスチックの中でもペットボトルの量は決して多いわけではない。
だからこそ、サントリーはペットボトルのリサイクルについて以前から研究を進めてきた。ペットボトルこそが社会的なリサイクルの機運を高める鍵になることをわかっていたからだ。
「昔はペットボトルの既製品をサプライヤーさんから購入して使っていました。しかし、次第にプリフォームを購入し、自社でペットボトルを製造するようになりました」(細川氏)
たとえば、サントリー天然水はペットボトルに植物由来素材を使用することで、11.9gと国内最軽量(500mm~600mmサイズのペットボトルにおける)を達成している。軽量ということは、それだけ使用する新規石油由来原料の量が減り、環境負荷の低下にもつながっていくといえる。
さらに、2012年には国内清涼飲料業界で初めてメカニカルリサイクル素材100%のペットボトルを導入。プラスチック問題が世界的に取り沙汰されるずっと以前から、サントリーでは取り組みを続けてきたのだ。
そんなサントリーが現在、注力しているのが「ボトルtoボトル」の水平リサイクルである。水平リサイクルとは、使用済みのペットボトルを回収し、新しいペットボトルへと生まれ変わらせるリサイクル方法のこと。仮に1本の使用済みペットボトルが、新しい1本のペットボトルとしてリサイクルできれば、理論上はもう新たな化石由来原料を使う必要はなくなる。
実は従来、ペットボトルを100%ペットボトルにリサイクルすることは難しかったと細川氏は語る。日本国内の2020年度におけるボトルtoボトルの比率は15.7%に留まっており、それ以外のペットボトルは主にトレイや繊維等に再利用されるか、焼却処分されていた。
「ペットボトルは、一度別のものに再利用されてしまうと、もうペットボトルには戻せません。そうなれば、新しいペットボトルを作るために、再び資源を使うことになってしまいます」(細川氏)
近年、資源を循環させるサーキュラーエコノミーが注目を集めているが、ペットボトルの水平リサイクルはまさに循環型の社会を実現する技術といえる。
■水平リサイクルの課題は、既存のリサイクル産業構造
サントリーでは現在、ペットボトルリサイクルに関するロードマップを設定している。具体的には、国内清涼飲料水で使用するペットボトルの半数以上を2022年までにリサイクルペットボトルへ変更し、2030年にはサステナブルボトルの使用比率100%を目指すという。飲料業界全体の目標は、「2030年にボトルtoボトル50%」というから、サントリーは業界全体のさらに先を行くことになる。
ただし、課題もある。
いくらペットボトルメーカーや飲料メーカーがペットボトルのリサイクル技術を高めても、肝心の使用済みペットボトルが集まらなければ100%リサイクルは実現できない。そして、使用済みペットボトルを捨てるのは一般消費者であり、収集するのは行政、ペットボトルの大半はペットボトル以外のものにリサイクルされ、最終的には焼却処分などされてしまう。この仕組みそのものにメスを入れなければ、水平リサイクルを実現することは難しい。
そこで動いたのが、細川氏が所属するサステナブルペット実行プロジェクトチームである。
細川氏はまず事業者や流通、自治体などに広く話を投げかけた。ペットボトルを水平リサイクルするために、回収されたボトルをサントリーに任せてもらえないか――細川氏のそんな提案に賛同したのが、東播磨の2市2町(兵庫県高砂市、同加古川市、同加古郡稲美町、同加古郡播磨町)だった。自治体と企業が協力し、「ボトルtoボトル」リサイクルに取り組む例としては、国内初の取り組みである。
この他にも、さまざまな自治体や事業者がサントリーの提案に前向きな反応を示しているという。
「世の中はSDGsがトレンドになっており、環境問題に対して何かしないといけないことはわかっていても、どうすればいいかわからないし、何から始めればいいかもわからないという自治体や事業者さんは多くいらっしゃいます。そういった方々に対して、当社ができることが、水平リサイクルの仕組み作りだと考えています」(細川氏)
もちろん、自治体や事業者にはそれぞれすでに仕組みがある。その中で、サントリーから提案された水平リサイクルをいきなり全面的に受け入れられるところばかりではない。
また、水平リサイクルが実現するということは、裏を返せばトレイや繊維など、これまでペットボトルのリサイクル先だった産業にも影響を及ぼすことになる。SDGs観点でいえば水平リサイクルが理想だが、社会構造を考えると、ことはそう簡単ではないのだ。
そのことは細川氏もよく理解しており、「我々は既存の業界を破壊したいわけではありません」と強調する。
「ただ、環境への取り組み目標を定めたはいいけれど、具体的な方策がなくて停滞しているという自治体・事業者が少なくないことも事実です。そこに対して、水平リサイクルを一つの選択肢として提示できればと考えています」(細川氏)
■ごみ収集の現場で目の当たりにしたペットボトル廃棄の課題
既存の社会構造を破壊せず、少しずつ水平リサイクルを社会に根付かせていくためには、何よりも現場を知ることが重要だ。そう考えた細川氏は、実際にごみ収集車に乗り、ごみ収集の作業についてまわったこともあるという。
「ごみ収集車が一杯になるのにビル30棟分くらいまわるので、それらのオフィスビル一つひとつに許可をとりました。その事前準備だけで1年ほどかかりました」と細川氏は笑う。
1週間、毎日ごみ収集の現場を見たことで、さまざまな発見があった。たとえば、ペットボトルキャップの問題だ。ペットボトルにキャップをつけたままごみに出してしまうと、容器内の空気が抜けないため、収集車に積める量が少なくなってしまう。それだけではない。収集車にペットボトルを入れる際、うまく潰れず、飛び出してしまうこともあるのだ。
その瞬間を目の当たりにした細川氏は、ペットボトルを潰さずキャップをつけたまま捨てることの危険性を痛感した。では一般消費者はそのことを知っているのか。「ペットボトルのキャップは外す」というごみ捨てのルールはある程度周知されていても、その理由まで深く考える人は決して多くない。だからこそ、軽い気持ちでキャップをつけたまま、ペットボトルを捨ててしまう人もいる。
「ごみ収集車に乗り、実際に現場を見て知ったのですが、中身が残っているペットボトルにキャップがついたままになっていると、ごみ収集の際ペットボトルが潰れずに飛び出して周囲を汚してしまうのはもちろん、危険も伴うんです」(細川氏)
ボトルtoボトルリサイクルの技術自体は確立できても、それだけでは十分とはいえない。水平リサイクルを真の意味で実現するためには、社会全体の意識を高め、全員が納得できる仕組みを作らなければならない。ごみ収集の現場を体験したことで、細川氏はそうした思いを強く持ったという。
技術開発だけでなく、現場の課題にも向き合うなど、常に地に足のついた取り組みを続けてきたサントリー。持続可能な社会に向けて、同社の取り組みが実を結ぶ日もそう遠くはなさそうだ。