太陽生命保険株式会社はアイスホッケー女子日本代表で、同社の従業員である久保英恵選手の功労を称え、「慰労式」を3月11日に開催した。
太陽生命は2013年よりアイスホッケー女子日本代表への協賛を行い、久保選手を同年10月に社員として迎え入れた。久保選手は代表選手として、アイスホッケー教室を開催するなどアイスホッケーの普及に向けた活動に取り組み、先日の日本アイスホッケー連盟での記者会見で今シーズンでの引退を発表。3月13日をもって現役を引退した。
集大成として挑んだ北京オリンピック
2013年10月の太陽生命への入社以来、女子アイスホッケーの普及や認知度向上、また同社の企業イメージや認知度向上に大きく貢献してきた久保選手。慰労式では、これまでの功績を称え、同社会長の田中勝英氏、社長の副島直樹氏より記念メダルと目録が贈呈された。
「本当に長い間ご苦労さまでした。久保さんは皆さんご存知の通り15歳のときから、日本代表として日本の女子アイスホッケー界を牽引してきました。2013年の入社以来、ソチ、平昌、今回の北京とオリンピックには3回出場されています。今回の北京大会では、スウェーデン、デンマーク、チェコに勝利を収め、チェコ戦では私も涙が出るくらい飛び上がって喜びました」(田中氏)
久保選手は「本日はこのような会を開いていただき、また、オリンピックではたくさんのご声援をいただき、ありがとうございました。集大成として挑んだ北京オリンピックでは、皆さんへの感謝の気持ちを胸にプレーしてきました。今回、メダル獲得には届きませんでしたが、決勝トーナメントへ進出したことは女子アイスホッケー界にとって大きな意味があることだと思います」と挨拶した。
2010年に一度は現役引退を決意するも周囲からの説得を受け、2011年に現役に復帰した過去を踏まえ、久保選手は改めて応援してくれた人たちへ感謝を述べた。
「2013年から太陽生命のお世話になり、アイスホッケーに集中できる環境を整えていただいたおかげで、ここまでアイスホッケーに打ち込むことができました。一度、引退してから3度もオリンピックに出場できたことは幸せなことで、誇りに思っています。これからスマイルジャパンのさらなる活躍が期待されると思いますが、今後ともあたたかく応援していただければ私も嬉しいです。スマイルジャパンをこれからもよろしくお願いいたします」
『氷上のスナイパー』の異名を継承するのは?
慰労式後の囲み取材で、いままでの競技生活を漢字1文字で表すと? との質問に「楽しいの「楽」という字ですね。本当に最後まで楽しくアイスホッケーができたので」と応えた久保選手。
2013年に太陽生命へ入社するまではアイスアリーナの受付などのアルバイトをしながら生活していたこともあり、入社後の競技面・経済面での変化について、次のように振り返った。
「もちろん経済的に生活も安定しましたし、アイスホッケーにも集中できる環境でした。自主トレやチーム練習などのトレーニングにしっかり打ち込めるようになり、フィジカル面の強化もできました」
4歳からアイスホッケーを始めて35年、1997年に中学生で日本代表に選出された久保選手だが、選手生活を続ける上ではさまざまな苦労や紆余曲折があったという。
「途中でモチベーションが下がり、一度は引退してしまったんですが、あの引退があったからこそ、いま39歳までプレーすることができたと思います。あのときの引退は私にとって大きな意味があったし、当時、日本アイスホッケー連盟の副会長だった若林メル(仁)さんには感謝しかないです。メルさんの言葉がなければ3度もオリンピックを経験することはできなかったので」
久保選手にとって若林メル氏は「カナダへ留学していた頃から、何かと面倒をみてきてくれた父親のような存在」とのことで、2011年の現役復帰の大きなきっかけをもたらしてくれたと語る。
「メルさんは私が引退して何もしていないときに、日本代表には私が必要だと、何度も苫小牧まで足を運んで気持ちを伝えにきてくれて。日本代表をオリンピックに出場させたいというメルさんの熱い思いに、私も応えたいという気持ちになりました。現役復帰後の1年は代表に選ばれるために、アイスホッケー人生の中でも一番努力した1年だったと思います」
その長い選手生活で印象に残っているハイライトシーンには、久保選手の地元・苫小牧で行われた平昌オリンピック予選のドイツ戦を挙げた。
「たくさんの方に応援に来ていただいて観客数も過去1番だったと思うんですが、その中でアイスホッケーができた喜びは忘れません、ドイツ戦のワンタイムで打ったシュートは、私の中でもすごく思い出に残っています」
また、"氷上のスナイパー"の異名を継承させたい選手は「もし継承するのであれば、やはりスマイルジャパンの新エースと言われている志賀紅音選手かなと。毎試合、得点に絡むようなプレーをしてくれるような選手だと思います」とのことで、今後自身はオリンピック出場の経験を生かし、後進の育成などの取り組みに注力したいという。
「女子アイスホッケーがオリンピックに連続で出場できるようになっていますが、ここで終わってはいけないと思うので。さらなる結果が求められますし、今後の育成はすごく大事。競技の裾野を広げ、小学生や中学生に向けた手助けなどもできればいいなと思っています」
アイスホッケー以外で引退後にやりたいことを聞かれた際は、「ずっと陶芸をやってみたくて。なかなか機会がなかったんですけど、ちょっと挑戦してみたい」とも明かしていた。



