犯罪や非行に走ってしまった人の多くが社会の健全な一員として暮らしていく一方、刑事施設や少年院から出た後の仕事などがないため、再犯や非行に手を染めるケースは決して少なくない。

  • (右)セイタロウデザイン代表 山崎晴太郎氏/(左)クリエイティブディレクター・コピーライター 原田剛志氏

刑事施設では職業訓練などの「矯正処遇」を通じて社会復帰に向けた支援を行っている。だが、そうした職業訓練の中には実社会での安定した就労につながりにくいプログラムが存在していることも指摘されている。

そんな中、ECサイト制作や広告デザインなど受刑者への先進的な職業訓練に注力しているのが、民間事業者のノウハウなどを活用する官民協働の刑務所として発足した「美祢社会復帰促進センター」だ。

今回は同施設で、山口県美祢市の特産品の魅力を伝える広告ポスターを制作する職業訓練「販売戦略科」を2021年11月〜12月に実施した、「セイタロウデザイン」の山崎晴太郎氏と原田剛志氏にインタビュー。社会復帰を目的とした矯正教育の最新事情などをうかがった。

リアルな肌感を持つ存在に

デザイン事務所「セイタロウデザイン」は、PR代理店で企業のブランド戦略などを手がけていた山崎晴太郎氏が2008年に設立。ブランディングの観点を踏まえたアートディレクションを強みに、コミュニケーション戦略の企画・設計から、プロダクトや建築、グラフィックといったデザイン制作までを手掛けている。

  • セイタロウデザイン代表 山崎晴太郎氏

広告業界の第一線で数々の企業ブランディングを手掛けてきた同社は2017年、法務省と連携して重要文化財「旧奈良監獄」の保存・活用に関するクリエイティブ統括を担当。以来、インパクトあるフレーズによる刑務官の人材募集ポスターなど、継続的に法務省との関わりを持つようになり、受刑者に対しての印象も少しずつ変化していったいう。

「刑務官や受刑者と接する機会が増えたことで、受刑者という存在が我々の中でリアルな肌感を持つ存在になったことは大きかったです」

もともと受刑者のイメージは映画などで見ていた遠い存在。山崎氏にとって、「自分とは違う世界の人たち」という感覚も強かったそうだが、従来の刑務作業や職業訓練が抱える課題をより深く考えるようになったという。

「言葉を選ばずに言うと、受刑者の人たちも我々の周りにいる人の延長にいる、普通の人たちで、そういう意味では誰しも何かの不運やきっかけで罪を犯してしまうかもしれない。『美祢社会復帰促進センター』は重罪犯の収容施設ではないということもあるんですが、逆に言うと、ちょっとした支援やきっかけさえあれば、より良い形で彼らを社会復帰させられると考えるようになっていましたね」(山崎氏)

そんな思いを抱く中で、広告制作の職業訓練ははじまった。

受刑者への職業訓練ならではの縛り

「手に職がつきやすい物作りや資格系の職業訓練は人気らしく、比較的60代など年齢が高い人が多く集まるそうですが、これだけ若い人が集まるのは異例とのことでした」と、同社のクリエイティブディレクターで実際に講師を務めた原田氏。

受講者の年齢は最年長が30代前半でほとんどは20代、受刑者への職業訓練の題材として、デザイン事務所による広告ポスター制作は全国初の取り組みで、8名の定員に対して、十数名の希望者から応募があったという。

「広告制作の上で重要なコンセプトの見つけ方やキャッチコピーへの落とし込み方などを教えながら、実際にデザイン事務所が行う広告制作やブランディング手法を追体験してもらいました。最終的なポスターのデータは我々のほうで制作しましたが、受講者に考えてもらったレイアウト案の変更などはしていません」(原田氏)

  • 職業訓練生がキャッチコピー・写真選定・レイアウトを考案した実際の広告ポスター(セイタロウデザイン制作)/画像提供:セイタロウデザイン

受講者は1コマ約180分、全5回の講義で生産者へのヒアリングなどを行い、美祢市の特産品である「厚保くり」「原木しいたけ」の広告ポスターを制作。最終講義では生産者をはじめ、30人近い関係者の前で職業訓練生は自分たちが手がけたポスターのプレゼンテーションも実施。

「最初はクオリティ面で心配も正直ありましたが、きちんと自分で考える力があるというのが率直な感想でした。過去に就業経験を持つ受刑者ということもあってか、受講者からSDGsというワードが出てきたりして。むしろ栗をよく買う層がもっとピンときやすいように、SDGsをどう言い換えて表現するかといったフィードバックをすることもありました」(原田氏)

「美祢社会復帰促進センター」は民間企業による矯正教育などに取り組む先進的な施設とはいえ、刑務所に変わりはない。実際の講義をする上で、戸惑う場面がいろいろとあったそうだ。

「講師との会話は直接できるんですが、基本的に受刑者は外部の人との会話は禁止なので、生産者へのヒアリング事項をあらかじめまとめ、僕が代表して生産者の方へインタビューし、メモしてもらうという形でした。本来の広告制作なら実物を食べたり、生産現場に直接足を運んだりすることも大切なんですが、それができないまま広告を制作することになったので、受講者は大変だったと思います」(原田氏)

クリエイティブ系職業訓練の利点

「椎茸や栗の実物は見てもらいましたが、甘い物って受刑者にはすごいご褒美で、実食はなかなか難しいみたいです。今後のことを考えたときに、仮に美味しいものが食べられる職業訓練となると、受講者の動機が変わってしまう可能性もあるので」(原田氏)

さまざまなルールの中での講義という難しさもあったという。だがアイデアや意見を出すことに委縮している最初の状態から、最後に受刑者がプレゼンテーションを行う様子をみて手応えも感じたという。

  • クリエイティブディレクター・コピーライター 原田剛志氏

「広告やデザインの世界は正解がひとつではないので、私の経験値からアドバイスはしますが、否定することは基本ありません。どうすればより伝わるのか、生産者の方がより喜んでくれるか。自分なりに試行錯誤する過程は楽しかったでしょうし、自然とマーケットインな考え方を身につけられる点は、クリエイティブ系の職業訓練だからこその利点だと感じましたね」(原田氏)

単にデザインソフトの使い方などではなく、"伝える力"という広告制作の本質に重点を置いている今回の取り組みは、やはり従来の職業訓練とは一線を画しているようだ。

広告制作を通じて伝えたかったこと

「広告って商品サービスの本質的な魅力やメッセージを見極め、世の人たちに理解してもらうための仕事で、人から感謝もされやすいし、達成感も感じやすい仕事。受刑者はどこかでマイナスのギアが入ったままの状態で社会とつながり、罪を犯してしまった面もあると思うんですが、広告制作を通じて、少しでも世の中のプラスの側面に目を向けられるようになってくれたら嬉しいですね」(山崎氏)

ターゲットへ的確に価値やメッセージを伝える力は、多くの企業や団体が抱える悩みでもあり、将来さまざまな職種や業界で武器になる可能性を秘めている。

何より物事に対してポジティブな可能性を見出していくスタンスは、どんなスキルに勝るとも劣らない大切なマインドとも言えそうだ。

「法務省矯正局さんから我々に振られる仕事は、従来の官公庁さんの手法とひと味違う挑戦的な案件が多く、より時代にフィットした取り組みを模索する矯正局に変化を感じています。世間の意識も含めて乗り越えるべき壁は多いので、これは将来的な理想ですが、矯正教育によって地域の産業がリデザインされ、新しい名産品が各地で生まれてくような仕組みがつくれたらと考えていますね」(山崎氏)